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116 哀しき痕跡、闇の蠢き その1

 黒い、不毛の荒野。

 遠くに魑魅魍魎が蠢く邪悪な城塞都市が見える。

 人間が踏み込んで、まともに生きて帰ることができる場所ではない。

 御剣山翔一みつるぎやま しょういちは恐怖とともに眺めた。

 しかし、

 彼の傍らにいる人物は迷いもせずに、その街に向かって歩く。

 ボロボロに歪んだ背中の装甲板。

 きしむ手足。

 ガチャ、ガチャっと、音を立て、足を引きずりながら歩く。

 もう戦えるような体ではない。

 センサーも半分以上壊れている。

「……さん! もう無理です。やめてください!」

「……」

 彼は何か答えたようだが、聞こえない。

「僕たちが戦わなくても、誰かがやってくれますよ。帰りましょう。涼子さんも……」

 その、美しい女性の名を口にしただけで、胸が痛む。

「……」

 しかし、彼は無言で向かって行く。

「なぜ、そこまで戦うんです! 何の見返りもないのですよ! 僕たちは怪物だと思われている!」

 翔一は大声を出した。

 だが、彼は止まらない。

「死んでしまうんです! 行かないで!」

 涙を流しながら、叫ぶ。

 一瞬、彼は止まった。

 しかし、再び歩き出した。

 彼の体は小さい。

 敵は巨大で漆黒の壁のようだった。

 彼が闇に飲み込まれていく。

「ごめんさない。……あなたの死は僕の責任です……」


「翔ちゃん」

 体を揺さぶられて目を覚ます。

 窓の外は少し明るいようだ。

 ベッドの横に、母の詩乃しのがいた。心配そうに見ている。

「お、お母さん」

「あなた、すごくうなされていたわ」

「……僕、人間形で寝たんだ……」

 最近、色々と事件が起きて疲れていたのだ。

「何があったの。どんな夢を?」

「……」

 無言の翔一にため息をつく詩乃。

「一度カウンセリングを受けたらどうかしら」

「いいよ、そんなの」

 首を振る。

「あなたの傷……芸能人が大勢利用している整形外科があるわ。腕も超一流よ。顔の傷だけでも消したほうが……」

 入院してから人間形の少年は塞ぎがちだったのだ。

 詩乃は心配が尽きない。

「治らないよ。たぶん」

 最近増えた傷は普通の傷跡ではない。邪神の因果はまだ残っている。

「そんなことないわ。現代医学は凄いのよ」

「僕は芸能人にはならないから」

「そんなこといわないで。それに、そういうつもりじゃないの。優しい翔ちゃんが、そんな怖い顔なんて……」

「心配しないで。僕は平気だから」

 かたくなな態度の翔一に悲しそうな顔で立ち去る詩乃。

「お母さん、ごめん」




 日本防衛会議本部ビル。

 人間形態の翔一は小さな会議室に呼ばれていた。

 座るのは滝田少佐、ゾーヤ、油上司。そして、正面のモニターには闇に座る暗黒司令。

 珍しく、一級ヒーローのエリック・フリュクベリもきていた。

 白いスーツの彼は腰掛けず、会議室の隅で立っている。

「今日、御剣山君にご足労願ったのは他でもない。先日のショッピングモール襲撃事件に関してだ」

 暗黒司令が告げる。

「私たちが知りえた情報を聞くけどいいわね」

 ゾーヤが立つ。短いスカートの軍服。

 いつもながらとても美しい。

「……」

 うなずく翔一。

「まず、あなたはお母様の御剣山詩乃さん、そして、同じ事務所所属のモデル兼女優の室町むろまちすずと会食をしていた」

「はい」

(すずさんは呼び捨て?)

「テロが発生したときはどこにいたの」

「日本エジプト友好展の会場にいました。母が歴史好きなので」

「テロ集団は一気にショッピングモールを包囲し、あなたたちは警備兵たちに守られる形で展示会場に立てこもることになった」

「はい」

「そこであなたは治癒クマーに変身して、会場を抜けた。そのあと、スポーツジムに立てこもっていた人たちを助けた」

「はい」

「ジムから屋上に行って敵を倒したわ。あなたがやったの?」

「いいえ。大クマー兄がやりました」

「機械人間の『メタリックガーディアン』、超能力者『ウィザード』は大クマーが倒したのね」

「はい」

「狙撃兵もかしら」

「はい」

 なんとなく、人々の表情を見る滝田。

 翔一は多少冷や汗が出る。

「あの紙飛行機は君がやったのかね」

 滝田が聞く。

 彼もあの場にいたのだろう。

「はい、それは僕が思いついて、小さな風精霊を呼びました」

「フム」

「次に展示場に戻った。これは何か理由があったの?」

「親切な祖霊のおじさんが、展示場に異変があったことを教えてくれたのです」

「祖霊……」

 これに関して、皆は少し当惑する。

「彼の師匠は『祈祷師ゼロ』の土壁源庵つちかべ げんあん殿だ。驚くにはあたらない」

 暗黒司令が促す。

「室町すずがセトの仮面を盗んで敵に渡したと証言があるわ」

「それは違います。吸血鬼オーガスタスが彼女を支配して彼女を操ったのです。アンバーさんと同じ状態だったと思います」

「それなら、室町すずは被害者であると」

「そうです」

(すずさん、取り調べされているんだ。彼女の無実を証明しないと)

 翔一は大人たちの雰囲気で察した。

「すずさんは無邪気で子供のような人です。悪に加担することなんて絶対ありません。拘留しているのなら、すぐに釈放してください」

「しかし、あの女は敵に見込まれていたぞ。元から加担していた疑いはある」

 油上司が述べる。

「司令、こちらは少年に同意だ。彼女を洗っても何も出てこない。単なる一般人の少女だよ」

 滝田が力強く告げた。

「うむ。この件は善処しよう。続けてくれ」

 暗黒司令が促す。

「そのあと、展示場の人質が脱出した。球磨川風月斎くまがわ ふうげつさい氏と子熊の集団に守られていたけど、彼らはどこからやってきたの?」

「精霊界です。人々の危機に善意で駆けつけてくれたのです」

「その移動召喚魔術は土壁源庵つちかべ げんあん氏がやったのね?」

「はい。主にそうです」

「変な黒い子熊もいたけど、あれは何者?」

 写真を見せるゾーヤ。

 源庵と並んでダーク翔一の宿ったぬいぐるみが写っている。

「フフ」

 エリックが少し笑う。

「彼は僕の宿精、もう一人の自分。ダーク君です。彼は『祈祷師ゼロ』に協力しています」

「ふむ、彼のことは源庵殿から聞いているよ。かなりの実力者だと」

 暗黒司令が述べる。

「ええ。彼の性格はちょっと問題ありますが、それでも正義のために働いています」

「セキュリティセンターを襲って無力化したのはその二人とあなたね」

「はい」

「リリーという人が一時システムを支配していたようだけど、彼女は何者?」

「わかりませんが、善意のハッカーだと思います」

「あなたのスマホにAIがあったと、ハッカーの古谷ふるやが証言していたけど」

「僕はあまり詳しくないので……一時的に乗っ取られていたのかもしれませんよ」

「念のために、君のスマホを提出してくれるかしら」

 翔一はうなずき、自分のスマホを差し出す。

 友からもらったタッチパッドは未来技術であり、見せるのはためらわれた。見せると、さらなる説明を要求されるだろう。

 しかし、普通のスマホを見せても、人々はあまり信じていない雰囲気はあった。

(この人たちはプロばかり。簡単には騙せないよね。でも、真実はいえない)

「じゃあ、あなたは突如現れたリリーを信じてシステムを任せたと」

「はい。古谷さんは信用できませんので、それに、時間もありませんでしたから」

 苦しい言い訳だなと、翔一は思う。

 しかし、それ以上は追及されなかった。

「そのあと突入作戦があった。その時はどこにいたの」

「源庵先生とダーク君と一緒でしたが、僕は兄を呼んだ以外、何もしていません」

「大クマー氏がアンバーと室町すずを敵から救出した。本当に一瞬だったけど僕は目撃したよ」

 今まで無言だったエリックが発言する。

「お二人は何をしたのかね」

 暗黒が問う。

「先生はヒーローの戦いの手伝い。ダーク君は人質たちを守るために広範囲に精霊を召喚しました」

「フム、それは理屈が通る。身を守るすべもない人質たちは全く無傷だった。かなりの戦いがあり、全員の完全な救出は諦めていたのだ。しかし、まるで魔法のように誰も犠牲がいない」

 微かに笑顔になる暗黒司令。

大神恭平おおがみ きょうへいがフラークマンを倒し、オーガスタスは大クマー氏の援助で僕が倒した。しかし、奴は霧になった」

 エリックが顎に手を当てる。

「吸血鬼の棺と遺留品が地下駐車場で発見されたわ。大クマー氏がやったのね?」

「はい。僕と兄は地下駐車場に行き、敵の首魁がそこにいることを魔術で突き止めました」

「そして、全て完全に倒した」

「ええ、兄が」

「オーガスタスの棺の残骸と遺留品があったので、政府は吸血鬼が死亡したと発表したけど間違いはないのね」

「はい」

「最後に、あなたはそのあと、逃げ遅れた人質たちを案内して外に脱出させた」

「はい、館内にはまだ大勢の人がいたので」

「聞きたいことは以上よ」

 なんとなく、全員息を吐く。

「まだ、色々と疑問点はありますよ」

 油上司が告げる。

「だが、彼の功績は明らかだ」

 滝田少佐。

「そうですよ。僕はヒーロー仲間の署名を持ってきました。治癒クマー君の解任撤回の嘆願です」

 エリックが、書類を見せる。

 十数名のヒーローの連名があった。

 少し、胸が熱くなる翔一。

「エリック君、気持ちはわかるが理事の説得が難しいのだよ」

 暗黒司令が腕を組む。

「司令」

 ゾーヤが美しい瞳を向ける。

「うむ。聴収は以上だ。ありがとう御剣山君。いったん退室して、ロビーで待っていてくれたまえ。スマートフォンを返却しよう」

 うなずいて、翔一は立ち上がり、頭を下げてから退出した。


 ロビーで三十分ほど立って待つ。

 ゾーヤがやってきた。

「今日はありがとう。お兄さんにもよろしく伝えておいて」

「はい」

 彼女からスマホを受け取る。

「……あなたが解任されている件だけど」

「?」

「たぶん、撤回されるわ。あなたはその時どうするの。もう一度ヒーローになる?」

「うーん、お母さんがどういうか」

「自分の気持ちはどうなの」

「それは、復帰したいです。自分の能力を世のために生かせるならそうしたいのです」

(亡くなった人のためにも)

「それを聞いて安心したわ」

 笑顔になるゾーヤ。

「やあ、御剣山君」

 颯爽とした美青年、エリックがやってくる。

「エリックさん」

「人間形態は初めてだけど……とにかく礼をいわせてくれ。君と君の仲間たちがいなかったら、人質がどうなったことか」

「先生たちにも伝えます」

「それと、大神が君の師匠、土壁氏に会いたいといっていたよ」

「大神さんが源庵先生と?」

「理由は知らないよ、そのうち連絡が行くと思う」

「はい」

 エリックはうなずくと、さわやかな笑顔を残してビルを去った。

「じゃあ、僕も帰ります」

「待って、これを」

 見ると、連絡先を書いたメモだった。

「これは……」

「少佐と連絡を取りたいときに使って」

「ありがとうございます。……そうだ、ゾーヤさんお願いがあるのです」

「いいわ、何なの」

「以前話題になったことです……」

 翔一はあらましを告げる。

「……いいけど。無駄足になる可能性は高いわ。相当調べたのよ」

「それでも、どうしても無視できないのです」

「ふぅ。わかったわ。人質を助けてくれたお礼しなきゃね」

 翔一は頭を下げてからビルを出る。

 空はどんよりと曇っていた。




2021/10/17 微修正

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