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117 哀しき痕跡、闇の蠢き その2

「ゾーヤさんきてくれるかなぁ」

 翔一は一人つぶやく。

 ここは某駅の前である。

 今日は日差しが強い。

 帽子をかぶっているが、厳しい暑さだった。

 暑いが長袖。

 全体的にゆったりとした服でまとめている。靴はスニーカー。特にこだわりもなかったが、ファッションにうるさい姉の勧めでこのような服装をしていた。

 待ち合わせ時間ぴったりの時、車が止まって彼女が降りてくる。

「翔一君」

 ゾーヤは白いハットをかぶり、上品な水色のワンピース。古風で女性的な服装だった。

 誰もがふりかえるような美女。

「情報は持ってきたわ」

「人身売買組織のアジトを僕も調べたいのです。以前、もぬけの殻って仰ってました。わかってはいますが」

「……あなたは、少なくとも今は、単なる学生なのでしょ。そんなことに関わっては駄目よ」

「公的は身分は失いました。でも、正しいことは身分がなくてもできる。僕の友達は誰の強制も報酬もないのに、命をかけて正義のために身を捧げました。僕も彼の後ろに続くつもりなのです」

「誰のことかはわからないけど立派な方がいたのね。……私もあの後、捜査に進展がないのが気になっていたの。現場をもう一度見るのもいいかもしれないわ」

 彼女の車に乗る。

 

 ゾーヤは車に乗ると、端末を操作する。

 以前捕らえた人身売買組織の手先、十文字桀鉄じゅうもんじ けつてつが自白したアジトを数か所表示させた。

「いくつかあるけど、一番大きなのがここね」

 港の近くにある倉庫街。

 人を攫って、あるいは、騙して連れてきてどこかに運ぶにはうってつけの場所だ。

「小さな場所はここが空振りだったらお願いします」

「ええ、そうね、しらみつぶしにやるほど時間もないわ」

 移動する間、捜査のことを聞く。

「あの島の襲撃から、世界にいくつかあのような島があって、悪人が人を奴隷にしているという情報を得たわ」

 あの島とは以前、滝田少佐たちと人質奪還作戦を行った無人島のことである。

「それと、それに連なる重要人物の情報。世界の情報機関や警察がその場所を襲撃したけど、やはり、外れが多かった。当りもあったけど。そして、わかったことは既に島の襲撃があった時点で、人身売買組織の主力は姿を消したということよ」

「すごく動きが速いのですね」

「あまり、子供のあなたにいうようなことじゃないのかもしれないけど、世界の権力者や大金持ちは奴隷を持つことに執着しているのよ。そして、小さな子供が特に狙われている。敵はとても情報が早く組織も強大」

「特定の犯罪組織が何かやってるというレベルを超えているのですね」

「そうよ、だから、個人でどうにかできる話じゃないわ」

「でも、それでもあのままでは僕の気持ちが収まらないのです。せめて、わかりそうなことだけでも」

「調べ尽した場所よ。それでもいいなら」

「そうだ、あの島のことは、結局、何かわかったのですか」

「……交換条件で話すわ。あなたの秘密を一つ教えて。車の中は大丈夫よ。かなり厳重に情報保全をしているわ」

「僕の秘密はゾーヤさんの胸にしまっておいてくれませんか、よほどのことがない限りは。それならば話します」

「ええ、いいわ。それでも」

「僕は……霊薬を持っています。呪詛や魔物の攻撃、そういった力で死にそうな人を救えます。そして、魔物や術者たちはこれを欲しがります。一級のエリックさんが治ったのは霊薬の力です」

「ありがとう、確かに簡単にはいえないことね。エリックは、そう、君が……」

 ハンドルを切り、港湾に向かう。

 行き交う車が減る。

「あの島の事。調査した結果……あの島にはね。宇宙船があったの。太古で未来の」

「?」

「人類の作った宇宙船よ、あと五十年後ぐらいの未来。それがあの島の古代の地層から発見された」

「じゃあ、もしかして、山下美湖やました みこちゃんは……」

 山下美湖は翔一が救った幼い少女である。

「ええ、宇宙船に乗っていた。生物とも機械ともいえない未知のカプセルに入っていたらしいわ。集めた子供たちはあの宇宙船のカプセルに入れて実験していたの」

「入れるとどうなるんです」

「体内に『賢者の石』が形成される。でも、私たちが調べた状態からはカプセルはなかった。集めた資料と捕虜の証言からわかったことよ」

 彼女のいう『カプセル』は翔一が敵の基地で見た装置のことではない。

 少年が潜入したときにはすでになかったもののことのようだ。

「持ち運ばれたのかも」

「探しているの、私たちも」

 ふと、翔一に心臓を与えてくれた女性のことを思い出す。彼女は未来の人工知能であり、邪悪な未来の巨大企業が作ったものだった。

 彼女なら何か知っているかもしれない。

 特に確信もなく、そう思う。

 



 古い倉庫が立ち並ぶ区域。

 人口が減少する前は活気のある地域だったが、今は使われない倉庫が多い。

 大きな倉庫に入る。

 がらんとした広い空間。

 気持ちの悪い雰囲気の大きな檻がいくつもあった。

「動物を入れておく檻、そんなわけないよね」

「お察しの通りよ。攫われた子供たちが入れられていたと推測しているけど、追えるような情報はなかったわ」

 翔一はざっと見て、小さな影を発見する。

 子供の幽霊だ。

「ダーク君」

「?」

 ゾーヤは怪訝な顔だが、精霊界に宿精がくる。

「なんだ。俺は忙しいんだ」

「悪いけど、あの小さな幽霊たちに話を聞いてほしい。死因とやった奴」

「ああ、子供だな……」

 翔一が虚空と会話し始めたのを見て、ゾーヤは押し黙る。

「どうやら、見せしめに殺したらしいぞ。全員同じ死因だ」

「……誰が、どうやって」

 腹の中で怒りが渦巻く。

「子供たちを恐怖で脅しつけるためだ。ナイフで惨殺……あまりいいたいようなことじゃないな。奴らは笑いながらやったそうだ。狂ってやがるぜ」

「奴らの特徴を聞いてほしい」

 しばらく宿精が聴収する。

「うーん、子供のいうことだから何ともいえない。ギザギザのナイフで斬り刻まれたそうだ」

 よく見ると、幽霊たちの姿は見るも無残な姿だった。

 魂まで苦しみぬいたのだろう。

 悲しい怨霊と化しかけている。

 檻の床は木材であり、幽霊の足元を見ると、何かが刻んである。

 小さな爪でひっかいたのだろう。字が書いてあった。

「『おかあちゃん』……」

 ゾーヤも気が付いて、無言になる。

「酷い……」

 ブワっと、少年のうなじに茶色の毛皮が出現する。獣が出そうになった。

 ゾーヤは怒りに震える翔一の肩を撫でる。

「この子たちに祖霊を呼んであげられないか」

「わかった、やろう」

 ダーク翔一は彼らの祖霊を探しに行く。

「僕が仇を取ってやるよ。だから、優しい先祖に穏やかな世界へ連れて行ってもらうんだ。いいね」

 子供たちは怒り狂っているのもいたが、遠い世界の光を浴ると、穏やかな顔になって迎えられる。

 ただ、あまりに苦しんだためか、迎えを拒否してどこかに行く霊魂もいた。

「なに、なんなの。悲しい感情が流れてくるわ」

 テレパシストのゾーヤは幽霊たちの悲しみが伝わったのか、涙を流した。

 翔一は痕跡を探す。

 匂いを嗅ぎ、霊視する。

 微かに人がいた気配はあるが、何もない。

 翔一は観相精霊を呼んだ。

 残留思念があればそれを拾うのだ。

「ここでそれを使うのは危険すぎるぞ。感情が渦巻き過ぎている」

「ダーク君やってくれ」

 宿精は観相精霊に感情を吸わせてから翔一にぶつけた。

「はう、あああああああ!」

 一気に残酷な情景が脳に焼き付く。

 衝撃の余り、卒倒した。

「だ、大丈夫?」 

 慌てるゾーヤ。

 翔一はすぐにむくッと起き上がると、

「グアアアアアアアアアアアア!」

 大声で吼え、半分獣化して檻を一つ叩き潰した。

 金属の檻は飴のように曲がる。

「きゃ! あなた……」

 人間のような、熊のような不気味な化け物。

 じろっと彼女を見たが、理性で抑えこむ。精霊界で暴れようとする獣を押し返した。

 すぐに、人間に戻る。

「あなた、もしかして……」

「……」

 ゾーヤは黙り込む。

 翔一も感情を抑えるために無言で座り込んだ。


「……それで、何かわかったの」

「はい。悪人たちの顔を観相精霊で送ります。忘れないでください」

 酷薄で邪悪な奴らの顔。

 気のせいか、似たような特徴だった。

 溶けたような崩れた皮膚。小さな目と瞳。尖った耳。

「非人間的な顔ね。異常に冷酷な雰囲気だわ」

 ゾーヤは顔面蒼白になった。

 彼女が見たのは子供たちが最期に見た悪人の顔なのだ。

「こいつらは見たことがある。許せない……悪魔教団の奴らだ」

 以前、学園を襲撃した悪魔の手先たち。

 彼らの顔にそっくりなのだ。

 怒りのあまり、再びブワっと、獣化しそうになる。

「駄目よ、冷静になって。これで似顔絵やモンタージュを作るわ。私はプロよ任せて」

「ありがとう、ゾーヤさん」

「いいの、礼をいいたいのはこちらよ。何かわかったら連絡するわ」

 二人はこの場を離れて、最寄りの駅まで向かった。

 そして、翔一を降ろして、ゾーヤは去る。




 帰りの電車。

 翔一は視線を感じていた。

「見張られているぞ」 

 宿精の声。

「知ってるよ」

 翔一は関係のない駅で降りると、人気のない場所を探す。

 誰もいない公園で、灌木の陰に隠れる。

 急いで占いをした。

(ふむ、なるほど)

 二人の男がくる。

 ビジネス―ツ、地味な眼鏡。誰も一切注目しないような男たちだった。

 しかし、よく見ると、体は鍛えられている。

 男たちはキョロキョロしながら、上着の中に手を突っ込んでいた。

(銃かな。でも、違法な武器は警察も多いから危険、とすると、スタンガンか暗器的な何かか)

 翔一は目を凝らした、近くの店の監視カメラがくるくると動いて、翔一を見つめる。

 特に必死に隠れたわけでもないので、見つかるのは承知だった。

 更に視線を飛ばすと、逆方向からさらに二人。

 こちらはバイクに乗ってきたという雰囲気である。

 ヘルメットをかぶり、警棒のようなものを隠さずにそっと歩いてくる。

「機械精霊をあの監視カメラと、それ以外にも、近所の通信機器は全部」

「任せろ」

 ダーク翔一の声。

「僕はどうしようかな、あまり手の内見せるのもね」

「妖術は効かないかもな、あいつら手強いオーラしてやがる、それに何か防御系の魔術があるぞ。眠り精霊とかもやめとけ」

「普通にやるよ。効けばいいけど」

 翔一はスーツの男二人の方が近いので、彼らからやることにする。

 足元の花壇の煉瓦を拾う。

「奴ら魔術かかってるみたいだから、対消滅精霊を纏わせておけよ」

「そうだね」

 宿精が対消滅精霊をいくつか呼び、それを煉瓦に纏わせる。

 そして、後ろの男に投げつけた。

「ゲボォ!」

 鳩尾に直撃して、悶絶する。

 予想通り、防御魔術が霧散したようだ。

「おい!」

 二発目は逃げようとした男の背中にヒット。のけぞったところにもう一撃。

 苦痛の余り気絶。

「眠らせておくぜ、ヘルメットの奴らは?」

「同じかな」

「つまらんなぁ」

 公園の林の影から現れる二人、ヒュンヒュンと飛来する煉瓦を喰らって何もできず倒れた。

「こいつらどうするんだ」

「縛ってどこかに。それより、ゾーヤさんが心配だよ。あの倉庫、悪人どもが見張っていたんだ」

「あの女はプロだろ、国家機関だ。大丈夫だよ」

「念のため占ってみる」

 ざらッと鹿皮の上にぶちまけた。

「どうだ」

「……かなり悪い。もう捕まってるように見える」

「電話してみろよ。通信解除するから」

 宿精はそういうと、辺りに撒いた機械精霊をいくつか撤収させる。

 翔一は急いで連絡した。


 ゾーヤはほとんど間を置かず電話に出た。

「あら、どうしたの。翔一君」

「襲われたんです。そちらは大丈夫ですか」

「え、ちょっと待って、検問だわ」

 物を探る音。身分証を出しているのだろう。

「……免許ね、すぐに見せるから」

 警官の声だろうか、しかし、

「……コノ女ダ……」

 翔一の耳は微かに不気味で非人間的な声を聴いた。

「ゾーヤさん、逃げて!」

「え?」

 プチ、通信が切れる。

「ゾーヤさん!」

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