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99 渦の中、操作された世界

「……うーん数が足りない」

「どうしたの、ダーク君」

「チビクマの数が足りないんだ。お前、持って行ってないか」

 朝。

 御剣山みつるぎやま翔一しょういちはカバンを肩にかけて、日差しの中を歩く。

 その彼に、宿精の黒い子熊が精霊界から問うてくる。

「さあ、でも、そうだ。ひじりりんちゃんのところに一体置いてこなかった?」

 あくびをしながら、翔一は答える。

「あ、そうだった。でも、もう関係切れたわ。あいつ未契約、特殊な奴なんだ」

「どう特殊なの?」

「作っただけのチビクマは未契約状態で、誰かと契約しない限り俺の支配下にある。関係が切れたってのは誰かが契約して俺の元を去ったという事。特殊な奴という意味は、実験でいつもと違う機能つけたんだ」

「契約したのは倫ちゃんかもね、魔法使いの一家だからそういう事に詳しいかも。ところでどんな機能なの」

「強めの知性精霊を付けたような気がする」

「それ。どうなるの」

「普通のより、多めに術が使えるんじゃないかな」

「普通は災いの転換能力と二三個の魔術だよね」

「えーっと、確か強力な知力精霊を混ぜて、呪術全般の補助ができないか試したんだ。まあ、本当の意味で使い魔みたいな感じだ」

「悪い性能はないんだね」

「たぶん、契約者しだいだ」

「とりあえず、学校に行ったら調べてみるよ」

「あ、それと、やっぱりこれ渡すわ。何か凄すぎて、やっぱり俺には合わない」

 ダーク翔一は精霊界の中でドラゴンの邪神が持っていた骨の巨剣を、翔一の精霊界ポケットに入れる。

「うわ、結構重いね」

「だろ、俺は術者。そんな野蛮なものは似合わないのだ」

「まあ、いいけど、どうしようかな。魔剣の類が貯まっていくよ、榊原の剣とか……」

 ポケットに放置されている『魔送喪魂剣まそうそうこんけん』が見えている。これは呪詛の塊で、普通の人は触ることも危険である。

「それ、仙人の爺さんに渡せばよかったな」

「そう思った時にはもう行ってしまわれたから」

「あんなジジイだから、故意に忘れたふりでお前に託したのかもな」

「そうなのかなぁ」

「じゃあ、あとはヨロシク。俺は忙しいから」

 モフ腕を上げて、シュタッと立ち去る黒い子熊。

「一日の半分はゴロゴロしてるのでは?」

 毛皮のモフ背中は精霊界の奥に消える。

「やれやれ」


 校門を通る。

 朝日の中、だらだらと歩く生徒たち。

 しかし、翔一の顔面の傷に気が付いたものは、ぎょっとしてひそひそとうわさ話をする。

「話には聞いていたけど、あいつ。すげえ面してんな」「ヤクザかよ」「入院していたらしいぜ、一年の奴だ」「動物に引っかかれたみたいだな」「熊と格闘したんじゃねぇのか」「噂では事故らしい」

 説明も言い訳もしようがない。

 翔一は無視して歩く。

「みんな、おはよう」 

 少し離れた場所で、朗らかな美少女が友達に挨拶している。

 聖倫。

 あれ以来、劇的に体力が回復したのだ。

 まだ体育の授業には参加していないが、ひ弱な感じは消えた。

 少し話しかけにくいと思ったが、向こうから声をかけてきた。

「翔一君……」

 顔面に走る傷。明らかにこの形相に同級生たちは引いていたが、翔一はあきらめて受け入れている。

 京市きょういちですら、怖がっているように感じた。

「おはよう、倫ちゃん。具合よくなったんだね」

「ええ、でも、翔一君凄い傷……」

「僕は夢遊病の気があってね、高いところから落ちたみたいなんだ」

 説明するのも面倒なので、適当な話を作った。

「え、何それ。大丈夫だったの?」

「一応生きてるけど、けがだらけだよ」

「でも今は大丈夫みたいね。よかった」

 倫の言葉に、反射的に指を揉む。一度切れた指は接合しても少し痺れる。

「クマクマ」

 倫のかばんの中から小さな丸い耳が見えていた。

 白に近いベージュ色のチビクマだ。

 霊視すると、オーラにつながりがあった。

 契約した状態なのだろう。

(チビクマ、確かにちょっと普通のよりオーラが強い)

「駄目よ、でてきちゃ」

 倫が小声でチビクマを諭している。

 チビクマは引っ込んだ。

「倫ちゃん」

「え、ああ、何でもないのよ。気をつけてね翔一君」

 そういうと、手を振って彼女は去っていった。

(行方不明のチビクマはやっぱり彼女と契約していたんだ。大丈夫だとは思うけど、暫く見守る方法はないだろうか。彼女とはクラスも違う……)


 昼休み、

 京市もなぜか近寄ってこない。 

 ため息をついて、一人弁当を食べる。

「翔一さん」

 見ると、みなもとゆきだった。

 みなもと菜奈ななを落ち着きのある少女に変えたような穏やかな雰囲気。黒髪黒い瞳。

 全体的に小さな体。

 目が大きい。

「一人なのね。それにすごい傷跡」

「顔についてしまったからね。今まで運よく顔はやられなかったけど運の尽きだよ。みんな僕が怖いみたい」

「ヒーロー活動でそうなったの?」

「違うけど、似たようなことかなぁ」

「あなたなら正しいことでそうなったのよね。日本防衛会議の人にも聞かれたけど」

「ごめん。迷惑かけてしまったね」

「いいのよ」

 そういうと、雪は翔一の横に座る。

 彼女は関西にはかえらず、関東で両親と住んでいる。

 妹の菜奈がアイドルだということもあるが、関西はテロ活動の激化で関東より厳しい状況なのだ。

 ヒーロー筆頭の風間などは関西でかなり活躍している。

 結果、彼女はここに転校してきた。

 あえてこの学校を選んだ理由は不明だが。

「私はあなたが大英雄だと知っているわ。よかったら、話だけでも聞くけど」

 翔一はその言葉に口を開けて話したくなった。

 しかし、首を振る。

「……やめておくよ。君がまた危険に巻き込まれるかもしれないから」

「あなたの秘密、知りたいわ」

「知らない方がいいよ。狙われる」

「誰に?」

「悪い奴ら、正義側も僕を気に入らないかもしれないね」

「一人で抱えない方がいいと思うわ」

 ぎゅっと、雪が白い手を翔一の傷だらけの手に重ねた。

「みんながどう思うかなんて関係ないわ。あなたは私のヒーロー」

「ゆ、ゆきちゃん」

 しどろもどろになる翔一。

 授業のチャイムが鳴る。

 雪は違うクラスなので手を放して立ち去った。

 真っ赤になった翔一を残して。


 翔一はグランドの片隅で体育の授業を見学していた。

 教師は彼が参加するのを拒否しているのだ。

 一応、落第にはしないという約束は貰っているが、正直いって暇な時間だ。

 面倒なので、宿題や予習復習をする。

 ガサ。

 背後で気配がする。

 見ると、学校の周りに生えている灌木の影に見たことのある人物がしゃがんでいた。

「あ、滝田たきた少佐さん!?」

 迷彩服を着て、フェイスペイントまでしている。

「し、こっちを見るな、質問があるから向こうを向いて答えろ。指向性マイクを使っているから小声でも拾える」

「はい」

(普通に会いにきたらいいと思うけど……気のせいか不審者っぽい)

「君が隠していることを無理やり聞くようなことはしない。しかし、こちらとしても質問せずにはいられないことがある。一つは君がヒーローを辞めたことに関して理由は不品行とあるがそうなのか」

「事実ですが、故意ではありません。気が付いたら、ひじりさんの私邸にいたのです」

「ふむ、では、君が相当な剣術の使い手だという証言がある。そして、強力な剣を持っていたという。これは事実かね?」

「お答えできません」

「そして、非常に強力な力を持つ物品、壺のようなものを持っていたというが。これは事実かね」

「それも、お答えできません」

「否定はしないのだな」

「ごめんなさい、少佐」

「……上層部は君から情報を得ろとうるさいのだが、私は君を信じるよ。君はミッションにおいて誠実な戦士だった。一人で敵の基地に乗り込む勇気もある。そして、情報を得て帰ってきた。君が情報を隠したいのなら、正当な理由があるのだろう」

「……」

「最後に一つ聞きたい。君が入院していた首都大学附属病院。同時期にエリック・フリュクベリが異常な劇的回復を見せた。それと、大クマーの目撃情報。これに関して説明はあるかね」

「エリックさんのことはわかりませんが……御堂先生を乗せて屋上を駆けまわったのは、僕を治療してくれた先生への恩返しです。兄の独自判断だと思います」

「デスナイフが死亡したが、エリックが倒したのか? 状況的に大クマーがやったのではないか? エリックはこれに関して何もいわないのだ」

「すみません、お答えできません」

 いえないことばかりで苦しくなる。

 暫し、無言。

「……うむ。確かに君は秘密が多い……しかし、これは責められるようなことではないだろう。事実、質問をしている私自身、誰にもいえないことを山ほど抱えているのだ」

 苦笑する、滝田。

「……」

 さらに謝ろうとしたが、そう思った時には、既に、少佐の気配は消えていた。

 翔一は少佐の去った方向に深々と頭を下げる。


 体育の時間が終わると、連絡が入った。

「今すぐ祈祷所にきてくれ。面倒臭いのがきた」

 土壁つちかべ源庵げんあんだ。

 彼はもうスマホを使い尽くしている。

「まだ学校は終わってないのです。あと一時限ありますが」

「仕方がないなぁ。迎えよこすから、終わったら速攻きてくれ」

「はい」

(なんだろう?)




 授業を終え、学校を急いで出ると、いつものタクシーがいた。

「翔一君、君が解任されたと聞いたけど、俺は君を信じるよ」

 運転手は警察のOBでいつもお世話になっている。

「おじさん。ありがとうございます」

「いいんだ、じゃあ行こう」

 

 祈祷所に入ったところで、子熊に戻ろうと思った。

 しかし、自分がヒーローではないと思うと、あまり意気が上がらない。

 結局、人間体のまま祈祷所の森を抜ける。

 館付近に、凄まじい魔力を感じた。

 しかし、悪意あるものではないらしい。

「混沌とか悪いものじゃないよね」

 ゆっくりと歩く。

「おお、翔一君。すごい人がきたぞ」

 土器面を被ったクマのぬいぐるみと、黒いドレスを着た長身の女が待っていた。

 女は黒髪に灰色に近い肌。

 ドレスは体を隠す仕事をあまりしていない。

「ガラエルさん?」

「勇者殿。お久しぶりです」

 落ち着いて静かに話すガラエル。

 美しい顔、滑らかな肌。異世界で見た時と何も変わりがない。

 彼女は異世界で翔一の手助けをしてくれた人物。大魔法使いだった。

 テラスの席に座る二人。

 チビクマたちが紅茶を持ってきた。

「ありがとう、小さな熊」

「どうして、ここにきたのです?」

「私がこの世界にきたのは百年ほど前」

「?」

「私の世界とこの世界では時間連続が平行じゃない。そして、それはかなりランダム。私がこの世界にきた時、千九百二十年代だった」

「え、じゃあ。歴史の生き証人ですね」

「そうでもない。第二次大戦が終わるまでは、東欧の田舎で弟子に魔術を教えていただけだ」

「それでも戦争の影響はあったのでは?」

「多少は……でも、のどかな場所だった。抑圧的な政権ができたから、弟子とともに西側に移った。その後はアメリカに住んで、勇者殿が日本で生まれたのを知った」

「そのガラエルさんはなぜこの世界に、そして、なにをしていたのです? 百年も」

「私の世界、サナトシュホームとこの世界アースは親戚みたいなもの。上古人はアースからきた人々。だから、私の母はアース人」

 さすがに、この話には驚きを隠せない翔一。

「そ、そうなんですね……いつのどこの人なんだろう」

「推測だが、あと五十年後ぐらいの人だ。彼女にはサイバーウェアが入っていた。魔術を使わないと思い出せないほど、主観時間では昔だが。母は体に機械を入れるような時代からきた」

「……」

「私はアースとサナトシュホームのつながりを調べている」

「……それを調べて何かあるのですか」

「サナトシュホームはアースからの介入で作られた世界。太古の昔に。しかし、アースから見ると未来の時に作られた」

「すでに意味が分からないですよ。でも、そうだ。あの世界の動植物は半分くらい僕たちの世界からのものだってフロールさんが……」

「フロール・高倉たかくらは未来の人。この世界の未来とは、ずれているが」

「たぶん、一連の世界なのかも。並行世界とか」

 フロールは未来のサイボーグだったが、彼の世界の歴史は翔一の世界と微妙に違う。

 詳しく調べたわけではないが、フロールのデータパッド内AIが、以前、そう教えてくれた。

「時間移動があるごとに並行世界は生まれるという」

「結構、いい加減なものなんですね」

「……そうだ。しかし、普遍的に変わらない物事もある。例えば我々の魂。例えば『賢者の石』」

「あ、それ知ってます」

「『賢者の石』はある時点ある世界で並行世界にまでばらまかれた普遍存在。私たちのアースではつい最近現れ始めた」

「じゃあ、あの魔力の塊を持って生まれる人っていうのは……」

「そう、つい最近まで出現していない。そして、つい最近というのは全並行世界で共通している」

「どういうことです?」

「つまり、時のつながりは同時ではなくても、因果の主観としては同時に並行世界で『賢者の石』が出現している」

「じゃあ、サナトシュホームでも?」

 うなずく、ガラエル。

「あの世界では、特に、異世界召喚という行いが発端となって出現している。召喚された人間に多く入っているようだ」

「ということは僕やダナちゃんにも?」

「勇者殿もダナ様にも無いように感じる。しかし、私には『石』が入っている」

「? ガラエルさんは千年以上も前に生まれたんですよね」

「主観時間ではそうだが、全並行世界が書き換えられたようだ。『入っていたこと』になった」

「まるでバーチャル世界みたいだ」

「そう、その感覚は正しい可能性がある」

「まるで訳が分からないよ。僕たちはデータだけの存在なの?」

 首を振る翔一。

「そうともいえるし、違うともいえる。一つだけわかっていることは、どこかの世界に世界の実存を定義する神中の神が存在して、それに誰かが介入しようとしているということ。『石』の有無はその存在による色分け」

「……『賢者の石』は運命を悪用する人が好んでいるような気がする」

「たぶん、そう。私もそうだったように、悪しき存在の駒に植え付けられている。でも、全てがそうでもない」

「銃と一緒ですね、本質は引き金を引く人の思いにかかっている。しかし、全体としては犯罪増やしている……誰がやっているんだろう。神中の神、それに介入する者。どこかにいるんですよね。どこかの異世界に」

 ガラエルは、紅茶を少しすする。

「私の仮定では、勇者殿の親友、フロール・高倉の世界が最もそれに近い世界」

「フロールさんの話だと、すごく魔法とか高次元とかそういった高尚な話とは無縁な世界みたいですけど」

「逆に、そのような世界だから、まっすぐ真実にたどり着いたのだ」

「行って、確かめないと。それに他の用件もあるから」

 翔一には一つの心残りがある。

「あの世界は非常に隔絶している、そうそう介入できない。しかし、勇者殿はこの様々な並行世界含めて唯一とても因果が強い。あの世界に行けるのは勇者殿だけだ。少なくとも、今の時点では」

「……」

「私も協力したいが……今、ここにいるだけでも、周りに迷惑がかかる。私には敵が多すぎる。しかし、私の弟子にこの件は伝えておく」

「弟子?」

「勇者殿も、会ったことがあるかもしれない。因果を感じる」

「ありがとう、ガラエルさん。でも、どうして前の世界を出たんです? ダナさんと仲は良かったと思うけど」

「私の心臓の所有者は永久に保持できない運命。私の心はあの方のもの。誰かに汚されたくない。運命を断ち切るには世界を去るしかなかった……」

 ポロっと、涙を流すガラエル。

 細い肩を震わせる。

 翔一は子熊になると慰めた。

「僕もダナちゃん大好きクマ。ちょっとおおざっぱで、乱暴だけど、女子力も低めで」

「フフ。けなしてばかりじゃない」

「あわわ。子供みたいなところがあるけど、正義感が強くて、美人で、勇敢で、そして、すごく優しい性格クマ」

「ありがとう」

 ガラエルは毛皮の翔一をぎゅっと抱きしめた。


 やがて、ガラエルは霧の中に消える。

「すっごい美人だったな」

 土壁つちかべ源庵げんあんがボケっとしている。

「あんた、美人に弱すぎるだろ。本当に何千年も前の祖霊か?」

 ダーク翔一があきれている。

「フ。愛は不滅。私にはわかる」

「あんたがいうと、愛もものすごく安っぽくなるな」

 おやつをかじりながら、ダーク翔一は奥に消える。




2021/8/28~2024/10/18 微修正

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