死神少女は吸血妃に挑む
過激な残酷描写に注意してください
【ベルセイン帝国 巨大湖の町レキノ】
「仮にも伯爵夫人に殺害予告?不敬罪で牢屋行きね。」
「ふけーざい?知らないけど、あんたを何とかしないと出られないみたいだし。」
「玄関の魔方陣なら魔力を多く流せばそのうち解除できますわ。」
あの時エントランスに全員揃っていたら脱出できていたのだろう。
「ここまで来たのだから教えてあげる。私の狙いは貴女達の血よ。」
「血?」
「私の美しさを保つには女の子の血が必要なの。あの赤い髪の子のは別格だったわねぇ。」
エミリアは目の前の女性がすでに人間ではないことに気づく。そしてレイラ………フレイムドラゴンの血を飲んでいる。
アデーレの瞳が怪しく光ったような気がした。
「あの子の血を飲んでからいろいろと絶好調なのよ。力が漲って………今なら何でもできる気がしてならないの。」
アデーレが立ち上がるとエミリアにゆっくり近づいてくる。
「貴女からは魔力は感じない、でも血色良さそうな肌が魅力的に見えるの。だからね」
「貴女の血をちょうだい!!」
アデーレが飛びかかる。
動きを読んでいたエミリアはうまく避け、ナイフを投げ…………ずに後ろへ飛んだ。
アデーレの爪が凪ぎ払われる。
その爪は明らかに人ならざる者の長さだった。
僅かに飛ぶのが遅れたのかエミリアの頬に赤い線が引かれた。
爪に付着した血を舐め取るとアデーレの顔が生き生きしてきた。
「悪くないわねぇ。若い女の子の血は新鮮な物に限るわ。」
「………変態。」
「うふふふ、もっと私のために血を流してちょうだい。」
再び爪が振るわれた。
接近戦は完全に不利だと悟ったエミリアは飛び退いてナイフを投げる。
ナイフが爪で払われた。
あの爪は相当硬いらしい。
「次はこれよ!」
アデーレが手をかざすと魔方陣が展開、黒いガラスの様なものが発射された。
側にあった小さな机を倒して隠れる。
盾としては頼りないが彼女の小さな体は完全に隠された。
机に無数の黒いガラスが突き刺さる。
「っ!!」
強い殺気を感じ机を放り投げた。
ガツンと鈍い音がしアデーレが転倒、飛びかかってきていたらしい。
「うぅっ………!?」
アデーレは起き上がる。
そして手の平に付着した自分の血を見た。
「顔が…………私の美しい顔がっ!!」
アデーレから大量の魔力が漏れ始めた。
顔を傷つけられ、我を忘れているのか甲高い声をあげ始める。
危険を感じたエミリアが部屋から脱出を試みた。
が、扉は固く閉ざされていた。アデーレが魔法で施錠してしまったのだ。
アデーレが魔方陣を展開している。
障害物になりそうな物は近くにない。
黒いガラスの雨がエミリアに向け発射された。
「うっ…………。」
咄嗟にグリムリーパーを盾にしたエミリア。
しかし隠れきれなかった部分には無数の黒いガラスが突き刺さっていた。
「あっ………。」
気づいた時、アデーレは目の前で腕を振り上げていた。
ざくっ。
倒れたエミリアの左腕が裂かれると多くの血が流れ出す。
アデーレが傷口に口を当て、直接血を吸い取ると満面の笑みを浮かべた。
「これからたくさん血を貰うわね。活きの良いお嬢さん。」
ひとまず動けなくしようと縄を探す。
不埒な輩が侵入した時の為に常備しているのだ。
しかし予想外の被害が出てしまった。
それに少々この地に居すぎている。
日が昇ったら何処かへ身を隠すべきだろう。
縄を見つけたアデーレが振り返る。
「ぎゃあっ!!」
突然の鈍痛。
転倒したアデーレが見たのは大きく見開かれた青い瞳。
手にしたガラス製の花瓶にはアデーレの血が付着していた。
あれを喰らってまだ動けるのか?
小さな身体には無数の黒いガラス、未だ血は流れている。
鋭い爪がエミリアを容赦なく切り刻む。
防御もせずにまともに受けてしまう。
が、先程と違い怯むことなく近づいてくる。
ならばと魔方陣を展開、再び黒いガラスをエミリアに向けて発射する。
ところがガラスをまともに、顔にも刺さっているにも関わらず倒れる気配がない。
「あぐっ……………!?」
エミリアが首を掴むとそのまま倒し、花瓶で殴り始めた。
殴る、殴る、過剰に、殴る。
殴る度にエミリアの顔、身体に血が飛び散る。
スイッチが入るとエミリアはグリムリーパーで殺るよりも、鈍器等で殴りつける傾向にあるのか上等な元聖剣は床に放置されていた。
「お姉様ぁぁぁぁぁ!!!」
ズドンと扉が吹き飛ばされるとナタリー達が入ってきた。
そしてガラスだらけで血塗れのエミリアを見てナタリーが卒倒してしまった。
「エミリアっ………一体何が………?」
「ん…………強かった。」
あまりにも痛々しい姿にクリスティアナが少し泣きそうになった。
「動かないで………治してあげます………。」
何かを呟くとエミリアが光り始め、傷と突き刺さったガラスが消えた。
こらえきれなくなったクリスティアナがエミリアに抱きつく。
「良かったです…………生きててくれて………。」
「まだ死ぬつもりはないよ。」
「私のいない所でいつも無茶苦茶するからですっ。」
「エミリア、無事うぉっ?!」
「ふぎゃ!?」
部屋に入ったハンナが倒れたナタリーに気づかず踏みつけてしまったらしい。
たまらず横にころげ机に激突した。
「ぐぉぉ………」
「あー………賢者さんごめん。」
「ハンナ、鼻は大丈夫なの?」
「やっと馴れてきたよ。」
レイラをおんぶしてるハンナは鼻を抑えていなかった。
「死ん………でませんよね?その人。」
「息はしてる。」
ここで殺していたら帝都へ入って即牢屋行きである。
「ウフフフフフ」
倒れていたアデーレが不気味に笑い出した。
「誰も逃がさない…………私の為に血を流しなさいっ!!」
アデーレの髪が伸び始めた。
あっという間に部屋を覆い尽くしていく。
「アハハハハハハハハハ!!」
「走るよ!!」
部屋から全員飛び出すと髪の毛も後を追うように伸びていく。
レイラをおぶっているとは思えない早さでハンナは廊下を走り抜ける。ようやく本来の力が発揮できるようになったらしい。
ナタリーは強力な風魔法で起こした風に乗って浮遊する。その間も全員にスピーダーで足を速くさすていた。
遅れてエミリアとクリスティアナ。
足の遅いクリスティアナにエミリアが歩調を合わせていた。
その間に髪の毛が接近してくる。クリスティアナの足では追いつかれてしまうためエミリアが髪を排除していた。
「きゃあああ!!」
「助けてぇぇ!!」
侍女達が髪に巻き込まれたらしい。
見ている余裕はないが、多分取り込まれたのだろう。
周りから軋むような音がし始めた。
髪の毛が城を取り込み始めたようだ。石造りの城にこんな音をさせる…………あれに捕まったら今度こそ退場するかもしれない。
エミリアはいつも「まだ死なない」「死ぬつもりはない」などと言っているが『何処まで生きるか』はもう決めていた。
その時が来るまではどんな手段を取ろうと必ず生き延びるつもりでいる。
「おりゃああ!!」
バキッとナタリーが玄関を破壊してくれた。
外にシャンデリアが飛び出していったのを察するにあれを風魔法でぶつけたのだろう。
魔方陣を解除する選択肢はナタリーから消えていたようだ。それでいいのか賢者。
外に出た一行は城を振り返る。
「アアアアアァァァァァ!!!」
アデーレと思われる雄叫びが響き渡る。
既に城の大部分は髪に覆われ不気味に蠢き、今にも動き出しそうだ。
「………………面倒臭いなぁ。」
眠そうに目を擦るとグリムリーパーを逆手に持つ。
「手伝って。さっさと倒して寝たい。」
「勿論ですわ!」
「任せて!」
「怪我は私が治します。それしかできませんが…………。」
レイラはまだ目覚めない。
木陰にクリスティアナとレイラを残し、三人は巨影に突っ込んでいった。
『主のために、力を貸すよ。』
そんな声が聞こえた気がした。




