READY!!
2人の乗ったタクシーの目指す先、そこには壁があった。
正確には横浜クレイドル──人類が生き延びる為に造られた閉鎖型要塞居住区域の隔壁だ。
「そういえばなんでクレイドルの名前が横浜なんでしたっけ? ここら一帯の広い区域はカナガワ……とかいう名前だったって授業で言ってましたけど」
「さあ? クレイドル体制に移行するときに1番知名度のある名前にでも置き換えたんじゃないかな?」
「そんなものなんですかね」
そんな他愛ない会話を交わしながらも、タクシーが止まれば素早く降りて小走りで目的地へ向かっていく。
フェブラリーラボが所有する外界への出撃ゲートだ。
本来であれば本社ビルなどから直通の地下通路などがあり、そこからゲートへ向かうものであるが。
「やっぱり本社行かなくて大丈夫なんですか? 初めて着るドレスなら適合試験とか……」
「ゲートにもその手の設備はあるし大丈夫さ。 それに八子くんの家から本社へ寄るよりこっちの方が早いからね、というかあの辺よく混むんだよ」
「あぁ……桜木町のあたりでしたっけ、なら仕方ないですよね……」
横浜クレイドルの中枢部とも言える桜木町エリアは、クレイドルとしての名を冠する横浜よりも観光向けだ。
中華街やスタジアムなどもあり混み合うのも仕方がないと言える。
そもそもそんな立地に本社を建てるなと言いたいところだが、今はそれどころではない。
「みっちゃん社長! 言われた通りドレスと武器一式搬入したけど……ホントにメイデンいんの!?」
「おお、美樹くん! 流石の仕事っぷりだ」
ゲートへ入れば、そこには既にハンガーに備え付けられた各種装備の数々。
美樹と呼ばれた青髪の少女は、整備士が慌ただしく準備を進めるのをバックにこちらを見定めるようにして視線を向ける。
「ふーん、へー、ほー……」
「あ、あの……一応、ボクが出撃するメイデンって事になってる雹堂八子です」
「八子ぉ? どっかで聞いたような……まあいいや、アタシは天城美樹、とりあえずありがとね……って事で一名様ご案内ー!」
一瞬考え込むような素振りを見せるが、すぐにケロッと業務に戻る。
社長といい深く考えない人間が集まるのだろうか。
勢いよく手を引かれるがままについていく。
「それで、ドレスはどのようなものが?」
「一世代前の量産機だから、えっと……ラプター!」
「上等ですね、武器は?」
「とりあえず一通り!」
「了解です」
通路を早足で歩きながら確認をしているうちに格納庫へ辿り着く。
ここでドレスを着用し出撃する事になっている……のだが。
「あれ!? 適合試験とかブリーフィングは!?」
「知らん!」
「正気ですか!?」
「なんか旧東京湾上空で小型が10体くらいだってさ」
「適当! しかも結構逼迫してる!」
バリアントに対し、生体活性金属製の装甲やそこから生み出される防御壁──シールドによってドレスを着たメイデンであれば小型はおろか中型であってもバリアントに脅かされる事はほとんどない。
しかし、そういった機構を持たない輸送車両や旅客機、クレイドルそのものが狙われれば話は別だ。
小型ですらその銃撃でクレイドルに穴を開ける事は容易い火力を待っている、故に迎撃はもっと素早く行われるべきだったのだ。
「ああもう、わかりました! とりあえず着ますよ!」
「だいじょぶだいじょぶ、みっちゃん社長見てないから」
その言葉を信用しないわけではないが、辺りを見回して男性の職員がいない事を確認する。
そうして、まずは制服の上着を脱いでいく。
「おおっ、ダイタン」
「茶化さないでくださいっ」
次にインナーを脱ぐ、同性であるはずの美樹の表情がスケベオヤジのそれになるが構っている暇はない。
続いてスカート、これで完全に味気のない下着姿の出来上がりだ。
大した起伏もないし色気もない、が見られると恥ずかしい事に変わりはない。
そして、露出に目覚めたわけでも闇アイドル事務所に脅されているわけでもないのでさっさとドレス用の適合スーツを着込んでいく。
やたらと蛍光色のラインが走る白とオレンジの全身タイツ。
下着の着用だけは許されているが、それでもピッチリとした着用感はあまり慣れるものではない。
「いやー、ばっちし似合うねぇ〜」
「何をしに来たんですか、早くドレスの準備してください!」
「あいあいっ」
専用のハンガーに乗り、両腕を横に広げ装着態勢を取る。
軽口を叩きながらも美樹がコンソールを操作するとぷしゅう、と音を立ててドレスのパーツが開封されていく。
「さっきも言ったけどラプターね、普通で素直だし専用機ほどじゃないけど扱いやすい……らしいよ」
「伝聞!?」
「アタシそれ着ないからさー」
封を解かれた、灰色に差し色は赤といった各種パーツが位置につくとまずはボクの四肢を前後から挟むようにしてパーツが接合される。
適合スーツと体内のナノマシンを通し情報が流れ込み、接合が完了した事を告げる。
次に胸部。
ジェネレータパーツを持つそれは適合スーツの胸元や背中にある大型プラグの差込口にがっちりとハマり、心臓の鼓動に合わせるようにして生み出されたエネルギーを各部へ供出していく。
最後に頭部パーツ、位置を確かめるようにアームが調整されればこれもまた前後から挟むようにして装着され、接合が完了する。
ここでようやくOSの起動が入るが、思考の中でスキップボタンを連打。
するとうざったい広告や執拗な安全確認が早送りでもするようにガンガン飛ばされていく。
最後に肯定の意を思い浮かべればそれを以ってOSの起動が完了し、いつでも「使える」ようになった。
装甲によって一回り太く長くなった四肢、スクリーン状のバイザーや後頭部が大きく張り出したアンテナを持つ頭部といった姿は戦う為に人類が設えた装備。
まさに処女の為の正装である。
「いいねいいねー、武器はどーする? チェーンソーとかガトリングとかも持ってきたけど」
「Eライフル二丁と片手用Eブレード、あります?」
「どっちも普通のやつ? いいの?」
あまりにも無難な選択、自覚はあるが気にしない。
レールを走るようにして運ばれてくる武器を腰部のハードポイントに着用。
「あ、ブレードは手首に仕舞えるってさ」
「へぇ、便利になったんですね……」
アドバイス通りに手首装甲内部にブレードの基部を格納。
根本的な立ち回りが変わるわけではないが少々便利に扱う事が出来るようだ。
ともあれ、これで準備は完了である。
ハンガーから降り、専用のカタパルトに足をかける。
手すりをしっかりと掴み射出に備え中腰の体勢を取る。
『準備は終わったようだね、オペレーターは私が務めるよ』
「え、三月さんがですか?」
『べっ、別に人材不足とかそういうわけじゃなく元々オペレーター兼業なんだからねっ』
「そ、そうですか……」
中々に気持ちの悪い媚びを聞き流す間にカタパルトも起動したらしく、古めかしいOKの表示灯を点灯させる。
『なに、久々の出撃だからと気負う事はないさ。 君なら出来る……君なら倒産の危機を救ってくれる!』
「一応クレイドルの危機なんですけど!? というかめっちゃ気負わせようとしてきますね!?」
「いちいちみっちゃん社長の言う事気にしてっとハゲるぞー」
「は、はぁ……とにかく雹堂八子、出ます!」
どうやらそういうものらしい。
手すりのボタンを指で押し込みカタパルトを作動させる。
周囲を置き去りにするように加速するそれは、ゲートに開いた出撃口へ搭乗者を誘う。
そしてタイミング良くカタパルトを蹴ると、脚部バーニアで加速を入れ外へと飛び出した。
●
空だ。
一年とちょっと、それだけの期間離れていて飛ぶ事の叶わなかった空がここにある。
眼下には海やクレイドルを結ぶ大型道路、そして廃墟と化した街並みが映る。
否応無しに躍る心のままに、身体を畳むようにして折り曲げながらバーニアを吹かすと空中で身体の上下が入れ替わる。
「ボク、戻ってきちゃったんだなぁ……」
今回限りという話も忘れ、空を見ていると水平線より遥か上に敵の姿が見える。
黒く有機的な、それでいて機械らしさを見せる身体。
小型でありながらその身体のほとんどを砲門とする事で、旧時代には戦闘機やミサイルを次々に撃ち落とし人類をクレイドルの中に押し込めた尖兵。
小型攻撃種バリアント「ウォーロック」だ。
「バリアントと接敵、小型が10……行きます!」
それが10体、こちらに気付いたように身体を震わせると全身をこちらへ向けてくる。
斉射するつもりだ。
だが、遅い。
空中を蹴るようにして加速を入れれば、発射姿勢にあった個体はそのエネルギー弾を虚空へ放つ。
そうでない、遅れた個体は再度照準を合わせようとする。
「やらせないよ」
Eライフルを腰から外せば、そのままFCS──射撃統制システムが敵を捉える前に目視で照準を合わせトリガーを引く。
本来であれば敵の軌道予測や敵味方信号の判別を済ませ、射線や角度を計算した上で腕部パーツと連動し修正する事で攻撃を確実に当てる為の機構。
だが、それに頼らずとも目視で当てられるならばコンマ数秒のアドバンテージを得ることができる。
だから、撃った。
「ギ、キィィィィィ!」
瞬時にエネルギー弾を二発撃ち込まれたウォーロックが、放とうとしていたエネルギーを散らしながら爆散する。
それを知覚した周囲の個体が機械的というより何か鉄板でも擦ったような不快な声を上げる。
「相変わらずうるさいなぁ……」
だが、構わず撃った。
砲撃体制にあっては回避も出来ないか、動くことなく側面を撃ち抜かれ爆散する。
固まっていては同じ末路を迎えると判断したか、そこでようやくウォーロック達はこちらに対応する動きを見せる。
4体ずつの散開は挟撃を見込んだものだろう。
一方に対応すればその間にもう一方が射撃する。
バリアントが個ではなく群単位で生きているという学説はこういった戦術が根拠だっただろうか。
そんな今必要のない情報をぼんやりと思い浮かべながら、あえて動きを止める事で敵に包囲されるに任せる。
『だ、大丈夫かね?』
「あ、大丈夫です。 どっちも動いてると、FCSって結構トロいので……」
そんなボヤきと共に捕捉完了を告げる電子音がバイザーから響く。
両腕を広げれば、目線を向けることすらなく両面の敵を射撃していく。
無闇に撃ち込まれたようにも見えるそれは、しかし吸い込まれるかのようにウォーロックの砲口へ突き刺さりほぼ同じタイミングで2体が爆発した。
肩ごと射撃角度を修正しもう一度連射、同じようにして同時に左右のウォーロックの反応消失を確認。
FCSによる射撃補正を利用したノールックショットであった。
この数瞬で4体にまで数を減らされようやく射撃戦は不利と断じたか、あるいは捨て鉢となったか。
ウォーロックはその砲口よりエネルギーの砲弾ではなく槍のような刃を形成し突進してくる。
速度と出力任せの突撃は、ドレスが形成するシールドであれば貫通される事は滅多にない。
だが、それでも大きな衝撃を受ける事は間違いないだろう。
「まぁ、だからってやる事は変わらないけどね」
ライフル二丁を腰へ接続し、左側の個体に目線を合わせる。
そして動きを見せる事のないこちらに、敵が補正の必要なしと最高速を乗せ迫ってくる。
『八子くん!?』
「大きく動くとかえってやりづらいんだよね、これ」
軌道を変えられなくなったそれを身を逸らす事で回避、攻撃を外した筒状の身体が目と鼻の先を突っ切ろうとする。
手首の装甲が開き、滑るようにしてブレードの基部が手元に収まると同時にエネルギーの刃を形成する。
振り上げた。
エネルギー刃で守られた正面でもなく、側面から狙われたウォーロックは綺麗な輪切りになって次の瞬間には爆発する。
それをシールドで防ぎながら、続く右側からの突撃を一歩退く事で躱す。
今度はもう片方の手にブレードを握り、展開と共に振り下ろす。
比較的後方からスタートしたおかげで先んじた2体の末路を見届けた個体は、その軌道を無理矢理に修正し上へと逃れようとする。
その行き先は恐らく宇宙、未だ人類が辿り着けぬバリアントの本拠なのだろう。
『ああなったバリアントが直ぐに反転し襲ってくる事はない、帰還しても……』
「逃げるんだ……」
残った2体の片方が生き残ればいいと考えたのか、明確に上下を作り片方を囮にしながら去っていくそれを見ていると無性に腹が立った。
自分達は好き放題に地球を侵略し──いや、そんな大義名分ではない。
「ボクの青春をぐちゃぐちゃにしておいて、そっちだけ逃げる……?」
過ぎったのは過去の記憶、つまり逆恨みだ。
今逃げようとしている個体は関係ないが、バリアントが個ではなく群で生きているのなら的外れとも言えないかもしれない。
だから、追った。
小型種、ましてや攻撃力特化のウォーロックであれば全速力を出したところでドレスを纏ったメイデンの最高速には及ばない。
容易く追いつけば、さっさとブレードを突き刺せばいいものをあえて手首に格納し、下側に位置していた囮役を側面から鷲掴む。
「なんか、急に許せなくなってきたなぁ……!」
そのまま勢い任せに一回転し、先頭のウォーロック目掛け投げつける。
強化された腕力による投擲は、補正無しでも正確な狙いを以ってぶち当たり2体ともその動きを止める。
「だからこれは八つ当たり──!」
叫びと共に格納していなかったもう片方のブレードを横薙ぎに振るい、纏めて両断する。
爆発を半透明のシールド越しに見届ければ荒い息を吐いているのを自覚する。
怒りか高揚か戸惑いか、わからない事にしたそれを深呼吸で落ち着けると思考によって通信を起動する。
「えっと……駆除完了しました」
『お、お疲れ様……凄い手際だったね』
褒められて悪い気はしないが、この後の諸々を考えると若干の憂鬱さが首を擡げてくる。
上空はまだ肌寒く、こんな状況で考え事をしてもロクな事を思いつかないだろう。
せめて報酬はたくさん貰っていいものを食べて帰ろう、そう決意し出撃ゲートへ帰っていくのだった。
間髪入れずの投稿なので初投稿です