船内での出来事
【ナーガ海 貨物船内】
「うぅ…………暑い。」
エミリアは船内のベッドで横になっていた。
港で喰らった矢に塗られた毒で身体が動かない。
毒自体はクリスティアナが完全に消し去ったが症状がまだ残っているのだ。
「バジリスクの神経毒………!」
「お姉ちゃん…………」
夏でもないのに暑がる様子からハンナは魔物の毒だとすぐわかった。冷やせば少しは楽になるのでナタリーに氷を用意してもらっている。
レイラはもう半泣きだ、もう死ぬのだと思っているのだろうか。
「普通の氷でよろしいのですね?」
「え?う、うん。」
普通じゃない氷とはなんなのかすごく気になる。
彼女は賢者だ、溶けない氷くらい出せるのだろう。
ベッドのシーツを切り取った(無断で)ハンナはそれに氷を詰めて氷嚢とした。
矢が刺さっていた場所に当てるとエミリアが少し唸る。効いてる証拠だ。
「矢一本に塗れる量だから半日くらいで良くなるかも。聖女さんがいなかったらもっと暑がってたよ、ありがと!」
屈託ない笑顔にクリスティアナは嬉しくなる。
以前は王族貴族ばかりを相手していた彼女はこういった裏表ない人間に飢えていた。
帝国へ帰ったら一平民として過ごすつもりである。
「そういえば帝国へ向かっているとのことですが、どこに着くのでしょうか。」
「帝都に近いセーベグではありませんか?」
「セーベグ………スレイルからは一番近い港ですね。ちょっと船員に聞いてみましょうか。」
「食べ物分けてもらえるか聞いてくるね。」
クリスティアナとハンナが部屋からでていく。
ナタリーとレイラがその間エミリアを看病することにした。
レイラはナタリーの膝の上。エミリアとは違う安心感があるようだ。
やがて少し楽になったのかエミリアが寝息をたて始める。
「レイラちゃん、お姉様を見ていてくださいます?」
「賢者さまも行っちゃうの………?」
「大丈夫ですわ、すぐ戻ります。」
そう言うとナタリーは部屋から出ていった。
「あの二人は何処へ行ったのでしょう?」
あれから20分は経っている。ハンナはともかくクリスティアナまで戻らないのはおかしい。
船自体はそこまで大きくない、迷うにしても船員に聞けばいいこと。
「どなたかいませんのー?」
返事がない。この船に乗った時点で船員何名かと話はした。
一先ず甲板へ出てみよう、全員上にいるのかもしれない。
「ん?………くっ!このっ!」
甲板へ出る扉が開かない。柄にもなく蹴破ろうとするも手応えがなく、逆に足を痛めた。
扉の向こうに何か置かれているのだろうか。
「何をしてる?」
「ひゃ!?」
急に話しかけられて普段あげない声をあげてしまった。
背後には何処から出てきたのか船員がいた。
「甲板へ行こうとしたら出られませんの。」
「またか。扉の前に物を置くなっつってるのによ。来なよ、別の道がある。」
「ありがとうございます。」
ナタリーは船員に着いていく。
船が軋むような音がどことなく不気味だ。
「そういやぁあんたは賢者さんなんだって?」
「えぇ。まぁ自慢するほどのものではありませんわ。」
「そうか、なら十二分に良い。」
「何がですの?…………ぐっ?!」
その瞬間ナタリーは船員に腹部を殴られ膝を着いた。
無警戒だった彼女は防御魔法を使う間もなくまともに受けてしまった。
「悪く思わんでくれ、船長のためなんだ。」
ナタリーが見上げると船員はロープを持っていた。そして後ろからも足音が複数聞こえる。
エリック・カーターは帝国出身の船乗りだ。
帝国と王国、アズマとの交易を支える貨物船の一隻を操り国同士を繋げてきた。
彼の船は早くに亡くした父のを継いだもので年期が入っているものの、まだまだ百年は行けると豪語している。
海が好きな彼はこの仕事が好きだった。あまり家に帰れず家族とあまり顔を合わせられないが、家族はそんな彼を誇りに思っていた。
ある日彼は愛する妻から知らされてしまった。
息子が賭博で莫大な借金を負わされたことを。
エリックは息子がギャンブル好きなことは知っていたし、別に停めるつもりもなかった。
変に口を出して親子の縁が切れてしまうのを恐れていたし、深くのめり込んでいる訳でもなかったから注意もしなかった。
借金を返すために彼は生活を切り詰め、できるだけ多くの仕事を受けるようになった。
しかし借金は金貨三百万枚、とても返しきれる額ではなかった。借金取りに怯える妻のためにもなんとかしたかった。
ある日彼は一人の男から取引を持ちかけられた。
それは彼が今まで築き上げた信用を失いかねないものだが、同時に借金をすぐに返せるだけの金が手に入るものだった。
仕事の内容は少女10人を連れてくること。
彼は奴隷商だった。
エリックはもう手段は選んでいられなかった。
信用できる船員を選出し、彼は王国へやってきた。
偶然は重なる。
彼はキャプテンフェイズから五人の少女を黙って帝国へ連れていくように頼まれた。
一人怪我をしてしまったが問題ない。
既に船には積荷が出来上がっていた。
これで帝国へ向かえば彼は借金地獄から逃れることができる。
縛られたクリスティアナは戦慄した。
船長であるエリックは彼女が聖女だからか全てを話した。
気持ちはわかるが回りにいる少女の未来を奪うことは許されることではない。
騒がれないように口まで縛られた彼女は、更に連れてこられたナタリーを見て背筋が凍ってしまう。
ナタリーとクリスティアナは幼少期を共に過ごしていたから知っている。
村の教会の神父があの子を騙して誘拐した時、教会は血の海と化した。
ある冒険者がデートだと誘って森で襲ってきた時は畑に顔の無い案山子ができあがった。
彼女は嘘を嫌う。
そして今この場にはナタリーとクリスティアナ、ハンナがいる。
噴火は時間の問題だった。




