スチールヒロイズム
1
ヒロは、いつもの様に街を歩いていた。
ヒロは14歳の少年だ。容姿は薄茶色の短髪、蒼いサファイアの瞳、シャツとカーゴパンツを身につけている。それだけではない、何より目立つのは、ヒーローのマントの様になびく、赤いマフラー。
ヒロの住んでいる街は、スチールビレッジと言う小さな地域だ。元々は国と国とを繋ぐ中継地点だった市場だったのだが、ここ数十年の間に難民の増加によって小さな街と言われる程に発展した。
街並みは平均3階建ての背丈の高い建物に囲まれて、石畳で成る大通りがある。更にその道路沿う様に、小さな出店ができていて、市場が形成されている。これは、戦争後の闇市の名残だとヒロは聞いた事がある。
「おーい!ヒロ坊!今日も元気だな!」
市場の野菜売りのおじさんが、ヒロにゲラゲラと笑いながら挨拶する。ヒロはそれを見て、大きく手を振った。
おじさんの曇りのない笑顔が、ヒロを少し暖かい気持ちにさせる。
ヒロの街を歩く足が、タップダンスの様に跳ねてリズムよく足音が鳴る。
(今日もいい1日になりそうだ。)
そんな事を思った、とある朝だった。
そんな、胸踊るような気分のヒロの視界に、怪しげな光景が見えた。
路地裏で、女の子が二人の男の子に囲まれている。女の子は、二人に言い寄られて、困った様に縮こまっている。
途端、後ずさった女の子が、体勢を崩して尻餅を付いてしまう。
それを見たヒロは、急いで路地裏へと走り出した。
「こらぁぁぁあああ!!」
ヒロは、女の子と男の子の間に割って入る。
数メートル走っただけなのに、息は荒れていたし、心臓もバクバクと大きい。勢いに任せてしてしまった行動に、変な汗が吹き出してくる。
一方、男の子達は少し戸惑った様子だったが、すぐさま顔に怒りを宿して
「なんだよ!邪魔するな!」
「この女の子が困ってるだろ、お前らこそこんな事やめろよ!」
ヒロは、頭の中がグルグルした様な感覚だった。今、自分が何を言っているのかが、わからない。
「アニキ!こんな奴ギャフンとやってしまいましょう!」
ヒロは、この兄弟を知っている。目の前にいるのは、街でも有名なヤンキーの三兄弟の二男三男だ。しかも、長男は18歳にもなる手のつけられない不良なはずなのに、ヒロはそんな怖い兄弟に喧嘩を売ってしまった。
怖気と少しの後悔を感じて、足が自然と震えている。
(恐るな。これは俺にとっての試練だ!だって、俺はーー)
ヒロは、自分の頬を両手で叩く。気合を入れて、弱音を消し去った。
「かかって……こいよ!」
それが喧嘩の始まりの合図だった。
二男がヒロの顔面目掛けてパンチ。ヒロの鼻が潰れて鼻血が出た。
しかし、ヒロも負けじと、腹に頭突きを入れた。タニシ兄は、それですっ転んでしまう。
そのまま、喧嘩はどんどん激しく続き・・・。
「くっっそぉ!覚えてろよなぁ!!お前なんか兄貴がボコボコにしてやるからな!」
遂にタニシ兄が根を上げて、逃げ出した。それに続き弟も「待ってくれでやんすぅ!」と逃げてった。
ーーヒロは喧嘩に勝った。
安堵の気持ちに、胸を撫で下ろす。空気の抜けた風船の様に、『ふぅーー……』と小さなため息をついた。
そして、止まらず流れている鼻血に、あたふたとしていると
「あの!……」
と少し申し訳なさそうに、声をかけられた。声の主はさっきの女の子で、喧嘩をしている間もどうやら逃げずに居たらしい。
「……?」
ヒロが続く言葉を待って首を傾げる。すると女の子が、少し俯きながら
「これ、どうぞ……」
とハンカチを渡してくれる。
「……ありがとう」
ヒロはそれを慌てて受け取り、止血に使った。出来るだけ汚れない様に。
・・・。
女の子はずっと俯いて、とても申し訳なさそうにチラチラとヒロの様子を伺っている。
「君、見慣れない顔だけど、旅の人?」
鼻血が止まったヒロが、女の子に尋ねた。
「……はい、そうです。桜ノから来ました」
少し魔を置いて返事が女の子から返ってくる。
因みに『桜ノ』というのは隣町だ。ここ、スチールビレッジからは馬車で2日ぐらいで行ける。
「なるほどね」
会話が途切れる。
ヒロが数分彼女と過ごして感じた事は、もしかしたら彼女は人と話すのが得意では無さそう。という事だった。
「やべっ!今日バイトあるんだった!えっとえっと、このハンカチ……」
ヒロの血で濡れたハンカチ。
「あ、大丈夫です!私は……」
掌を出して、首を左右に振る少女。
「じゃあじゃあ、洗ってから必ず返すから!!」
ヒロは走り出し、彼女に手を振りながらに仕事場へ走る。
そのヒロの足取りは、確かに一歩一歩を踏みしめている。気付けば足の震えも止まっていて、不思議と足が軽く感じた。
(俺はーー)
「ヒーローになりたい」
走りながら、こっそり声に出してみた。
初投稿です。