死神少女達と黒き巨人
【ベルセイン帝国 巨大湖の町レキノ】
その城はこの地を象徴する物だった。
今はアデーレが伸ばした意思ある髪に覆われ、締め付けられていた。
城から甲高い叫びが聞こえ、同時に何かが崩れるような音がした。
この地の象徴が一つ消えたようだ。
そして髪の動きが変わった。
広がっていた髪は何かを形成するように集まり始めた。
月明かりに照らされたそれはだんだんと人のような形をとっていた。
「…………髪巨人。」
変化の課程を見ていたエミリアが呟く。
上半身だけの髪の巨人は見上げるほどのものだ。恐らく邪神が宿った石像以来だろう。
巨人は腕を使い前に進み始めた。
ハンナがクロスボウを放ち、ナタリーが魔法で迎え撃つ。
ところが髪巨人は動きを止めない。
それどころか効いてる様子が無かった。
エミリアはナイフを二本ほど投げたが効き目が無かった。
舌打ちするとまた邪神の時のようによじ登ろうかと考え始めた。
その時エミリアの持つグリムリーパーが赤く光り出す。
「………使えって?」
赤く光る剣を逆手から構え直す。
グリムリーパーを通して何かが流れ込んでくる………。
今なら何か凄いことができそう。
エミリアに謎の自信が沸き、グリムリーパーを振り上げる。
髪巨人から髪の束が伸び、エミリアの目前にまで近づいた。
「でいっ!!」
グリムリーパーが勢いよく振り下ろされ、髪が纏めて切断された。
それだけではない。
グリムリーパーから赤い衝撃波が放たれ、髪巨人へ向け真っ直ぐ飛んでいく。
「アアアァァァァ!!」
直撃。
腹部の髪が吹き飛んだ。
「『サンダーボルト』!!」
「ギャアアァァァ!!!」
髪が吹き飛んだ場所に雷撃が放たれた。
「思った通り、あれは鎧の役目を果たしていますわね!お姉様っ、もう一度今のを!!」
エミリアは頷くとグリムリーパーを大きく振った。
「『アイスランス』!!」
衝撃波の後に続き氷の槍が突き刺さる。後からクロスボウも五発連続で命中。
髪巨人が苦しみ悶え、更にナタリーが追撃を試みる。
が、衝撃波の当たった箇所は髪で塞がれてしまった。
「面倒ですわねっ!!」
この衝撃波を飛ばすというのはエミリアにとって妙な感覚だった。
彼女にとって飛び道具は投げナイフくらいしかなかった。
魔力のないエミリアには魅力的なものだ。
ナタリー、ハンナが髪巨人にダメージを与えられるよう衝撃波を連発していく。
髪で塞がれる僅かな時間にありったけの矢、高威力の魔法が襲いかかる。
少し離れた木陰で場所でクリスティアナはレイラを介抱していた。
離れているがここから三人に障壁を付与しており、多少の攻撃で傷つくことはなくなる。
もっと近ければ強力な障壁が使えるのだが。
「ん………うぅ。」
「気がつきましたか。」
「………せーじょさま?」
回復したレイラをクリスティアナが抱きしめる。
怖い思いをしたのだ、エミリアの代わりにはなれないが安心させなければ。
ふと、轟音がしてレイラが振り返る。
「っ!?なにあれ…………あ、お姉ちゃん!!」
髪巨人とエミリア達が戦っている。
豪快に衝撃波を放つ姿は思わず見惚れそうだが、相手は今まで見たことのない巨大な魔物。
レイラは知らないが元が城なだけあり図体は大きい。
「お姉ちゃん達を助けに行く!」
「はぁ………予想はしてましたが止めても無駄でしょうね。」
普段は素直だがエミリアが絡むと意外と頑固になる。
気持ちはわかるがナタリーに似てしまったのだろうか。
「レイラ、ちょっと頭を。」
「?」
クリスティアナがレイラの額に手を翳すと僅かに光った。
「気休めですが貴女の助けになるでしょう。」
「うん、ありがとせーじょさま!!」
そう言うとレイラは走り出した。
「私だけここに居るわけにはいきませんよね。」
クリスティアナも後からぱたぱたと走る。
「むぅ…………。」
まるでキリがない。
ナタリーの魔法、ハンナの毒矢は確実に効いているはずだ。
しかし髪の再生力が高すぎて効果的にダメージを与えられないのだ。
グリムリーパーを思い切りぶん回せばもっと大きな衝撃波が出ないだろうか。
「よし。」
エミリアは先程よりも大きく振り上げた。
目を閉じて集中力を高める。
「でぇい!!」
今日一番の衝撃波が放たれた。
「アアァァァァァ!!」
髪の鎧が一気に消し飛ぶ。
あの様子では本体もダメージを受けたようだ。
逆上して伸ばしてきた無数の髪はエミリアに向かう。
「あっ。」
捌ききれなかった髪がエミリアの右足を掴み、ずるずると髪巨人の方へと引きずられていく。
髪を断とうとグリムリーパーを振るが慣れない格好で中々当たらない。
「っ!?」
氷の槍が真上を通った。
ナタリーがエミリアを助けようと放ったのだろうが位置の関係でほぼ全てが眼前を横切る。
気づいたら髪巨人の前にまで運ばれたエミリア。
背中から地面の感覚が突然無くなる。
自分の体勢に気がつき反射的にスカートを抑えた。
髪を断つことよりもそっちの方が優先順位が高いらしい。
「ギャオォォォ!!」
「グゥゥ!?」
髪巨人に何かが突進してきた。
聞き覚えのある鳴き声、仄かに感じる暖かさはフレイムドラゴンのものであった。
髪巨人はフレイムドラゴンよりも一回り大きいが突進でよろめかせるほどの威力があったらしい。
「グルルルッ、ガァオッ!!」
口から炎を燻らせ一声吠えた。
エミリアを離せ、とでも言っているのか。
煩わしいとばかりに右腕が振り下ろされた。
「グッ……グァァウ!!」
幼体とはいえ17mの巨体、一撃で潰れはしなかった。
瞬時に右腕が眩い炎に包まれた。
「オォォォォ!!?」
熱いのか髪巨人が暴れまわる。
ナタリーの魔法では見られなかった反応だ。
問題は髪巨人が暴れるせいでエミリアを掴む髪も振り回されしまったことだ。
片足だけ掴まれた状態だったためエミリアには堪ったものではなかった。
身体が引き裂かれそうな激痛、激しく揺さぶられる脳、あまりの衝撃にグリムリーパーを放してしまう。
「…………ぐぅっ!!」
エミリアの小さな身体は振り回された反動で髪巨人に叩きつけられた。
悔しいが丸腰の彼女ではどうにもなりそうにない。
その時、エミリアは突然浮遊感を感じた。
ナタリーが飛ばしたであろう風の刃が髪を切断したのだ。
だがタイミングが悪かった。
ちょうど髪が上方向に動いてしまっていた為エミリアが飛ばされてしまった。
飛ばされる方向は……………湖。
フレイムドラゴンは髪巨人と取っ組み合いを始めており来れそうにない。
揺らされ過ぎて頭が痛い。
体力的に泳げるだろうか、溺れて死ぬ?
ナタリー辺りが叫ぶような声が聞こえるが流石に間に合わないと思う。
お父さん、お母さん、そっちに行ったら怒るかな。
「ギュウゥゥン!!」
エミリアは湖には落ちなかった。
強い風を感じる…………あの子が迎えに来た?
だが遠くでフレイムドラゴンの雄叫びが聞こえる。
「間に合ってよかったわ。」
エミリアは鎧の女性に横抱きにされていた。
面影のある顔、そして何だか懐かしい香り。
まさか、この人は…………
「おかあ…………さん?」
「残念、おばさんの方なの。」
女性が手を翳すとエミリアは急激な睡魔に襲われ、そのまま寝息をたて始めた。
「こんな小さな子相手に大人げないわね…………私が貴女を止めてあげる。」
女性…………皇妃ブリュンヒルデは友人の成れの果てである巨人を睨んだ。




