月夜に煌めく死の刃
【ベルセイン帝国 巨大湖の町レキノ】
深夜の町は騒然としていた。
シンボルの一つである城のあった場所に黒い異形の巨人、そしてドラゴンが突如現れ争い始めたのだ。
一人の悲鳴を皮切りに住民は町から逃げ出そうと走り出す。
警備の兵士はいるが相手にならないと住民達と逃走していた。
ブリュンヒルデは騎乗竜ジークリンデを村へ向かわせる。
適当な広場に降り立つと眠るエミリアを人目につかない建物の影に寝かせる。
こういう場所に女の子を一人で寝かせるのはどうかと思ったが町の住民は既に町から出ていた。
眠るエミリアの髪を優しく撫でるとブリュンヒルデはジークリンデに乗る。
「さて、言葉が通じればいいんだけど?」
それは朧気ながらも記憶に残っていた。
仲良しの二人と離れたエミリア。
エミリアを慰め、甘えさせてくれた母。
忙しい中、家に帰って構ってくれた父。
そして妹や親友の代わりにと一緒に遊んでくれた女性…………
あの人は……………
「ん………うぅ……。」
エミリアは懐かしさを感じながら起きた。
ぼんやりしつつも意識を覚醒させていく。
周りを見渡してみればさっきまで居なかった町の中。
エミリアの探知能力では生きている者の気配は感じられない。
皆逃げたのだろうか?
逃げた?何から逃げた?
髪巨人のことを思い出したエミリアが手をあげた。
どこからともなく赤い光を纏ったグリムリーパーがふよふよと漂ってきた。
「ん、いい子。」
「ギャウゥゥ!!」
悲鳴のような雄叫びの直後、エミリアの周囲が暗くなった。
見上げると視界一杯の大きな影。
吹っ飛ばされてきたドラゴンが周囲の家を巻き込んでいく。
が、すぐに起き上がると再び髪巨人の方へ向かおうとする。
「レイラ。」
呟きに近い小さな声にドラゴンは反応した。
「連れていってよ、あのでかいの殺すから。」
「ギュ…………キュゥゥ。」
傷ついたドラゴンを見た少女の声にドラゴンはどこか怯えた様子だった。
ブリュンヒルデは魔物と化したアデーレに言葉が通じないとわかった瞬間、魔物として対処することにした。
とはいえかつての友人に一撃を入れるのに躊躇していた。
その間にも髪巨人は髪を伸ばし攻撃してくる。
銀竜ジークリンデはブリュンヒルデが思うように飛び髪巨人の攻撃をうまくかわしてくれていた。
「魔物とはいえかつての友人を倒すのは気が引けるけど…………そうも言ってられないわね。」
地上には三人の少女がいる。
これ以上あの子達をこんなことに巻き込みたくはない。
地上の少女の攻撃はまるで効いてなかった。
あの髪は鎧の役割を担っているように思えた。
しかし先程、赤いドラゴンが髪巨人に捕まれた時に目映い光を放ったがその時髪巨人の鎧が剥がれたのだ。
あの鎧は光に弱いのでは?
ブリュンヒルデは光の玉を出すと髪巨人に向けて放った。
「キュンッ!」
迫ってきた髪に気づいたジークリンデが体を捻り避けた。
漂っていた光の玉が髪巨人の前まで接近…………光が強くなり周囲を照らし出した。
「ウアァァァァァァ!!」
髪巨人は悶え苦しみ、体を覆っていた髪が消えていく。
好機とばかりに地上から矢や魔法が飛んできた。
守りの無くなった髪巨人はナタリーの魔法、ハンナの毒矢をまともに受けた。
フレイムドラゴンに乗ったエミリアは髪巨人を殺害するため急がせていた。
自分のいない間に三人が居なくなることを何よりも恐れているのだ。
一瞬光ったと思ったら髪巨人の鎧が剥がれ集中攻撃を受けていた。
銀色のドラゴンが髪巨人に突進していくのが見えた。
ドラゴンに乗るブリュンヒルデが槍を投げた。
「グッ、ギャアアァァァァ!!」
髪巨人の頭部に直撃したようだ。
これに逆上したのか髪巨人が暴れだした。
「クリス…………っ!!」
エミリアの視界には逃げ遅れたクリスティアナが映った。
「ギュウ………」
エミリアの殺気に怯えたドラゴンが飛行速度を上げた。
髪巨人が近くなり、やがて目の前を横切る。
直後エミリアがグリムリーパーを振り上げ飛び降りた。
美しい。
魔物と化したアデーレは思わず見とれていた。
今まで多くの美しい物を見てきた。
しかし目の前の剣を振り上げた少女は比較にならない魅力を感じた。
少女が何かを言っている?
「地獄に落ちろ。」
その瞬間アデーレの意識は消えた。
けたたましい雄叫びをあげ髪巨人の体は崩れていった。
「はぁ………。」
流石に疲れたのかエミリアが膝をついた。同時に眠気が襲ってくる。
本来は寝ている時間なのだ。
気の抜けたエミリアはそのまま前に倒れこむ。
「ーーー!!」
誰かが呼ぶような声なんてもう聞こえなかった。
帝国で少女を拐い、血を啜って生きてきた吸血姫はこの世を去った。
ブリュンヒルデは友の亡骸を前に手を合わせると彼女がせめて来世では平和に過ごせることを願った。
この後、エミリアら五人はブリュンヒルデを迎えに来た騎士団と共に帝都へと向かうことになった。
深夜であったためエミリアに次いでレイラ、ハンナまでも眠ってしまった。
三人が寝ている間にナタリーとクリスティアナが何やらブリュンヒルデとお話をしたようだがそれについてはまた後日。




