13 初出撃クマ! その1
ある晴れた日。
東宮市郊外の住宅街。
「こんなもので本当に大丈夫クマ?」
翔一は手に持った電撃警棒を見る。
対人用と考えたら、それなりに威力はあるようだが、世相を脅かす怪物たち相手に効果があるかは非常に疑問だった。
色々と武装支給を依頼したが、送られてきたのはこれだけ。
パッケージを開けた時のがっかり感が忘れられない。
(M六十でバリバリ撃つとか、M一カービンで渋く戦うとかしたかったクマ。もちろん、最強鈍器L八五A一も外せない)
翔一は意外と銃器ヲタクであり、このような貧弱な武器は頼んでもいないものだ。
「おまえは制限付きだ。それより強力な武器は支給されない。後ろで大人しくしてろ」
パイロットサングラスを掛けショルダーホルスターに拳銃を入れた男、ジャック・棒波津が冷たくいい放つ。
彼は日本防衛会議公認三級下位のヒーロー。『ハンドガンウルフ』という二つ名を持つ。
元CIAで中東とアフリカで傭兵をやっていたという触れ込みだ。
オールバックの髪、ぴったりした黒い服、指ぬき皮手袋を愛用している。
「そうだよ、君は治療支援専門として採用されたんだ。前線に立つ必要もない、僕たちのサポートをしてくれ」
さわやかな笑顔の青年が翔一を諭す。
彼は『無双の鉄拳』スターストライカーケンジという。
最新式の金属繊維鎧を身にまとい、小手はナックルになっている。鮮やかな虹色のコスチュームでカッコいい部類だろう。
彼も三級下位である。
三人のヒーローはここに集まるように指令を受けたのだ。
しかし、一見、のどかな場所で闘争が起きる雰囲気はない。
「もう一人来ると、端末には連絡あるクマ」
翔一は端末を操作する。これは、公認ヒーローが所持できるもので、全員が持っている。
「遅いな、社会人としてどうなんだ、遅刻するとか」
ジャックがぶつぶつと文句をいう。
翔一はきょろきょろする。
集合指定場所は住宅街の中にある、広い公園。
人口減少の影響もあり、ほとんど人も通らない。
コンクリートの隙間から雑草が生い茂り、手入れもされていないようだ。
子熊の鼻をクンクンさせる。
なぜか非常にいい匂いがしたのだ。
「お花の香りクマー……」
やがて、一人の女が現れる。
アイマスクをつけ、赤とピンクを基調にした華麗な男装。腰にはサーベル。
大きな瞳、流れるような金髪、メリハリの利いたプロポーション。
隠しようもなく美女だった。
「遅れてごめんなさい、ブレードローズよ」
「全員、初めてお会いしますよね、知っているとは思いますが自己紹介しましょうよ。僕は『無双の鉄拳』スターストライカーケンジ。宇宙パワーを得て、拳には強い力が宿っています」
「今更だろ、自己紹介なんて」
鼻で笑う、ジャック・棒波津。
「彼はジャック・棒波津。二つ名は『ハンドガンウルフ』拳銃の名手です」
「私は『男装華麗剣』ブレードローズ。三級中位よ。二人は三級下位、その、熊みたいなのは四級よね?」
「僕は治癒クマーです。よろしくクマ」
制限付き三級、いわゆる、四級には二つ名もない。
この『治癒クマー』という名前も拒否権なく会議が勝手につけたのだ。その辺り、名前なども階級が上がらないと自分の思い通りのものは認められない。
翔一は自己紹介したが、三人の反応は薄かった。
「あなたは治癒能力だけって聞いたわ。私は三級中位だから心配いらないわ、でも、下位のお二人はしっかり治癒してあげて」
「……」
三級下位の二人はそういわれると、若干、むっとしているようだ。
「ローズさん、この辺りで半魚人共が目撃されているんです」
ケンジは不快感を顔に出さず会話を続ける。
「知ってるわ、海からの怪物の一番弱い奴らよ。河川からどこでも入りこんでくるから困った奴らだわ。でも、心配しないで。私のローズソードはどんなものでも貫けるの」
「半魚人は硬いという話だ。しかし、俺の拳銃が奴らの急所を撃ち抜く」
見事な手際で九ミリの自動拳銃を抜くジャック。
「僕の拳も、多少の装甲なんて簡単に叩き潰す。星の力が宿っているんだ」
ケンジは拳を掌に叩きつけて鳴らす。
翔一はなんとなく霊視した。
三人のオーラは一般人よりは強いが、劇的に上回ってるというほどではない。
ローズは体全体と剣に弱い魔力。ケンジは両手拳に弱い魔力が宿っている。ジャックに関しては全く魔力がなかった。
(この世界は技術偏重、呪力や魔力が無いからといって弱いとは限らないクマ、しかし……)
なんとなく、心配な翔一だった。
ジャック先頭に辺りを偵察する。
あまり人口の多くない地域で廃屋が多い。
ジャックは物陰に隠れつつ、警戒して進んで行く。
バっと飛び出し、拳銃を構える。
「ハ、ハ、右前方クリア」
「左前方クリアクマ」
翔一も面白そうだったので真似した。
物陰の無い広場は匍匐前進するジャック。
翔一も真似をする。
「クマクマ」
「この空き地にも敵はいない、クリア」
「こちらに猫がいるクマ。猫ちゃんおいで、クリアクマ」
「馬鹿者、猫なんてどうでもいい」
白黒の大きな猫は動物のよしみで翔一にすりすりする。飼い猫らしく、綺麗な毛並みに首輪。
「モフモフクマ」
「私はあんなの面倒だからやらないわよ」
ローズはジャックをあきれ顔で見ながら歩く。
「ローズさんは半魚人と戦ったことはあるんですか」
ケンジはローズに何かと話しかけたい。男なら普通そう思う美形なのだ。
「ないわ。私はグール相手に戦歴を重ねたの。東関東でグールを抑えたのは私よ」
翔一は猫を撫でながら、確かに、ローズの剣に聖性があるように感じた。
「実戦経験がおありなら、心配はいらないですね。今いるメンバーで実戦経験があるのはローズさんだけですよ」
「おい、俺は傭兵として……」
「ジャックさん、ヒーローとしては初めてですよね」
「そうだが、しかし」
「弱い人間を相手しただけの人は、ヒーローとはいえないんですよ。僕も格闘の経験がありますが、初陣ヒーロー扱いなんです。魔物、怪人、宇宙人、こういった奴らを相手したことがある奴だけが語れる戦場なんです」
「……」
イキリきった口調で語るケンジ。
ジャックはぐうの音も出ない。
「クマクマ」
翔一はたぶん初陣とはいえないと思ったが、母が悲しむことを思うと昇級するつもりもないし、実力をあからさまにするつもりもなかった。だから、治癒精霊で彼らをサポートすることに徹するつもりだったのだ。
(それに、ヒーローが活躍する姿を見るほうが気分いいクマ。自分で手を下すのはもう十分クマ)
そう思う翔一だった。
尚、見るという作業だけなら、一台の防衛会議所属ドローンがヒーローの動きを追っている。ちなみに、ドローンはローズばかり撮影していた。
一旦、最初の公園に戻る。
「皆さん、そろそろお昼時ですクマ。僕のお母ちゃんがお弁当を作ってくれたクマクマ。一緒にどうですか」
「私は遠慮するわ。ダイエットしてるから」
「そうですよね、お美しいローズさんなら、当然のことです」
ケンジはじわじわとローズの腰ぎんちゃくになり始めている。
「フ、俺は三日ぐらい飢えても戦える男。まだ戦場なのだ俺は遠慮する」
ジャックにも断られて、少し、しょんぼりする翔一だった。
「お母ちゃんのお弁当……」
大きな重箱を虚空から出す。
「え、おい、治癒クマー、お前どこからそれを出した」
ジャックが驚いている。
「えっと、異次元の隙間のようなものですクマ」
「なんだか、よくわからんな」
翔一は公園のテーブルに重箱を広げると、パクパクと食べる。
おにぎり、だし巻き卵、ウインナーといった伝統的お弁当だった。
「やっぱり、お母ちゃんのお弁当はおいしいクマー」
海苔の香りや、だし巻き卵などが翔一の気持ちを回復させた。
「おまえの母ちゃん、料理上手だな。やっぱり、ちょっとくれ」
「どうぞ。多めに作ってもらったクマ」
ジャックがおにぎりを一つ食べる。
「うん、なかなかいいな。お前の母ちゃんはどんな人だ? 人間なのか」
「すごい美人でやさしくていい匂いがするクマクマ」
「俺にも、美しい女性がいたが、彼女は既に……」
「……そうですか、それは残念クマです」
「振られたんだよ。年収が少ないとかいいやがって」
「……」
思わず、言葉に詰まる翔一。
「やっぱり、少し貰うわ。いい匂いがするから」
「そうですね、僕もお腹減ったんですよ」
ローズとケンジも警戒に飽きたのか、翔一のもとにやってくる。
適当につまむ二人、結局、お弁当は全部なくなってしまった。
「意外とおいしいじゃない」
「お茶をどうぞクマ」
四人がくつろいでいると、
「警告、警告、危険生物集団接近中!」
ドローンがいきなり大きな音を立てる。
身構えていると、ぬっと大きな二足歩行の怪物が、まるでお上りさんの観光客のようにキョロキョロしながら現れる。
三匹いる。
魚類の頭部、ぬらぬらした鱗の体。がっしりした手足には鉤爪が付いている。
「手を上げろ怪物ども! 本部聞こえるか、こちらヒーロー隊。怪物と遭遇した!」
銃を構え、端末を怒鳴りつけるジャック・棒波津。
「あれは、海獣集団の低級怪物、半魚人装甲タイプですクマ、鱗が非常に硬いという特徴です」
翔一は端末を操作して、半魚人を分類する。
「君は後ろに隠れていて、私たちがやるわ、ちょうど三体。今食べた分をカロリー消費してやるんだから」
そういいながら剣を抜く、ブレードローズ。
彼女のローズソードは最先端の科学技術で作られた剣なのだ。赤く光り、熱を発する。
迷わず、手近な半魚人に接敵して剣を繰り出す。
「はぁっ! ローズスピアー!」
キン!
ローズは稲妻のように剣を繰り出す。が、半魚人は冷静に鉤爪で剣をそらして、防御を行う。
「ち、しぶといわね、ローズ乱舞!」
次に彼女は刺突の連打を半魚人にお見舞いする。半魚人は防御しきれずに次々と小さく刺されるが、困惑しているような感じだ。
数枚の鱗が地面に落ちる。
ブン!
半魚人が鉤爪を振り回すと、ローズは必死に飛んで避けた。
彼女のスーツは何らかの防御があるだろうが、重い鉤爪を喰らって無事だと思えない。
ローズと半魚人は丁々発止のやり取りで、皆と一人離れてしまう。
「すごい戦いクマー。ローズさん化物と互角クマ」
「半魚人って海獣怪魔共の雑魚だろ。そんなんで大丈夫か」
精霊界のダーク翔一が暇そうにしながら突っ込む。
「心配いらないクマ、僕たちにはさらに二人のヒーローがいる!」
視点を移すと、ジャック・棒波津とスターストライカーケンジが半魚人と対峙していた。
「俺が先にやる、クイックドロウ、アンド、ファストシュート!」
目にもとまらぬ早業で、九ミリ拳銃を抜いたジャックは、
ポポポポポン
という、若干気の抜けたような音と、凄まじい連射で半魚人の顔面に弾丸の嵐をお見舞いした。
十五連装の弾丸を全て高速発射したのだ。発射音が固まった音を出す。
しかし、
キンキン、カンカン!
すべての弾が半魚人の顔に当たってはじき返される。目に当たった弾も、一瞬早く瞼を閉じられたので、皮膚に当たってはじき返された。
「あ?」
ブン!
唸る爪。
「げぼぉ!」
半魚人が無造作に爪を振り回すと、ジャックに直撃する。ジャックは吹き飛ばされ、立木に激突するとピクリとも動かなくなった。
「大変クマ。治癒精霊!」
「慌てるな、気絶しただけだ」
ダーク翔一が精霊界から診る。
ジャックの黒い服が破れ、下に防刃防弾の薄手のジャケットが見える。これのおかげで、打撲だけで済んだのだろう。
治癒精霊を宿して回復させる。
しかし、意識は戻らない。
「起こさない方がいい。今起きたら殺される。にしても、こいつ弱すぎだろ、相手は海獣の雑魚だろ?」
ダーク翔一はさらに鎮静精霊を当てて、ショックを取り除く。
一方、スターストライカーケンジは、
「スタァーナッコゥゥゥ!」
跳躍して鋭いジャブ、ぼこぼこと半魚人の胸を打つ。
飛び散る火花!
「やったクマ!?」
「……?」
当惑の表情を浮かべる半魚人。
「全然効いていないクマー!」
「ハァハァ。なんて奴だ、こうなったら究極奥義『スターウルトラマルチストライク』で貴様を討つ!」
「……」
仲間の様子をチラ見する半魚人。
「うぉー! 喰らえ! スターウルトラマルチス……ゲボォ!」
拳に何らかのエネルギーを溜めて、拳を繰り出そうとしたケンジだったが、技名をいい切る前に太い腕で殴られた。
軽く飛んでから地面で二度跳ねる。
ケンジは半魚人の無造作な殴りの一撃で気絶した。
「呆れるほど弱いクマー!」
「あいつも気絶だ。どうするよ。このまま素通りさせるのか」
治癒精霊をケンジに乗せるダーク翔一。ケンジも金属繊維スーツのおかげで打撲だけのようだ。
「僕は治癒支援以外するなっていわれているクマだから、ここは様子見で……」
見ると、さらに五匹の半魚人が接近してくる。
近くの用水路から上がってきたようだ。水滴を落としながら歩いてくる。
(さすがに、これはちょっとまずいクマかな?)
思わず、手に汗握る翔一だった。
2021/1/30~2022/12/26 微修正




