死神少女は招かれる
【ベルセイン帝国 巨大湖の町レキノ】
馬車に揺られてやってきたのは湖の畔にある小さな町レキノ。
その外れにある聳え立つ石造りの城に馬車は向かう。
ここまで来るのに半日かかっており、エミリア以外は寝てしまっていた。ナタリーがだらしなく涎を垂らしていたためハンカチで拭いてあげる。
普段の口調からは想像ができないだらしなさだ。
……エミリアの右肩がちょっと濡れてしまった。
馬車が城門前で止まる。
直後城門が開き侍女達が出迎えに現れた。
「お待ちしておりました。城内で主がお待ちしてます。荷物は無いようですのでご案内いたします。」
機械的に侍女が誘導していく。
この時馬車は中には入るが御者と着いてきた皇帝の使いは城のすぐ外にある宿に入っていった。
「我が主は男性を酷く嫌っています。その為皇帝陛下といえど城へ入ることが出来ないのです。」
わざわざ侍女が説明してくれた。
「目には見えませんがそういう結界も張られてますね。嫌な思い出でもあるのですかね。」
ナタリーとクリスティアナには城を覆うように男性を弾く結界が感じ取れた。
かなり高等な術式なのだろう。
城に入るとハンナが鼻を抑えた。
「う………なんか臭わない?」
エミリア達にはわからないが彼女には何か不快な臭いを嗅いでしまったらしい。
「この城は築城時に特殊な薬剤を使ったそうです。その臭いは敏感な方にはわかるらしいですよ。」
「そうなのかなぁ………。」
侍女は説明するがハンナはどうにも納得いってない。
刺激臭でなければ一応平気なのだが。
「気分が悪いのでしたら先に部屋へ行かれますか。」
「皆ごめん、それでお願い。」
「ゆっくり休んでハンナ。」
別の侍女がハンナを客室へ連れていく。
そんなに気分が悪くなる臭いがあるものなのか、エミリアは首を傾げるが何も感じない彼女にはわからなかった。
案内された部屋には深紅のドレスに身を包んだ美しい女性と侍女がいた。
「ようこそ、お待ちしておりましたわ。」
ナタリーとクリスティアナが頭を下げたので釣られてエミリアとレイラもぺこりとお辞儀する。
「アデーレ・ハーブルクと申します。伯爵夫人と呼ばれることもありますが名ばかりの爵位なので名前で結構ですわ。そもそも結婚しておりませんし。」
「お噂は聞いておりますわ。日も暮れてますし、今夜は我が城で旅の疲れを癒してくださいまし。」
側にいた侍女に何かを伝えると侍女は一礼をして部屋から出ていった。
「ところで五人だとお聞きしたのですが?」
「ここに来たら具合悪くなったみたい。」
「先に客室で休んでます。」
「まぁ、それはおかわいそうに………。」
「お薬とかはありますか?お金は払います。」
「お金なんていりません、皇帝陛下のお客様なのですから。」
なかなか良い人そうだ。
見ず知らずの人間に無償で薬をくれるらしい。
夕食後にそれぞれの客室に案内してもらった。
エミリアと一緒に寝られないことに三人は不満そうだった。
長旅の影響で眠気が襲ってきたらしく、各々の部屋に入っていった。
「ハンナ。」
「あっ………エミリア?」
夕食にも現れずダウンしていたハンナ。
流石に心配になったエミリアが見舞いにやってくる。
「大丈夫?」
「だめかも………本当にここにいなきゃだめ?」
「そんなに変な臭いする?」
「何かが腐ったような臭いがするんだけど………どうかしちゃったのかな………?」
ハンナの五感は常人離れしているせいで慣れない人工物の臭いに反応してしまっているのか。
いくら考えてもわからない。が、ハンナをこのままにもできない。
「んー………うん。」
と、エミリアが何か思い付いたようにベッドに腰かけた。
「エミリ…ぅむっ?!」
エミリアはハンナの顔を抱き寄せた。ちょうど薄い胸の辺りに顔が来るようにして。
「少しはマシになるといいけど。」
「んむ…………。」
ハンナは成人一歩手前の少女だが未だに精神的に親離れできていない。
エミリアと出会ってからはある程度成長したものの、時折母の温もりを求めて胸にダイブしてくる。
ナタリーやクリスティアナにもやったが結局エミリアに戻ってきた。
彼女の記憶にある母の感触とエミリアの胸が一番近いらしい。
つまりハンナの精神的な癒しを与えて気を紛らそうとしているのだ。
それに今はエミリアの胸によって腐敗臭が遮られている。
少し経つと寝息が聞こえてきた。
ハンナが心配だがエミリアも自分の部屋に戻らなければならない。
それに、眠い。
思ったより疲れているらしい。
「わっ。」
扉を開けると侍女が立っていた。
薬を持ってきたらしい。
「ハンナは寝ちゃった。ちょっと楽になったみたい。」
「そうですか。取り敢えず薬は置いておきますね。」
「ん………。」
エミリアは覚束ない足取りで客室に戻るとすぐベッドにダイブした。
一分も経たず寝息が聞こえ始めた。
真夜中。
少女が寝るベッドに忍び寄る影があった。
影は音もなく近づいていく。
布団を剥がし、腕を掴む…………。
ちくっ。
アデーレの寝室には一人の侍女がいた。
「ふふふ、今回はどんなものかしら。」
彼女の前には僅かの量が注がれたコップが二つ。
「でも二人分しか用意できないなんてね。」
「二部屋は強力な結界に阻まれ侵入できませんでした。もう一部屋はその………侍女が負傷を。」
「負傷ですって?」
「近づいた瞬間斬られたそうです。」
「あら………御愁傷様ね。効果が切れちゃったのかしら?」
アデーレはすぐに興味を無くしてコップを手に取り、赤い液体を飲み干した。
「………これは?!」
「いかがなさいました?」
「今までで一番美味しいわ………人間でこんな味は絶対にない。力もなんだか増した気がするわ。」「ご主人様………では?」
「この血をもっとちょうだい。」
アデーレは人ならざる覇気を纏っていた。
彼女は夜に生きる存在、吸血鬼だった。




