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RIDE ON

 出撃ゲートのカタパルトを逆走するようにして帰投する。

 武器をレールの上に置くとそれを待ってましたと言わんばかりに奥の倉庫へと吸い込まれていく。

 ドレスを装着した時と同じくハンガーへ足をかけ両腕を大きく広げる。

 作業用アームによって頭のバイザーが外れ、ようやく裸眼の──と言ってもバイザーは高品質であるため殆ど変わらない──景色を取り戻した。

 胸のプラグが音を立てて外れると、呼吸めいて駆動していた各部パーツが沈黙する。

 両腕、両脚のパーツが前後に真っ二つになる事で接合を解除。

 全ては出撃時の逆回しだ。

 ハンガーを降りてようやく一息つくと、改めて自分の境遇を思い出した。


「……週刊誌とかに載らなきゃいいけど」


 この世の人間というのは得てしてゴシップの気配に対して聡く、そして飢えている。

 大手駆除業者であるエトワールコーポレーションがメイデンの扱いをアイドル的に押し出していったのもあって、何かあればスキャンダルのようにして飛びついてくる。

 あまり嬉しくない理由から有名になった自分を追う者は少なくないだろう。


「とはいえ、仕方ないよなぁ……」


 そんな個人的な事情でクレイドルの防衛が出来るにも関わらずしませんでした、いうわけにはいかない。

 三月(みつき)社長に半ばハメられたようなものだと思うとこれからの話に対し猜疑心の一つや二つ芽生えようというものだ。


「おっつー、いやはや凄かったねさっきの殲滅劇!」


 汗ばんだ適合スーツを脱ぐタイミングで美樹(みき)がちょうどよく現れ、タオルやスポーツドリンクを差し出してくれる。

 ありがたいにはありがたいのでしっかりと受け取っておく……が、しかし。


「ありがとうございます」

「な、なんでシュババッて受け取ってすぐ隠れるのさ?」

「自分の胸に手を当てて聞いてみては?」

「脂肪しかねえや、一杯やっとく?」

「ごめんなさい、ボクが悪かったです」


 そう言って自らの胸を持ち上げる彼女に大人しく敗北宣言する事でそれ以上の応酬にならないように話を区切る。

 出撃時に舐めるような視線を向けられた事を皮肉ってやろうとしたつもりが、返す刀で下ネタに持っていかれた。

 そのうえ自分に"無い"カラダネタなのでダブルKOである、貧富の差というものは如何ともし難いものだ。


「ま、地下のほうで待ってっからさ。 みっちゃん社長が落ち着いたら話あるって」

「はい……なんだかすみません、色々してもらっちゃって」

「いーのいーの、アタシ出撃出来なかったしね」


 本来であれば彼女がこのフェブラリーラボの数少ないメイデンのうち1人なのだろう。

 体内にナノマシンを埋め込み、それによって自身をドレスの制御装置兼動力源にする──それがメイデンとしての役目だ。

 昔は一度出撃するだけでも脳や身体を大きく傷つけていたらしいが、今はそれも大きく軽減されている。

 そう、軽減されているだけで無くなってはいないのだ。

 おそらく美樹は連続出撃による身体の負担が危険水準に達したのだろう、症状や耐えられる回数には個人差があるがどれも酷くなれば風邪のようなものになる。

 だというのに出撃前のドレス装着補助などを行なってくれた事には感謝の念を──


「それに、アタシはいいもの拝ませてもらっちゃったからねぇ……」


 抱いた瞬間に疑問がセットでついてきた。

 そうなるのも仕方のないほど厭らしい、具体的にはゲヘヘと言うべき笑みだった。


 ●


「お待たせしました」

「ああ、今回はありがとう! 君の活躍でこの横浜クレイドル数百万の民が救われ……」

「はいはい、さっさと車出す。 ごめんねやっちゃん、みっちゃん社長ってば大袈裟なんだよ」

「あ、はい……」


 いつのまにか自分にあだ名がついていたらしいが、あまりにも自然だったので何も言い出せずに輸送列車へ乗り込む。

 ゲートとバリアント駆除業者の本社や詰所とは地下通路で繋がれているので、表層の渋滞に巻き込まれる事はない。

 その上輸送列車はAI制御であるため出発させてしまえば運転の手間すら不要だ。


「それでね、八子(やこ)くんにはこのままフェブラリーラボの一員として働いて欲しいんだ」

「唐突ですね」


 旧時代の電車を再現したらしいシートに腰を落ち着ければ、当然来ると思っていた話が前置きなしで飛んでくる。


「朝も言ったと思います、ボクは「仲間殺し」ですよ?」

「朝も言ったと思うけど、私はそれを信じていないよ。 八子くんがエトワールを去る事になった事件には裏があると思っている」

「……仮にそうだとして、それを追う事はエトワールの隠している秘密を暴く事になります」

「うん、それは怖いね」


 列車の座席、対面に座った三月社長がわざとらしくうんうんと頷く。

 当然、そうなればありとあらゆる手段で潰されるのだと理解はしているようだ。


「だったら……!」

「だとしても、だ。 さっきも言った通り我が社は人員不足だ」

「大手に業務委託するか、いっそ担当権を譲り渡しては?」

「社員の命を預かるものとして、それは出来ない」


 朝情けなくすがりついてきたのが嘘のように、キリッとした表情で告げる。

 それは脅しだ、それも内容は縋り付いてきた時と同じ。


「つまりボクがやらなきゃみんなが路頭に迷うぞ、という事ですか?」


 そんな事を言われて誰がハイやりますと言うものか、不機嫌な自分を包み隠さずに確認する。

 すると、三月社長は歯切れが悪そうにし始める。


「みっちゃん社長、今の話そういう風にしか聞こえないわ」

「うん、自分でも反省しているよ」

「ってか正直に言っちゃえよ」


 そう横肘で突かれてもなお、ばつが悪そうに頬を掻くだけだ。

 うーんだのえーとだの内容のある言葉が出てこない三月に代わり、美樹が口を開く。


「みっちゃん社長な、こんな風にカッコつけてっけどエトワール大っ嫌いなだーけ」

「あーもう、それ言われちゃったら台無しじゃないか!」


 せっかく威厳というか真剣な大人としての顔を見せていたのに、とぷりぷり怒り出す三月社長。

 なんともしようのない光景に思わず笑いが込み上げる。


「ぷぷ……っ、いや、社長がそれって……個人的な理由にも程が……っ!」

「な? みんな笑うってこんなん」

「仕方ないじゃないか、私はあそこなんというか……苦手なんだよう!」


 ついには開き直る三月社長、どうやら金髪に和服という胡散臭い格好とは裏腹にかなり子供っぽいようだ。

 そう考えるとなんだか真剣に考えていた自分が馬鹿らしくなってくる。


「というかボクも正直なところを言えば同じ気持ちですしね」

「そうだろう!?」


 同意者を得た事で水を得た魚のように立ち上がりビシィとこちらへ指を向けてくる。

 失礼ではあるが、恐らく悪気はないのだろう。


「それと、これを聞くのを忘れていたよ。 久々の空はどうだった?」


 そう言われて、出撃した瞬間の事を思い出す。

 ならば答えは一つ。


「はい、こういうのもなんですけど……心が躍りました」

「君がここにいる理由は、それで十分なんじゃないかな」

「そうですね……」


 そう相槌を打った時、ちょうど列車が揺れを伴い停車する。

 開いた側のドアに近かったため先に降りた三月社長が、同じく降りようとしたボクに手を伸ばす。


「ようこそ、フェブラリーラボへ。 君の活躍を期待させてもらおう」

「はい、これからよろしくお願いします」


 これが、ボクの新しい戦いの始まりだった。



 ●


 エトワールコーポレーション、メイデン待機用のラウンジは放課後には所属メイデン達の溜まり場と化す。

 電源取り放題ドリンク飲み放題テレビ見放題、週刊誌やマッサージチェアなども完備で特に任務が無くてもここに来るメイデンは多い。

 その中の1人がもう1人へ向けてけたたましく声をかける。


(めぐみ)! 恵!」

「どうしたの灯里(ともり)、試験勉強なら教え……」

「違う違う! これこれ!」


 そう言って差し出すのはスマートフォン、その画面にはSNSが映っており。


「なに、また炎上……?」

「今度は違うってー! 私を信じて!」

「どの口が……って、ええ!?」


 投稿された画像は野次馬が外界へ飛ばしていたドローンによるもの、競合他社であるフェブラリーラボの出撃風景であった。

 人員不足故に横浜クレイドルを引き払うのも時間の問題かと思われていた会社ではあるが、まだ余力があったという事か。

 しかし、問題はそこではない。

 そこに映るメイデンが誰かという話だ。


「……でも公式発表はまだでしょ? 解像度だって悪いし八子だって決めつけるのはまだ早いわ」

「顔だけじゃないって! あのやたら早い射撃やノールック撃ち、ハチの十八番だったじゃん!」

「……あいつ、復帰したの?」


 今でこそエースと呼ばれる恵・灯里・千聖(ちさと)の3人チームであるが、(こばこ)・八子のダブルエース時代にはその下に甘んじることが多かった。

 辛酸を舐めさせられるとまでは行かないものの、会社が本腰を入れてプロデュースしていたのは自分達より歳下のあちらだったのだ。

 その頃の話を思い出したか、やる気なさげだった千聖は棒付きのキャンディを噛み砕きながらワイルドな笑みを浮かべる。


「……いいじゃん」

「でしょー!? いやあ一時期はどうなるかと心配してたけどさ」

「エトワールの贔屓も無くなって、これでホントの実力勝負が出来る」

「そっちなの? 千聖ってば勝負事になれば火がつくのよね……」


 千聖が読んでいたファッション誌を放り投げ、勢いよく立ち上がるとずんずんと部屋の外へと歩きだす。


「ちょっと、どこ行くの?」

「訓練シミュ、またあいつのスコア抜いて来る」


 振り返る事もなく告げると、そのままドアを閉める事もなく去って行ってしまった。


「ホント、熱しやすく冷めやすいというか……」

「っていうかアレ?今度はこっちが贔屓されてない? 平等じゃなくない?」


 各々ボヤきながら、それでも静かに対抗心を燃やすのだった。

Chapter1まではその場で全部投稿しきるので初投稿です

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