Junky Walker
横浜クレイドル上空、眼下に廃墟と化した房総半島を見下ろすそこに響く音がある。
破砕だ。
その身を撃ち抜かれた小型バリアント、ウォーロックと呼ばれるそれがダメージに耐えきれず爆散する音をバックに空中戦が行われていく。
『撃墜確認。 あとウォーロックが3でウォリアーが1……気を抜かないでね』
「了解です」
『ところでウォーロックにウォリアー、なんだかウォだらけだねえ』
「率先して気を抜かせに来てますよね?」
自分でもちょっとは思っていた事なのでバカな事を、とは言う気になれないがタイミングというものがある。
しかし、そんなバカ話をしながらでも慣れを取り戻しつつある身体は問題なく動き、ウォリアーを取り巻くウォーロックへと狙いを定める。
「ところでボク思ったんですけど、いいですか?」
『いいとも』
空を蹴るように脚部バーニアを吹かす事での急加速。
ウォリアーは素早く反応するが、砲撃体勢にあったウォーロックは回頭が間に合っていない。
正面からでなければエネルギー刃によって防がれる心配もない。
両手のエネルギーライフルから吐き出される緑色の光弾が二つの風穴を空け、絶命に至らしめた。
「フツーこういうのって中型とか大型が砲撃してきて、それを仕留めようと近寄ったら取り巻きが妨害する感じですよね?」
『思ったよりガチな話だねえ……でも確かに、戦車とその随伴歩兵みたいな陣形が人類にとってはスタンダードだったよ』
「この陣形、何か意味あるんですかね……? まあ、ボクとしては楽で助かるんですけど」
『それは私達にはわからない……というか本当に楽そうだねキミは』
そう言われる間にも胴体を横から撃ち抜き、残ったのはウォリアー1体となる。
一対の触腕、堅い装甲といったわかりやすい特徴を持つ名の通り近接戦闘に長けた個体だ。
いくらドレスのシールドが高性能とはいえ、数十発もその触腕を打ち込まれればエネルギー源であるメイデンが無事では済まない。
「負ける事はほぼないんだけど、面倒なんだよなぁ……」
数十発打ち込まれる間にこちらも何回攻撃出来るか、という話である。
それを実践するようにライフルを腰に提げながら接近すれば、右の触腕が打ち付けるようにして縦に振るわれる。
大袈裟に動く事もなく、シールドが無ければ風圧を頬に感じていたであろう程度の動きで外側に避ける。
目の前で鞭のように伸びる触腕は、こう見えて強靭なのでこのブレードで切り落とすのは難しい。
かといって本体の装甲はもっとカチカチなので、どう攻めるにも手間を強いられる個体だ……が、しかし。
「まぁ、隙間を狙えば楽ちんなのが救いだよね」
『いや、普通は出来ないよソレ?」
鼻歌交じりに宣言した通り敵が伸ばした触腕と胴体の隙間、可動性を確保するためらしい皮のような部分へブレードを突き込む。
そして反撃しようにも刺された触腕では振り上げられず勢いが出ない上に傷をさらに広げられ、左の触腕は可動域が身体の外側に位置するボクに及ばない。
どう動いても不利な状況からウォリアーは退避を選んだ。
速度ではこちらのほうが勝るので、逃がさず突き刺し続ける。
もっと深く、もっと奥へ。
そうしているうちにエネルギーが行き渡らなくなったか、人間で言えば右肩にあたる部分からどんどんと装甲が壊死していく。
それを見計らい一瞬ブレードの電源を落とせば、抑えるもののなくなった傷口からはタールめいた体液が噴き出る。
「これでシメっ!」
人体に直ちに影響するものではないがただただ不快なそれをシールドで防ぎながら、再びブレードの電源を入れれば逆袈裟に斬り払う。
崩れかけていた装甲では光の刃を弾くどころか阻むことすらできず、あっさりと上半身を斬り裂かれたウォリアーはそのままエネルギーを撒き散らし爆散する。
「以上、ウォリアー3分クッキングでした」
『正確には最初にウォリアーだけになってから36秒だったね、お疲れ様』
「え、数えてたんですか……怖っ」
『一応私オペレーターだからね? 記録映像も残してるからね?』
「なんでそれ今言うんですか……もっと怖っ」
『戦闘データのためなんだけど……え、わかってるよね? 本気で怖がってないよね? もしもし、八子くん? もしもーし!?』
●
フェブラリーラボに入社して数日。
正規のメイデンとしては自分と美樹の2人で駆除業務を回している状態だ。
玲花も含め少しは仲良くなり、距離感が縮まったのは進歩と言えるだろうか。
「お疲れ様でした、見事な手際でしたね!」
「うん。 ありがと、玲花」
帰ってきたラウンジで玲花がぴょんぴょんと跳ねながら迎えてくれる。
基本的にオペレーションやドレスの整備は殆ど本社ビル等で行われ、ゲートは出撃時に設備を使うだけのものだ。
なので各種設備の整備以外は本社にいれば大抵出来てしまう。
玲花がまだメイデンでもないのにここにいるのはそういった業務を手伝っているからだ。
「おっつー、ウォリアーってあんな倒し方あったんだねぇ……普通はもっと大火力の武器でどうにかするものでしょ?」
「あはは……昔取った杵柄というか」
ラウンジは年頃の女子を働かせるにあたって様々な福利厚生を用意している。
最新の雑誌やドリンクバー、テレビや充電器完備というのは中々にありがたいものだ。
それ目当てに自分が担当でない日でも入り浸る者は少なくない。
美樹が休みにもかかわらずここにいるのはそういった事情からだ。
「今回も凄いですし、八子さんの昔の映像も改めて見ましたけど反応速度が半端じゃないんですよね……」
「そうそう、今回の装甲のスキマ狙いみたいなの平気でやるし……ホントに同じ人間?」
「種族レベルで疑われた!?」
どうやら今まさにその話題で盛り上がっていたらしく、ラウンジのテレビにはその映像が流れていた。
匣と共に出撃していた時のそれだ。
今使っているラプターよりも旧式、しかし八子専用に設えられた純白、そして流麗なドレスを纏い文字通り縦横無尽に戦場を駆け巡る八子。
同じく専用となる黒き異形のシルエットのドレスを纏った匣がひたすら大火力を放ち敵を殲滅していく。
砲撃型であるウォーロックやメイガスが少しでも匣に照準を合わせようとすれば即座にそれを堕とし、接近戦を得手とするトルーパーやウォリアーが匣へ向かえば瞬時にそれを妨害する。
そうして少しでも八子に注意が向けばそれを隙と見た匣が過剰とも思える火力で容赦なく撃墜する。
通信が繋がっているにも関わらず2人とも言葉を交わす事はない、双方が何を求めているかが分かっているというのは誰が見ても理解できるだろう。
そういった連携によって、30体ものバリアントによる攻勢がたったの2人で全滅させられていった。
「いやマジここ、なんでメイガス始末してる間に後ろのウォリアーにまで反応できてるわけ?」
「というかまず最初に群れの奥にいるビショップを真っ先に狙って、ほぼ無傷で斬り捨てて戻ってきてるのは何事なんですか……」
「うーん……なんとなく全体が見えてるというか……あれ、お母さんがやってる中華料理屋で手伝いしてた事ってどっかで言ってたっけ? お母さん小学生にすら容赦なくってさぁ……」
それを聞いた2人がかたや唖然とした、かたや目を輝かせた表情で振り返る。
「いや、いやいやいやいや、まさかその手伝いであんな視点や反応速度が身に付いたとか言わないよね?」
「わ、わからないけど多分そうじゃないかなって……」
「というか八子さんの家って中華料理屋さんだったんですか!?」
「うん、今度食べに行く?」
「行きます行きます! 是非行きます!」
そんな取り留めもない会話に華を咲かせていると、危機感を煽るような電子音が響き渡る。
バリアントの接近警報だ。
『みんな聞こえるかい、相模湾上空でバリアントの反応が確認された。
種類は断定できないが数は合計で15、多いけど……行けるかい、八子くん』
出撃自体に異論はない。
連続出撃は負担こそ発生するが、自分はメイデンとしての適性が高いのかそれが少ないほうでもある。
だが、そもそも普段の出撃とは少し違う様相に疑念があった。
「行けます、けど妙ですね……そんな数ならもっと早く、宇宙から降下してくる時に検知できるはずですし……種類が分からないのも変です」
「あ、それ私も思いました。 どうなってるんですかねコレ……ちょっと嫌な予感します」
『クレイドルの機器故障かもしれないね……後で行政に文句を言っておこう』
「追加の代金もせびっとけよ〜?」
などと言葉を交わしながらも、ラウンジを出て地下の輸送列車へと向かう。
既に鎌倉方面に車体を向けたそれに乗り込み、そこで2人ともようやく一息をつく。
「……あれ、なんで美樹も来てるの? ノゾキ?」
「仲良くなってわかったけど、ホントやっちゃん容赦ないよね……ってそうじゃなくて、アタシも出るよ」
「非番だったよね? いいの?」
「本音言うとやっちゃんに任せて寝てたいんだけどね……れいれいがなんかヤな予感するって言ってたじゃん?」
「たしかに言ってましたけど……心配性ではなく?」
「うん、あの子のそういうのはよく当たる。 冗談じゃなくてね」
それだけ告げると、美樹にしては珍しく何か思案に耽るように黙り込む。
遅くなった上に正確さに欠ける情報、急な出撃、その上に嫌な予感。
異質な沈黙の中、つられて悪い想像を働かせながら列車がゲートに到着するのを待つのだった。
浅倉に続き冬優子にも財布をやられたので初投稿です