114 ショッピングセンター襲撃、黒きファラオの呪いクマ その5
セキュリティセンターから幹部の集結地点までは移動距離で百メートルほどだったが、黒覆面はほとんどいなかった。
どうやら、体裁をかなぐり捨てて、儀式に前のめりでとりかかっているのだ。
静かに接近していく子熊三匹。
「気になるんだがな」
「何? ダーク君」
「こいつら、ことを成し遂げたらどうやって脱出するんだ」
「たぶん……物理的に一つしかないクマ」
「だろうな。そして、たぶん、黒覆面の大半は見捨てられるだろう」
「……」
照明は落ちており、昼間でも暗い。
そっと移動する。
吹き抜け一階の中央広場は、ブランド商品の展示スペースだったが、乱雑に商品は捨てられローブを着たセトの仮面の男が高い位置に立って呪文を唱えている。
邪悪な気配を発する杖を掲げて何かを叫び続けていた。
杖は蛇の絡みついた黄金の装飾、蛇は先端の松ぼっくりのような形の丸い部分に噛みつくような形状。
彼の目の前に白くて長い手足の室町すずがぼうっと立っている。
その横に剣を持った泥人形のような男。剣も泥まみれだった。
美しく赤いヒーロースーツに身を包んだアンバーの姿もあった。隅の方で人形のように硬直している。
二階の黒覆面たちは一緒にぶつぶつと呪文を問えながら、銃口をひざまずく人々に向けて立つ。
処刑スタイルで殺すのだろう、一刻の猶予もならない。
霊視すると、中央の吹き抜けの空間が歪み始めている。
そして、その空間から呪力が流れ込み、すずを包み込んでいた。
「邪神か何かを呼んで、すずさんに憑依させているクマ」
「うむ、あと十秒だ」
ブランド物の腕時計を見る土壁源庵。いつ買ったのだろうか、モフ手首に嵌っている。
三体の子熊は各々、精霊を準備した。
「私が精霊でセト仮面とダートマン対処、翔一君はすずさんを頼む、宿精殿は……」
「俺はチビクマ全員と鋼体精霊を出撃させて、人質を守るぜ。あいつら、あのままでは肉の標的だ」
「ありがとう、ダーク君。頼むよ」
やがて、時はきた。
「銃を構えろ」
渡辺の声が聞こえる、二階にいるらしい。
ガチャと銃を用意する音が一斉に響く。
人質は人形のように無言である。
彼らは騒がないようにアンバーの暗示眼力で意識を飛ばされていた。
仮面の男の呪文は激しく長く、すすり泣くような声で続き、今クライマックスのようだった。
「出でよ、黒きファラオ!」
「エラ、ナイラァルホトテップ!」
「エラ!」
黒覆面たちが唱和する。
その時、
「悪党ども。貴様たちの野望は、今、砕かれる!」
吹き抜けの上、ガラスのドームの上に白銀のスーツの男。
白銀の髪、切れ長の目。
ブワとドームが開くと吹き抜けには暴風が巻き起こり、黒服たちは風に圧されて動きが止まる。
「『白銀疾風』エリック!」
誰かの叫び。
エリックは自然落下しながら、あたりに稲妻を発し、黒覆面たちを強烈な電撃で打ち倒す。
「ギャー!」「グワーッ!」
テロリストたちの短い悲鳴がこだまする。
風と共に舞い降りた時には、人質を扼す二階の黒覆面たちは全員床に倒れ伏していた。
人質は誰一人被害がいない。
電撃は正確に悪党だけを打ったのだ。
同時に、ボンボンと爆発音が起き、特殊部隊が建物になだれ込んでくる。
シャッターと扉が一気に開いたのだ。
フラッシュボムが自動で一斉に開く入り口に投入され、ひるんだ敵を部隊が鎮圧する。
位置を正確に把握されているテロリストたちはほとんど抵抗もできなかった。
彼らはほんの十秒ほどで一気に無力化される。
警察と自衛隊の特殊部隊の技術は一流であり、捕虜を盾にしていた卑怯者たちは降伏するばかりだった。
反撃を加えようとしているのは、遊撃隊的な立場の黒覆面だけであり、かれらも一瞬で追い詰められ、パニックを起こしていた。
「オチツケ。昆虫人間二ナレル者ハ変身セヨ」
フラークマンが叫ぶ。
「エラ、ナイラァルホトテップ! 渡辺、どうした返事をしろ!」
セト仮面も前に出て、吹き抜けの上階に叫ぶ。
しかし返事はない。
「後ろががら空きクマクマ」
翔一は少し大きな熊になると、風のように室町すずとアンバーを回収する。
重さもほとんどないかのように二人を抱き寄せると、フカフカの毛皮に包む。
全く音は立てなかった。
(まあ、女の子たちのことどころじゃないクマだよね、ここまで一気に形勢逆転されるとは思わないだろう)
セト仮面とフラークマンは派手な出現をしたエリックと、それが引き起こした事態に気を取られて、警戒がおろそかだったのだ。
そして、突入してくる特殊部隊への対処もできないでいた。
翔一は二人の女にまとわりついていた呪詛を対消滅で消す。
しかし、意識はすぐに回復しないようだ。
(セト仮面の呪詛。完全に消えないクマ。やっつけないと無理だ)
さっと、物陰に隠れる。
三人の男が一階広間で対峙していた。
一人は剣を持つ泥まみれの男、フラークマン。
一人はセト仮面の男。
そして、
「エリック、榊原にやられて死にかけていたのではないのか」
セト仮面が声を出す。
「とある人に助けてもらってね。今では前より体力がある」
「何を得た。何かが見えるぞ」
仮面奥の瞳が光る。
「コロス。エリック」
ズイっと、進み出る泥の男。
身構えるエリック。
しかし、
「おいおい、一人でかっこつけるのは許さんぞ、エリック」
エリックの背後から、黒い剣を担いだ皮肉な男の声。
直立した狼。
「シルバーファングか」
振り返りもせずに問うエリック。
(大神さん!)
「二対一ではちょっと不公平だから、手を貸してやるぜ。これは貸しだ」
「僕は頼んでもいないが」
「遠慮するなよ、高利だぜ」
「ますますいらないね」
といいながらも、エリックはひょいと飛び上がると、彼にフラークマンを任せた。
「しるばーふぁんぐ、コロス」
「何か、知能低そうな奴だ」
互いに両刃の剣を構える。
フラークマンは泥を自由に扱う超能力者。体が泥でできているという。
剣はヨーロッパの泥炭の中で宝剣を拾ったものである。古びているが、鋭さは失っていない。明らかに何らかの魔力があった。
そして、大神も片手で構える剣は古代の剣『黒き草薙』。
たがいの魔力が輝く。
両手で剣を握って泥の怪物はぶんぶん振り回した。大地の力を持つ男は怪力であった。
しかし、大神は皮肉な顔をして軽くかわす。
「おっと」
跳ねてきた泥も跳躍して避けた。
「意外と厄介な奴だ」
嫌な予感がして大神は泥を嫌う。
そして、その予感は当たっていた。泥はもぞもぞと自由に動くのだ。体に着くと何が起きるかわからない。
だが、逃げ回れば、泥の範囲が広がって行く。逃げ場が狭くなってきた。
「ニゲラレナイゾ!」
大ぶりの大上段が大神を襲う。
「舐めるな!」
すれ違う二人。
ゴト。
フラークマンの左腕が床に落ちる。
「ち」
大神は左半身が泥まみれになっていた。
「オマエノマケダ、おおがみ」
床に落ちた左腕は一度溶けると、怪物の体に吸い込まれて左腕が生えてくる。
「クソ!」
体が重い。
張り付いた泥が堅くなって動きを遅くする。
「ドロマミレニナリ、ウゴケナイ」
泥の顔が笑い、怪物の剣が迫る。
必死に動き回って躱すが、じわじわと、全身が泥まみれになって行った。
ドガ!
渾身の一撃を剣で受ける。
はじき飛ばされて、壁に激突した。
「がは」
そこに魔剣が降ってくる。
必死に転がって躱した。
ポタ。
血が落ちる。
見ると胸がざっくり斬られていた。
薄傷ではあるが、魔剣に斬られて治らないようだ。
「シネ」
剣を受ける。
走る火花。
とっさに、蹴りを入れる。
「ウガ!」
(効いた?)
フラークマンは一瞬ひるむ。
大神は逃げて、背後に立つが、全身泥まみれだった。
「オワリダ」
人狼と泥の男はたがいに剣を構えてにらみ合う。どう見ても大神の方が不利だった。しかし、
「そうでもないぜ、上を見ろ」
怪物は視線を上に向ける。
なぜか、水の塊りが浮いていた。
「ヒーローはな。お前らと違って仲間が多いんだよ」
「クソ!」
水の塊りが一気に水流と化す。
水流は大神を洗って、フラークマンに激突した。
泥を飛ばされ、怪物は本体が見える。無表情で体毛が一本もない男。人種はわからない。
光が走る。
フラークマンだった男の背後にはずぶ濡れの狼が立っていた。
魔剣が床を転がる。
ドサ。
胴体を真っ二つにされた素性不詳の男が倒れた。
流れていく泥の男の赤い血。
「まあ、あれだ。仲間といってもかなり変わった奴だがな」
思わず顎を掻く。
土器面を被った子熊のぬいぐるみが、物陰から手を振っていた。




