9 人狼会議と異世界勇者 その1
とある喫茶店に御剣山翔一はいた。
客は翔一ただ一人。
この付近は相当寂れている。
通りを見ても人はほとんどいなかった。
近年の人口減少は激しく、郊外は住む価値がなくなって、大きな区画が空き家になっている。
しかし、この喫茶店は一応営業はしている。
席に座ると、ブルーマウンテンを出してくれる。
「うーん美味しい。凄い良い香りですね」
ニコッと笑う壮年のマスター。
髭が渋い。
「おお、来たな、翔一」
鈴の音がして、人が入ってくる
いつもながら、いつ風呂に入ったのか疑問に湧く男、大神恭平だ。
グラサン、革ジャン、きつめの体臭。
「こんにちわ、大神さん」
「おう。マスターも久しぶりだな。新入りの翔一が一番乗りかよ、まったく」
その後ろから、赤嶺明日香も一緒に入ってきた。
「あら、クマちゃんじゃん。ねえ、熊になって。ここは大丈夫よ、セキュリティ強化してるから誰も来ないしスパイもできないわ」
「じゃあ遠慮なく、クマクマっと。ああ、やっぱりこの姿が一番楽クマー」
翔一は子熊になる。
「楽って、翔一、人間形が基本じゃないのか」
大神がサングラスを外しながら聞く。
「そうです。僕はこの子熊形が基本なんですクマ」
「その語尾のクマは?」
明日香が不思議そうに聞く。
「これはたぶん、神様の意思が働いた結果だと思いますクマ」
「呪いじゃないの?」
「僕を呪った魔神は死にましたクマ。だから、いい神様のご意思クマ」
「魔神が死んだって、どういうことよ」
「あまり詳しくはいえないクマ」
「あんた、一年間失踪しているよね。どこにいたの。なにをしてたの、一年前は人獣じゃなかったでしょ」
「さ、さあ、記憶がないクマクマ」
「お互いのことをよく知らないと共闘出来ないぞ、翔一」
大神の言葉は耳に痛いが、気軽には話せないと翔一は思う。
「話せることは話しますクマ。ところで、今日は人狼協会の会合とお聞きしましたが、他にはメンバーは……」
「もうじき来るよ」
明日香がコーヒーをすすりながら答える。
喫茶店はそれなりに広い店だった。会議には十分だと思われる。
車が止まると、老若男女が入ってくる。
老人、老婆、大男、デブ眼鏡、可愛い小柄で元気いっぱいの少女。
「じゃあ、一応全員来たな。その爺さんが、赤嶺泰造明日香の親父。婆さんが、田中やす」
「いつもながら大神君は礼儀の欠片もない」
七十歳くらいの赤嶺が苦笑する。田中も同年代の老婆である。
「大きいのが猪田剛三、デブ眼鏡が池袋裕斗」
「大神君、もうちょっとまともな紹介してくれないかしら」
「そうでござるよ。大神氏ぃ」
猪田剛三は筋肉ムキムキの三十代位の大男だが、何故かホットパンツ着用、おねぇくさい言葉遣い……。
池袋裕斗はボールのような体型で語尾が侍くさい、が、決して侍雰囲気はない男だった。
「そして、このちっさいのが、源菜奈」
「きゃー、何このクマちゃん。かわいい!」
くりくりしたお目めの可愛らしい少女は、するすると変身して、直立した仔猫になる。白に茶色が飛んでいる毛皮だ。
「わわ、すごくかわいいクマクマ」
「お隣座るね」
カウンターの席は意外とゆったりしている。その、二足歩行猫は翔一の横に座る。少し狭いが座れないこともない。
「ウフフ、可愛い毛皮ちゃん」
源菜奈は翔一の体を抱きしめると、頭をモフモフする。
「君も可愛いクマ」
可愛い二人の存在に、場は和んだようだ。
「このちっさい熊の人獣が御剣山翔一君だ。皆は聞いているとは思うが」
大神が紹介してくれたので、翔一は頭を下げる。
「御剣山翔一です。よろしくお願いします」
一度、椅子から降りて、人獣たちに深々と頭を下げた。
「自己紹介はいいな。さて、議題だが、昨今さらに増している浸食に対しての我々の対応について打ち合わせをしたいのだ」
赤嶺泰造は人狼協会の会長なので、彼が進行をする。
「皆さんご存知のように、人狼協会は日本防衛会議にも属している。皆も防衛会議のメンバーであるという身分証を与えられている。そして、防衛会議のミッションも大神君を中心にこなしているのが現状だ」
皆は無言で聞いている。
彼らにはすでに分かっていることだが、翔一に説明してくれているのだ。
尚、日本防衛会議は世界防衛会議の日本支部であり、浸食現象対策専門の武力集団である。戦闘員はヒーローとして特別な地位を持つ。
「防衛会議はヒーロー制度を導入して、様々な能力を持った人々を雇い入れている。そして、彼らにヒーロー身分を与え、浸食から湧き出す怪物たちとの戦いに参戦させているのだ」
「最近、有名になってるわよね。変身ヒーロー・ホーンドビートルとか、アメコミ風ヒーローのバスターフレイムとか。いろいろ」
猪田剛三が嬉しそうに挙げる。
「そう、彼らの活躍は人々に希望を与えている。だから、我々も、組織ではなく個々でヒーローとして登録してくれないかと、防衛会議司令から相談があった」
「働いているのは一緒なんだから、そんな身分いらないだろう。それに俺は目立つヒーローとか、……ガラじゃないぜ」
大神が反論する。
「気持ちはわかるが、司令は人狼諸君もヒーロー登録して、共同戦線を張ってほしいとのことだ。浸食は様々な怪物を世にはなっている。我々の敵は主に悪に転んだ人狼だが、それ以外の敵とも戦って経験値を上げるべきではないか、私はそう思う。それに、雑多なヒーローたちとコネクションを持っていた方が今後、何かと好都合だ」
「じゃあ、人狼協会は解散みたいなものか」
「邪悪人狼の活動が活発化すれば、協会の仕事を優先してもらう」
「うーん、私は参加しないわ。私、乙女だから戦いに向かないの」
猪田剛三がくねくねしながら答える。たぶん、この中で一番頑健な肉体を持っていた。
「あんた、戦士以外の何物でもない筋肉もってるだろ……」
大神が呆れる。
「拙者もパスするでござるよ。拙者は邪悪人狼は大嫌いだからそれには参加する所存でござるが、それ以外の怪魔は専門外でござる」
「無理強いはしない。個々の判断に任せるが、邪悪人狼戦には参加してもらうよ」
「婆もいいですわね。もう戦う年じゃないです」
田中やすもそういって断る。
「私もそれは同じ理由ですな、いってる自分が参加せんのも恥ずかしい限りだが、寄る年波で恥をかくわけにもいかんでしょう」
赤嶺がばつが悪そうにいう。
「俺も面倒だから。パス」
大神も面倒そうに答える。
「あたしはどうしようかな。プロレスも忙しいから」
赤嶺明日香は悩んでいるようだが、参加するとはいわない。
「あたし、パパとママが絶対認めないと思うの」
源菜奈も申し訳なさそうにいう。
「菜奈ちゃんは闘わなくていいのよ」
明日香がフォローする。
「ふぅ、困りましたな。誰も参加しないのでは……」
「僕はヒーローするクマ」
「ほう、大丈夫ですか」
「このクマちゃん結構強いよ。鬼を一騎打ちで殺したんだから。あたしより強いかも」
明日香がいう。
「こんな小さな子が本当に強いのかしら。ちょっと信じられないわ」
猪田剛三がまじまじと翔一を見る。
「戦ってた時はもう二回りぐらい大きかったぜ。そして、凄い長い木刀を振り回していた」
大神が補足する。
「ぼ、僕は赤い精霊を呼んで、それを食べると大きくなるクマ。皆さんはどうやってるクマ?」
「精霊? そんなものいるの? 普通は気合気迫の高まりよね」
明日香は全く精霊の存在すら知らない。
「人狼は精霊界の存在ですわ。呪術を使う人狼は祈祷師。大昔はそうだったと聞いています。今はそんな術者は皆無」
田中やすは多少知っているようだった。
「翔一は精霊界から物を出し入れしていたぜ、おまえは祈祷師なのか」
大神が問う。
「恭平、あんたなんでそんなこと知ってるの」
明日香が不思議そうに聞く。
「俺はネイティブアメリカンの祈祷師と知り合いなんだ。昔アメリカに住んでた時に」
「皆さん、精霊界のことをあまり知らないクマですか……」
皆、興味津々で翔一を見る。
しかし、翔一はためらった。
過去、異世界で激闘を繰り広げたが、敵が翔一の正体を知らないというのは常に有利な条件だった。知られないうちに敵を葬る。これは翔一が本能的に選んだ戦い方の一つなのだ。
「ぼ、僕は多少精霊が呼べるだけで詳しくは知らないクマ」
思わず、そう答えた。
何となく、全員からため息が漏れる。
「警戒してるのなら、ご心配には及びませんぞ。拙者たちは口が堅い」
「そうそう、あたしたち、狼になれることずっと黙ってるし、一生協会以外の人にはいわないと決めてるのよ」
池袋と猪田が説得する。
「……」
「そうだぜ、隠し事は……」
大神がいい募ろうとしたとき、
「もういい。彼も、初対面の相手に、しかも、複数の人に自分のことをペラペラしゃべりたいとは思わないはず。皆さんも逆の立場なら、躊躇ぐらいはするだろう?」
赤嶺が翔一を擁護する。
「しかし、爺さん」
「今日が最後の会合というわけでもない。彼と親しくなって、ゆっくり話し合えばいいことではないですかな。……しかし、一番の新規参加者がヒーロー登録して、他の古参の方々が、断るというのも……」
「わかったわ、私も参加したらいいでしょう。オヤジ」
「明日香、すまんな」
明日香が参加するといった時点で、この話題は終わりになる。
しかし、会議はもう少し続くようだった。
「あと一つ、議題があります」
2021/1/23~2024/9/28 修正済み




