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12 勇者と警察

 数日前。


 御剣山みつるぎやま翔一しょういちと母の詩乃しのは警察に向かっていた。

「翔ちゃん。記憶がなくても刑事さんたちにまじめに答えないとだめよ。すごく親身に助けてくれたんだから」

 記憶喪失を偽る翔一にとって、母の言葉は重い。

 翔一が失踪してから、警察は地道に調査を続けてくれていたのだ。

 結局、警察は何もできなかったのだが、それでも筋は通すべきだと翔一は思う。

「刑事さんたちの頑張りを見ていたから辛い時を乗り越えられたのよ」

 車を運転しながら、詩乃はつぶやく。

 詩乃にそういわれると、翔一としても警察の事情聴取をむげに断れない。


 警察署に入る。

 案内されたのは取調室ではなく応接間のような場所だった。

 調度品はほとんどが古いが、清潔ではある。

 二人の刑事が待っていた。

野中のなかさんと北見きたみさんよ」

 母の紹介。 

 会釈する二人。

「初めまして、御剣山翔一です」 

 翔一は背は低いが背筋はピンとしている。

 真っ直ぐ頭を下げた。

 細身だが鋭い視線の二人はにやりと笑い、座るように勧める。

 野中の方がやや年長で北見はかなり若いようだ。

「よろしく。翔一君。早速で悪いが、失踪した時の状況を覚えているか」

 翔一はこの件については、どう聞かれたとしても、記憶にないと嘘をつくつもりだった。

 誠実に頑張った彼らを思うと気が重かったが。

「……申し訳ありません、ほとんど何も覚えていないんです」

「ほとんどというのなら、微かでも覚えているのかい?」 

 若い北見が食い下がる。

 翔一の答えはあらかじめ予想していたのだろう。

「断片的に記憶があるんです。学校の風景、かっこ悪いですが不良生徒に虐められていたこと。掃除用具入れに閉じ込められて……」

「まあ、やっぱり、あの子たちね!」

 詩乃が眉を吊り上げる。

「お母さん。あの人たちのことは、もう、いいんだ」

 彼らは相応の報いを受けた。

 今は学校にも来ていない。

「彼らは、薬物所持と使用の現行犯で補導されました。転校したそうですよ」

 北見が手帳を見ながら補足する。

「ええ、存じております」

「不思議だが、一年前の君とは見違えるようにしっかりした子になったじゃないか。失踪していた間に何があったんだ?」

 野中が穏やかな声で問う。。

 一瞬、様々な光景が目に浮かぶ、しかし、それを彼らに語って理解してもらえることはないだろう。

 熊の正体でも見せれば違うかもしれないが、彼らにいらぬ混乱を与えるだけだ。

「すみませんが、何も覚えていないんです」

「これは、君の診察をした医者から提出された資料です。……未成年者の暴力事案は報告義務があるからね。君の体には無数の傷がある。切り傷刺し傷、やけどの跡。獣の噛み傷。金属のナックルで殴った跡もある。まるで拷問でもうけたみたいだ。それとも、戦国武将とでもいえばいいかもしれない」

 北見が資料を出す。拡大した写真だけ見ると、あまりに残虐な傷跡だった。

 普通、何度も死んでいるだろう。

「わ、わかりません」

「だれが、こんなひどいことを……」

 詩乃の顔が青くなっている。

 改めて写真で見ると、逆に生々しいのかもしれない。詩乃はおもわず気が遠くなる。

「お母さん!」

 慌てて抱きかかえる翔一。野中も支えてくれた。

「刺激が強すぎた。申し訳ない」

「婦警さんを呼びますよ、医務室で寝かせましょう」

 北見もあわてている。

「ご心配なく、大丈夫です」

 詩乃はそういうが、ふらふらしているのは事実だった。

 北見は女性警官を呼び、詩乃を医務室に連れて行く。

「翔一、分かっていることは全部刑事さんにいうのよ」

 去り際に詩乃はそう告げた。

「……」

 素直にすべてをいえない。

 母の言葉が重い。


「お母さんが心配だとは思うが、北見に任せてくれないか。少し話をしよう」

「……ええ、いいですよ」

 翔一は母を診るべきか迷ったが、単に気が遠くなっただけなのはわかっていた。

 改めて席に座る。

 刑事に誠意をもって相手したかったのだ。

「記憶にないというが、本当はいいたくないだけじゃないのか。すまない、職業柄、人の言葉に敏感なのでね」

「……」

 思わず答えに窮する。

「君が帰ってからの行動を少し調べさせてもらったよ。……拉致犯の動きがあるかもしれないからね。人を拉致する犯罪ほど卑劣なものはない。私はそういう悪党は絶対捕まえたいんだ」

「はい、わかります」

「君は病院に怪我の少年をみまいに行った後、ジャーナリストの大神恭平と行動を共にしているね、彼は……特殊な人間だ」

「ええ、そうです」

「彼は日本防衛会議のメンバーだ、残念ながら一般警察はそれ以上のことにタッチできない」

「彼は……正体はいえませんが悪と戦っています」

「フム、それで十分だよ、そのような人物と行動していたということは君も……」

「はい、詳しくはいえませんが、異能があります」

 隠しきれないと翔一は思った。

「だろうね、その体の傷だ……」

 野中の真摯な目を見ると、嘘をつき続けるのが苦しくなる。

 翔一は言葉を発した。

「僕はとある警官と行動を共にして、悪と戦ってきました。帰ってからも戦うつもりなんです。しかし、僕が拉致されたのは……」

「気にしないで、思っていることを話してくれ」

「この世界の存在ではない異能者の攻撃を受けたのです。しかし、僕とその警官は全てを解決しました。もう終わったんです」

 翔一の顔に寂しさが宿る。

「ふむ、一年前なら、悪い冗談だと思ったかもしれないが、今ならそのようなこともあるかもしれないと思うべきなのだろう」

「刑事さん。僕を拉致した犯人はもう捜さないでください。これ以上ご迷惑をおかけしたくないんです」

「その警官はどうなったのかね」

「……亡くなりました」

 一言絞り出すだけでも、つらい告白だった。

「……」


 野中は何もいわず、ファイルを見せる。

「確かに、君の失踪は本当に謎が多い。君が失踪した日さえはっきりしないんだ。君の家族も君の友人たちも学校関係者も、数日間は君の失踪に気が付かなかった。だけど、じわじわと思い出すように君が消えたことが騒ぎになっていったんだ」

「場所も時間もわからないんですか」

(奴の因果飛ばし……異世界だから効果が限定的なんだろう)

「大勢の人間が探索した結果、この数日間の間に学校から消えただろうという推測はできている」

 野中は資料のカレンダーから、一年前の日付を指す。

「……」

「それと、もう一つ不思議なことだが、これを見てくれ」

 一連の写真。

 記事の羅列だった。

 同じような失踪事件がいくつも起きている。

 自分と一緒に、異世界に拉致され、散って行った人々を思い出す。

 首を振る翔一。

(しかし、魔王は死んだ。もう、このような事件は……)

「つい先日も起きた。犠牲者は中年の女性……」

「!? そんなバカな! 奴は死んだのです!」

 翔一は思わず大声を出して立つ。

「お、おい君」

「……すみません。興奮してしまって」

「奴、何か心当たりがあるのかね?」

「……」

 翔一はしゃべりたくてもしゃべることのできないジレンマに陥った。

「君」

「この件にはとんでもなく邪悪で強力な異能者がかかわっています」

「……ふむ」

 野中は何もいわず、考え込むようだった。

 やはり、彼の常識の中では、そうそう簡単に消化できることではないのだ。



「翔ちゃん、ごめんなさい。もう、大丈夫よ」 

 詩乃が頭を振りながら戻ってくる。

「大丈夫ですか?」 

 野中が優しげな声で問うた。

「ええ、しかし、刑事さん。私たちはもう……」

「そうですね、翔一君ともしっかり話し合いができました。もし、何かありましたら連絡してください」

「はい、ありがとうございます」

 詩乃が頭を下げると、翔一も立ち上がり、頭を下げる。

 警察を出る直前、野中が声をかけてくる。

「翔一君、一つだけ聞きたいんだ」

「はい」

「片目の男。心当たりはあるかね」

 翔一は衝撃で、一瞬、めまいがした。

「そ、そいつは。刑事さん、駄目です。そいつには絶対かかわっては駄目だ」

 野中は翔一の反応だけを見ると、うなずいて、あとは無言になった。


 車の後ろで警察署が小さくなっていく。

「翔ちゃん、刑事さんと話し合ってたみたいだけど、何かわかったの?」

 詩乃が心配そうに聞く。

「何でもないよ、記憶がないことをいっただけだから、心配しないで」

「それならいいの」

 詩乃は運転に意識を戻す。

(刑事さんたちに僕は真実をいわなかった。これは僕が背負う罪だ。だから、どこかで清算しないといけない。僕は戦おう。例え一人でも。そして、まだ消えないあの悪魔を追い詰めるんだ)

 翔一は車の中で腕を組む。

(しかし、どうすればいいんだろう。学生の身分でできることは少ない。情報も得られない。警察に真実を語っても、彼らも戸惑うだけだ。警察は魔術や異世界の知識なんてないし、法律も何も対応してない。日本防衛会議……やはり、これしかないかな)

 いくら自分が強いとしても、邪悪がひそかに張り巡らした陰謀を簡単に断ち切ることはできない。

 翔一は深く思案し続けた。




2021/1/27~2024/9/28 修正済み

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