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10 人狼会議と異世界勇者 その2

「今日の議題はもう一つ、混沌同盟、邪悪人狼共の動きについてだが……」

 赤嶺あかみねの説明によると、混沌同盟と称する邪悪人狼とその他怪物たちは、人狼協会や協力組織の活躍によって関東での勢力を大きく後退させたらしい。

 ただし、吸血鬼勢力と合流した可能性があるので要注意だという。

「これに関しては、正義側の吸血鬼たちと連携することになっている。話が付いたら彼らと敵対しないでほしい」

「しかし、そんなことをいわれても、区別がつかないでござるよ」

 池袋いけぶくろの指摘にうなずく面々。

「吸血鬼には魔術が得意な一派がある。彼らと我らが契約を行って同盟を結ぶという話になるだろう。それでその問題はクリアできる」

「吸血鬼……」

 子熊の翔一しょういちの心には吸血鬼の所業の数々が脳裏に浮かんだ。死体の山、血の海。

「吸血鬼なんて信用できんのかよ!」

 大神おおがみも吸血鬼は嫌いなようだ。

「偏見を持ちすぎてはいかんぞ。彼らの中には話し合いができる奴も多い。己の生態を嫌悪して正義に生きようと努める吸血鬼もいるのだ」

「正義ねぇ」

 大神は全く信じていない雰囲気。

「ぼ、僕も吸血鬼は大嫌いクマ。でも、正義の吸血鬼なら憎悪に凝り固まった幽霊は少ないからわかるかもしれないです」

「幽霊、あんたそんなもの見えるの」

 明日香あすかが怯えた顔になる。

 うなずく翔一。

「じゃ、じゃあ、この部屋にも幽霊さんいる?」

 みなもと菜奈ななが震えながらキョロキョロする。

「二、三人」

 思わず正直に答える翔一だった。

「キャー、大神くぅーん、あたし怖い!」

 猪田いのだが大神に抱き着こうとする。

 稲妻のように素早く逃げる大神。

「俺は幽霊よりあんたの方が怖い!」

「幽霊なんて、営業妨害ですぜ、クマさん。何とかなりませんか」

 ここで初めて、マスターが声を出す。

「じゃあ、精霊界の僕の相棒に幽霊さん説得してもらうクマ」

 精霊界を覗くと、盛大にいびきをかいて居眠りしているダーク翔一がいた。

「ダーク君、この部屋でぼんやりしている幽霊さん達に出て行ってもらえないか説得してほしいクマ」

「あー、別にいいけど。暇だからな」

 ダーク翔一は部屋の隅でぼんやりしている幽霊の尻を叩いて外に出す。

「先祖の霊を呼んでやるよ、もう、あの世に行け」

 幽霊たちはなんとなくうなずく。光り輝く何かがやってきたようだ。

「もう、幽霊さんたちはいなくなったクマです」

「ほう、確かに、暗くてじめっとしたこの喫茶店の雰囲気も、多少良くなったな」

「大神の旦那、余計なお世話です」

 大神の言葉に苦笑するマスター。

「クマちゃん、霊能力あるんだね。占いとかできる?」

 猪田が熱い視線で翔一を見る。

 思わず少しのけぞる。

「占いは……多少なら」

「本当! じゃあ、今度あたしを占ってよ、最近全然モテないのよねぇ。大神君の心を奪う占いやってほしいの」

「それ、占いじゃなくて呪いだろ」

「ならば、吸血鬼が行う契約魔術が呪詛や邪悪な魔術だった場合、対策がとれるかね?」

 赤嶺が雑談を遮るように聞く。

「はい、たぶん。しかし、僕はその契約に加わらない方が対処しやすいと思いますクマ」

「フム、ならば、君は参加せずにいてもらおうか」

「俺たちもいいだろ、爺さんだけでやれよ」

 大神はあくまでも否定的だった。

「私たちが参加しないなんて無理よ、むこうに顔ばれしてるわ」

 反論する明日香。

「悪いが、新参の翔一君と源菜奈君以外は参加してもらう。彼らとの約束をこちらから破るのはリスクが大きい。翔一君は運よく、指定に上がっていない。問題ないだろう」

「契約ってのはいつやるんだ」

「近々だ。彼らの話では簡単な儀式で、その時吸血鬼の面々と顔も合わす」

「あいつらが喧嘩売ってきたら、身は守らせてもらうぜ。話もご和算だ」

「くれぐれもこちらからは手を出さないように頼む」

「……あいつら次第だな。俺は平和主義だから」

「どこに平和があるのよ。あんたに」

 明日香が苦笑する。




 会合は、それ以上話し合うこともなく終わったが、

「翔一君、話がある、ついて来てくれ」

 赤嶺の誘いで翔一は、彼の後について行く。

 外には黒塗りの外車が止まっていた。運転手付きである。

(赤嶺さんってお金持ちクマー。明日香さんもああ見えて、お嬢様だったクマ)

 二十分ほど走ると、瀟洒な住宅街に出る。

 山のふもと付近にかなり大きな伝統的な屋敷があった。

 熊のままでは失礼かと思い人間になる。

「こちらへどうぞ」

 非常に上品な、着物を着た初老の女性が出てくると、翔一の姿を見てにっこりほほ笑む。

「お邪魔します」

「あなた、子熊ちゃんなのよね?」

「ええ、そうですけど」

「これ、文江ふみえ

 彼女は赤嶺の妻であり、人狼の秘密を知っているようだった。

 純和風の邸宅に案内される。

「すまんな、翔一君、しかし、気兼ねなく子熊になってくれ」

「奥さんに失礼になりませんか」

「君は子熊形態の方がいいのだろう。遠慮はいらんよ。文江、食事を用意してくれ」

「はい、今お持ちしますわ」

 赤嶺に勧められるので、子熊形態になった。

 きちんと正座して待っていると、食事が運ばれる。

 純和風料理、てんぷらなどが多いようだ。

「若い人に老人の飯では物足りんと思い。少し脂物を多くしてもらった。遠慮せずに食べてくれ」

「いただきますクマ」

 翔一はパクパク食べる。

「すごくおいしいクマー」

「おほほ、可愛らしいお客様ですこと。正座もして、お行儀がよろしいですわ」

 文江と呼ばれた女性が、翔一の横に来て、お茶を汲んでくれる。

「坊やはいつもその姿なの」

「僕は子熊形態が基本形なんですクマ。もし、失礼でしたら人間になります」

「いいえ、このままで。だって、可愛いわ」

 妙に近い位置に座ると、翔一の口をナプキンで拭いたり、背中を撫でたりする。

「本当にフカフカね……大神さんがこの半分も行儀がよかったら」

 ため息をつく。

「文江」

「だって……」

 夫に注意されて、しぶしぶ引き上げる老婦人だった。


 食事が終わると、道場に案内される。

「翔一君は剣術の達人だと大神君がいっていた。どうかな、私の弟子と試合しては」

 そこには二人の人間、男女が座っている。

 袴をはいて、腰に木刀を添えて持つ。

 二人とも二十代で、鍛え上げた体と、鋭い目を持っていた。

「木刀ではなくて、竹刀ならお相手しますクマ」

「この二人は私の親戚筋の者。あまり濃くはありませんが人狼の血を引いています。仮に怪我をさせたとしても、普通の人間とは違い治ります。遠慮は要りません」

「それでも……僕自身が怪我をしたくありませんクマ。お互い竹刀を使うという条件でなら……」

「まあ、無理強いするような話でもないですな、竹刀を持ってきなさい」

 青年は鋭い目でうなずくと、竹刀を持ってくる。 

 翔一の前にそっと置く。

 翔一は少し大きくなって竹刀を手に取った。担ぐように構える。

「ツキノワグマくらいですかな」

 赤嶺がうなずく。

 女が脇に剣を構えた。

(カウンターだと思うクマ……考えるだけ無駄に近いクマクマ)

 翔一はそう思うと、

「キエエエエエエエエエエ!」

 突然、奇声を発する。

 びりびりと、鼓膜を破りそうなほど大きな声。障子が震える。

 女がまなじりを決した瞬間、翔一は助走なしでとびかかった。

 かなりの距離であったが、翔一には軽いジャンプだった。

 上段から斬りかかる。

 女はぎりぎりで躱そうというのだろう、すっと体が横に動こうとした。

 が、翔一の方が早い。

(叩けるけど、ちょっとかわいそうクマ)

 右手で、彼女の肩をポンと叩くと、彼女の背後に転がる。

 立ち上がった瞬間背中に竹刀を当てられた。

「そこまで!」

 女はかしこまって、蹲踞する。

「おまえの負けだ、玲奈れな

「……」

 何かいいたげだったが、目を伏せてうなずく。

俊之としゆき

 赤嶺は男を見る。

「では、私がお相手しましょう」

 俊之と呼ばれる男は竹刀を正眼に構えて立つ。

「よろしくお願いしますクマ」

 翔一はおなじように剣を肩に担ぐ。

「キエエエエエエエエエエ!」 

 翔一が吼えた。

 しかし、俊之は微動だにしない。

(この人もカウンター主体クマ)

「チェストオオオオオオオオ!」

 翔一はやはり、異常な跳躍で迫る。

(喉に向かって突きが来るクマ)

 お互い判り切っている。そんな動きだった。

 翔一は守らなかった。

 短い突きの動きより早く、剣を振り下ろす。

 竹刀が俊之の肩にめり込み、常人にはわからないレベルで一歩遅く、翔一の喉に竹刀が当たる。

 そして、肩を叩いて竹刀は折れてしまう。

 喉に当たった竹刀は力なく横に逸れた。

 そのまま、翔一は彼に体当たりする形になる。

 重い筋肉のボールが激突したような衝撃。俊之は弾き飛ばされて、道場の戸に激突した。

 翔一は着地した瞬間ゴムまりのように跳ぶと、更にとびかかり、折れた竹刀で俊之を叩く。

 防御は間に合わない。

「白虎逆流剣!」

 かすかに触れて、寸止めした。

「そこまで!」

 お互い居住まいを正す。

「俊之、お前の負けだ」

「しかし、今、喉を……」

「わからぬのか。お前は単にそうさせてもらっただけだ。あそこまで待ち構えて、単純に負けたことに気が付かぬとは……」

 納得がいかないという顔だったが、頭を下げる俊之。

 首を振って、詫びる赤嶺。

「申し訳ありません。あまりに実力が違い過ぎましたな。ここまでとは……」

 弟子二人はお互いの顔を見て、師匠の判定に不満げだった。

「クマクマ」

 しかし、お互い礼をして、翔一は道場を後にする。


「翔一殿の流派は何と申されるのかな。独特であり、示現流にも似ておりますな」

「師匠に今度聞きますクマ」

「ほう、お師匠の名を聞いてもよろしいか」

「……ごめんなさい。聞いたことなかったクマ……」

「師の名も聞かずとは、面妖ですな」

「祖霊の方なので、過去のことを忘れている人も多いクマです……あまり聞くのも……」

 翔一は祖霊が自分を語らないのなら、詮索しない主義だった。

「……」

 赤嶺はどう答えたらいいのか戸惑ったのだろう。

 玄関で老婦人が待っていた。

「あなた、タクシー呼びましたわ」

「では、もう遅いですから、翔一殿はお帰り下さい」

「また来てくださいな、クマちゃん」

 老婦人はにこにこしながら、翔一の背中をそっともふる。

「お邪魔しましたクマ」

「人間の姿で乗って下さい。タクシーは普通の人間です」

 翔一は人間になる。

 二人の老人とは深く礼をして別れた。


 屋敷を出る直前、ふと、視線を感じる。

 冷たい視線だった。




2021/1/23~2024/9/28 微修正

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