乙女よ大志を抱け‼︎
夢を見ていた。
東京クレイドルの北側ゲート、旧東北地方側の格納庫で出撃前にボクと匣が言い争っていた時の夢だ。
それは今でも大きな悔恨として心に残っている、そんな光景を俯瞰して見ている現状は、どう考えても夢なのだと断言できた。
「少しは自分の身を自分で守ってよ、ボクがどれだけ大変な思いをしてるか!」
「くす、でも絶対に守ってくれるんでしょう?」
「そりゃあ、そうだけどさ……」
こんな風に必死に訴えかけても、何処吹く風という様子で受け流される。
匣が攻撃に専念する事の有り難みを痛感した今なら「器めっちゃ大きいなあ」と思えるが、当時は自分に依存しきっていてだらしないとすら考えていたものだ。
「もしボクかいなくなったらどうするつもりなの!?」
「八子がいなくなるだなんて考えられないわ……仮にそうなったら、私もメイデンなんて辞めてしまおうかしら」
「そういう問題じゃない……というか戦力的にボクの責任超重くない!?」
「いいじゃない。 こんなダブルエースなんていなくたって、結局はなんとかなってしまうものよ」
いつもこうやって煙に巻かれて、最後には渋々言いくるめられていた記憶がある。
押しが弱いとか、人が良いとかは散々言われたものだ。
そんな問答をしつつも先にドレス──全身に火器とバーニアを積んだ異形のそれを纏い出撃してしまった彼女を追いかける。
長く暗いカタパルトを抜けて、空の光に包まれたボクは、そこで意識を目覚めさせた。
●
「ん……久々に見たなぁ……」
どうやら夢の中での発進の勢いを再現しようとしたのか、勢いよく跳ね起きたらしい。
眠い目を擦りながら、夢でない最近の記憶を手繰り寄せようと周囲に手がかりを求め──
「やっちゃん!」
「八子さん!?」
「八子くん、大丈夫かい?」
ベッドを取り囲み一斉にこちらを見つめる3人の顔。
心当たりが未だなく、夢見心地に空回りする頭は現状をこう表した。
「ええと、ヘルサザンクロス…………?」
「ほ、ホントに大丈夫かい八子くん!?」
「どうしようみっちゃん社長、すげー反応に困る!」
玲花だけがツボにハマったらしく、しかし空気を読んだのか笑いを堪えながらプルプルと震え俯いている。
「えーと……ボク、確か……」
と、そこまで言いかけてようやく頭が微睡みから抜け出したように記憶が紡がれていく。
大型バリアントへの対応、装備の選択ミス、そして……
「ごめんなさい、心配かけてしまって」
「そうだね、巡り合わせが悪ければ命の危険もあった……って事を反省してくれているなら私から言う事はないよ」
自分の生体エネルギーを使い切り、そのまま気絶してしまったのだ。
しかも、その為にわざわざリミッターを解除してまで。
その事実に罪悪感を覚えながらも周囲を見回す。
ここは案内されたっきり来たことのない医務室で、ベッドに備え付けられたデジタル時計が出撃した日の夜である事を教えてくれる。
「アタシもごめんね、アタシがもっとやれればやっちゃんにあんな事させずに済んだのに……」
「ううん、大型がいるってわかってたのにボクが手癖で装備を選んだのが原因だよ。 それに美樹の突撃は結果的に最良だったと思う」
事実、それによってビショップを手早く撃破出来たのが戦闘の早期決着に繋がったのだ。
最悪の場合ではビショップを倒す前にジリ貧になっていたか、あるいは気絶してなおクルセイダーを倒しきれなかった可能性もある。
「でも、八子さんも言ってましたけど……あの状況でウォーロック達が美樹さん狙わないってのも違和感ありますよね」
「そうだね、それは気になるところだが……それほどの脅威だと認定したのだろうと思っているよ」
「そういう事、なのかなぁ」
正直あの場面で自分を狙うのが正しかったのか、バリアントでもないし指揮官でもないからわからない。
しかし、今はそれよりも確認しなければならない事がある。
「そういえば……結局バリアントがあんなに近くまでレーダーにかからなかったのって、なんでかわかります?」
それを訪ねると、空気が少し変わったのを感じる。
ただ単にレーダーの不調であればこうはならないだろう。
「問い合わせた結果、レーダーに異常は見つからなかったそうだ」
「私もそれが納得いかなくて……でも、その後東京のほうでバリアントが出た時、ちゃんと検知出来てるのはこっちに流れてくる情報で確認出来ました」
機器の異常ではなく、しかし近くに来るまで検知出来なかった。
それも大型複数が含まれる編隊で、だ。
「……不可解、としか言いようがありませんね……」
「一応引き続き情報は集めてみるよ、案外大したことない話かもしれないしね」
そこで一旦話を締めた事になったのか、三月社長は改めてこちらへ向き合う。
「それより八子くん、一応今日は泊まって明日の夕方ごろまで療養するように」
「はい……」
「それと、その後2日くらい出撃はさせられないからね」
わかっていた事だ、あのような無茶をした直後で出撃するなど管理する側として容認できるはずがないだろう。
しかし、それを理解できないのか美樹が勢いよく手を挙げる。
「そ、そんなにやっちゃんヤバいの……?」
「ああ、うん、ドレス使わなきゃ命に別状があるわけじゃないんだけどね……」
「そのあたり説明できるかい、試験受けて来たばかりの玲花くん」
急に話を振られたからか、若干身体を震わせると直ぐに考え込み始める。
どうやら知識を絞り出そうとしているようだ。
「え、ええと……ドレスはメイデンの生命エネルギーを動力に変換して稼働します。 その生命エネルギーは人間が普通にご飯食べたり寝て健康的に生きていれば蓄えられていくもので、それが無くなると身体に悪影響……それこそ八子さんみたいに気絶したりしちゃうわけです」
そこで一息つきながら辺りを見渡す玲花、間違っていないので頷きを一つ返すと表情はみるみるうちに明るくなり説明を続行する。
「それで、八子さんは生命エネルギーを使い切ってしまったのでまた直ぐにドレスを着ちゃうとまた使い切ってしまう可能性があるわけです。 一応そうならないように武器・シールド・駆動系の順番でリミッターをかけるようにはしているんですが……八子さん外せちゃうみたいですし……」
「うん……みんなが使うドレスで全力で動こうと思うと、リミッター邪魔なんだよね……」
その発言を聞き、三月社長と美樹が2人揃って仲良く眉を顰める。
顔を近づけ合うと、こちらにも聞こえるようにヒソヒソと話し始めた。
「まあ……奥さん聞きました? リミッターが邪魔ですって」
「ああ聞いたよマイハニー、安全のための企業努力をなんだと思っているんだろうね」
「ツッコミどころで渋滞起こすのやめてもらっていいですか?」
そんな茶番はさておきたいのか、さっさと説明を終わらせてしまいたい玲花が咳払いと共に強行し始める。
「こほん、なので生命エネルギーが回復するまでの間……だいたい2、3日とされていますね。 その間は療養して身体を休める必要があるわけです。 ちなみに胃とかが弱っていなければ食事制限は必要なく、むしろお肉とかガッツリ食べるのを推奨されています」
以上、説明を終わりますと言わんばかりに頭を下げる玲花。
その説明が100点満点であったため三月社長は頭を撫でて労い、玲花はガチで拒否する。
そんなやりとりを見ていると、きゅううう、と可愛らしい異音が鳴った。
腹の虫だ。
「たはは……ガッツリ食べるの想像したら、つい……」
どうやら自分の腹から鳴ったらしいそれに恥じらいを覚えながらも申し出ると、なんだか空気が緩くなるのを感じる。
「そうだね……それじゃあ何か頼もうか、奢るよ」
最後の四文字に目を輝かせた美樹がシュバッと三月社長の前に躍り出る。
「ハイハイハイハイ寿司! アタシ寿司食べたい!」
「あ、そういうのやめてよ美樹! もうボクまで完全に寿司食べる口になっちゃったじゃん!」
「私、結構お寿司にはうるさいですよ……!?」
三者三様の迫力を放ち高くて美味しい寿司を強請る様に、三月社長は心底恐る慄き後ずさる。
それを強い念の篭った視線で搦めとるように制すれば、最後には命乞いの言葉が絞り出される。
「…………チェーン店でいい?」
「「「ダメ!!!」」」
処女たちはその瞬間、確かに暴虐を振るうお姫様であった。
●
「いよっし、ハイスコア……!」
エトワールコーポレーションの一角、シミュレーションルームに声が響く。
出撃シミュレータの最難関コース、スコアの理論値が100,000点のうち、97,150点を叩き出した。
96,000点台ばかりであった自分の記録を塗り替え、意気揚々とネーム入力を行うが、すぐにその高揚も冷めていく。
「……あいつは、1発で90,000点台を出してる」
自分がこうしてランキングのトップ10を総ナメしているのも、最難関コースがどのようなパターンで敵が出てくるかなどを繰り返しプレイし完全に把握しているから出来た事だ。
それに対し、八子がこのシミュレータで90,000点台を出したのは初見プレイでの事だ。
自分の初見時など、戦闘スタイルの向き不向きがあったとはいえクリアすらギリギリで70,000点台と散々だったものだ。
部屋を出て、廊下の自販機で炭酸の缶ジュースを買えばそのまま横のベンチに腰掛ける。
自分と八子の差は何なのか……半ば項垂れながらそう考えていると、頭上から声をかけられた。
「どうしたの、千聖……親の仇と対峙してるみたいな顔してるわよ」
「そんなにか」
恵のあまりの言い草に、つい癖でツッコミを入れてしまう。
だが、それほど酷い顔をしていたのだろう。
反省すると共に気を楽にすれば、ベンチの背もたれにそのまま体重を預ける。
隣でスカートをしっかり整えてから座る恵を横目に缶のプルタブを開け、しかし口につけずに問いかける。
「なあ……ビショップが1、クルセイダー1、あとウォーロックが13って編成。 アタシと恵でやれって言われたらどうする?」
「えっ、何よいきなり……2人で大型2体なんて絶対嫌よ、灯里に来てもらうわ」
「どうしても2人じゃなきゃダメなら?」
後付けの条件を聞き、うんうんと唸りながら作戦を練っていく。
なんと言っても恵は根が真面目な委員長気質、文句は言ってもきちんとやるタイプだ、悪い男に捕まらなければいいが。
「そうね、千聖がスナイパーライフルでクルセイダーを引きつけてる間に私がビショップを高出力ブレードで撃破して、あとは各個撃破かしら……」
「ま、アタシらなら普通そうなるよな……」
なんだかんだで自分達はエトワールの現エースだ、3人に支給された専用ドレスは様々な戦況に対応出来るような装備や調整が為されているし、その中でも恵の高出力ブレードはウォリアーと真正面からやり合える名剣だ。
だが、せっかく答えたというのに不満げなこちらの態度に不服なのか、恵は苛立ちを隠しもしない。
「千聖、何が言いたいわけ?」
「別に、八子達は量産型ドレス2人、それも特別な武器とか無しでそれを全機ブッ倒したって聞いてさ」
それを聞くと口を抑えながら目を見開くという、面白いくらいテンプレートな驚愕の表情を見せる。
「千聖……最近八子のストーカーと化してないかしら?」
「驚くのそっちかよ」
そのような冗談はさておいてほしいので、さっさと話の先を促す。
「フェブラリーのメイデン、もう1人はそこまで実績のある子ではなかったはずよね?」
「ああ、そいつとやったってさ」
「……そう、だから千聖はあんなに躍起になってたのね」
「ああ、勝負するなら負けたくはないしな……」
そこでようやく炭酸を口にする。
冷たく、甘く、口の中で弾ける感覚は好みとするものであった。
「……っし、ちょっと走りこんでくる」
「生体エネルギーの容量を増やすには基礎体力から……うちの方針だけど、本当かしら?」
「さあね、嘘だとしても今は身体を動かしたい」
「なら止めないけど……」
そう言いながら立ち上がれば、恵も視線を同じ高さに合わせる。
歩き出す先は社内のジム、そこに恵もついてくる理由がわからない。
「ん? 灯里と一緒に帰ろうって事で来たんじゃないの?」
「灯里なら今日は非番、2人で帰ろうって思ってた」
「出口、逆でしょ」
「負けたくないのは私も同じだから」
横目に見る恵の顔は真剣そのもので、つい嬉しくなって笑いが込み上げる。
かつてのエースへの挑戦を胸に、2人でお互いを高め合うのだった。
7月2日がメギドの日だったので初投稿です