死神少女は血に染まる
【ブランウェル王国 ガンダル村】
村とはいえ、やはり人が多い場所となると良くないものが現れるものか。
それともそういった集団が近くにいるのか。
先程エミリアを路地裏に連れ込んだこの男はその仲間なのだろうか。
身長が低いと甘く見られてしまう。怒鳴れば怯むと思っていたらしい。
冷めた目で息絶えた男を見る。
時刻は日の出直後。男が悲鳴をあげる前に処理したのでまだ発見はされないはず。
…………こんな場面、あの子には見せられない。
男の服でナイフを拭うとその場から立ち去る。
「あ…………何か聞けば良かったかな。」
今更後悔しても遅い。
それにここでは何もなかったし、誰もいなかった。
そうあるべきなのだ。
器用にナイフを回しながら鞘に納める。
数時間後、ガンダル村は騒然としていた。
昨日エミリアが仕留めたのはダークハーピィという変異体の魔物らしく、ギルドの関係者と思われる職員が討伐者を探していた。
はるか昔、邪神と呼ばれる存在がこの地に降臨した時に凄まじい量の障気を放った。
障気をまともに浴びた魔物は黒く変色し凶暴化、多くの人々が犠牲となった。
やがて勇者により邪神は倒された。
しかし、変異体の魔物は未だに各地で暴れており、邪神との戦いはこの変異体の殲滅によってようやく勝利をおさめることになるのだ。
いつもの広場で寛ぐ。
いつの間にか赤髪少女との待ち合わせの場所になっていた。
赤髪少女を撫でてるときに嫌な気配に気づく。
この場にいるといつも感じる暖かな視線とは違った。
そう、朝エミリアを連れ込んだあれを感じた。
赤髪少女に気づかれないように周りを見渡す。
あぁ宿の方からだ。よっぽどエミリアを連れ去りたいらしい。
そうだ、いっそ捕まってアジトに連れていってもらおうか。
最近食べてばかりだし良い運動にはなる。
となると今日は早めにこの子と別れることになる。
少し名残惜しいが仕方ない。こういうのは早めにやっておくべきだ。
昼過ぎに赤髪少女と別れたエミリアは宿の周辺をうろつく。
嫌な視線はまだ感じる。きっとあの商人が連れていそうな荷馬車からだ。
ナイフはいつでも投げられる。騒がしくなりそうだがなんとか誤魔化せるだろう。
荷馬車を通りすぎた時、急に視線が消えた。
何事かと振り向いてみる。
荷馬車に赤髪少女が連れ込まれているのを見てしまった。
エミリアは目を大きく見開いた。
どうしてあの子が?まさか着いてきてしまっていたのか?
だがそれらしき気配は一切感じなかった。
いや、それよりもあの子を助けないと。
いつの間にかあの子に愛着のような物が湧いていた。
【黒の森】
荷馬車は森の方へ向かっていた。
ただエミリアが処刑した盗賊のアジトとは方角が違った。
荷馬車は案外遅かったので着いていくのは余裕だった。
やがて荷馬車は小屋にたどり着く。
荷馬車から数人の柄の悪そうな男が出てきて赤髪少女を乱暴に降ろし、小屋へ連れていく。
小屋の扉が閉まると二人の賊が見張りを始める。
小屋には窓が全くなく、見張り以外の方向から近づいても気づかれないが入り口が一つしかなかった。
荷馬車の影から様子を見てみる。
見張りと見張りの距離は案外近く、二人を同時に処理する必要があった。
片方の見張りが欠伸をした。
瞬間、欠伸をしてない見張りの頭と喉にナイフが刺さる。
荷馬車から飛び出したエミリアは素早くもう一人の見張りに接近して喉を掻き切る。
二人とも即死だった。
小屋に忍び込むと意外にも盗賊仲間は居なかった。
下の方に気配を感じる……地下室があるようだ。
小屋の奥に階段を見つけたエミリアは足音を立てずに下りる。
階段の先に扉が一枚。その先から怒鳴り声が聞こえる。
扉を少し開けて中を見る。
盗賊が数人、小さな子供がたくさん見えた。
赤髪少女が子供たちを守るように先頭にいて、大きな男がなにやら怒鳴っていた。
ナイフを構えたエミリアは突入しようとする。
その時だった。
大男が赤髪少女を持ち上げ、頬を思い切り叩いた。
エミリアの中の何かが切れた。
扉を蹴り飛ばすと、まず大男の両手にナイフを投げつける。
扉の近くにいた男は二人いて、エミリアに気付いた瞬間に喉を切られた。
ビール瓶が飛んできたので投げナイフで返す。
次は見覚えがある、赤髪少女を連れ去った男。
闇雲に剣を振り回してエミリアに対抗するが足にナイフを当てられ、動きが止まった所でナイフを突き刺す。
視線を向けるとリーダー格らしき小太りの男が逃げようとしていた。
すぐに追い付くと顔に一撃加える。
悲鳴をあげ倒れた小太り男に馬乗りになって体の色々な場所にナイフを突き刺した。
息も絶え絶えになった所で頭を踏みつけ、徐々に力を強めた。
小さな身体のどこにそんな力があるのが床が軋むほど強く踏みつけていた。
この時のエミリアは普段の冷静さを欠いていた。
だから後ろにいた大男に気づかず、後頭部に衝撃を受けてしまった。
ヴェングロはとある人攫い専門の盗賊の用心棒のようなポジションにいた。
金払いは良いし、自分の力を必要としているこの職場に不満はなかった。
この1ヶ月は奴隷市場に流す為の子供を獲物にしていた。
今日は青い髪と赤い髪が特徴の小娘二人が標的だった。
一部は青い髪の少女、ヴェングロ達は赤い髪の少女を担当し、見事捕獲し退散した。
青い髪の方を狙った仲間は戻ってこなかった。
冒険者に見つかったものとして置き去りにしたのだ。
小屋について赤い髪の奴を地下の例の場所に連れ込む。
今まで拐ってきた子供をしつける場所だ。
最初の方に拐ってきた子供はすっかり大人しくなったが、まだまだ泣き叫ぶ子供がいる。
ヴェングロのもうひとつの仕事は子供を黙らせることだった。
泣いている少年を黙らせようと蹴り飛ばす。
するとついさっき連れてきた赤髪少女が男の前に立ちはだかる。
少年を庇うような行動にイラっときた彼は怒鳴り付けていた赤髪少女を退けようとしたが、少女は首を振って男をまっすぐ見る。
頭に来た彼は赤髪少女の胸ぐらを掴み、頬を強く叩いた。
直後、両手を激痛が襲い地獄のような殺戮劇がはじまった。
痛みに慣れたヴェングロは、たった一人で乗り込んできた青髪少女が標的だと気づく。
リーダーを痛みつけるのに夢中なのかこちらに気づいていない。
ヴェングロは椅子を持ち上げると青髪少女…………エミリアにぶつけた。
椅子をぶつけられたエミリアは動きを止めた。
ヴェングロは何度も何度もエミリアを攻撃した。
お前のせいで全てが台無しになった、だからお前は俺の手で!
そんな気持ちで椅子で叩いていると椅子の脚が全て折れてしまった。
殴られている間、エミリアは不気味なくらい静かだった。微動だにしていない。
ヴェングロに何か言い知れない恐怖が襲いかかる。
エミリアはゆっくりと立ちあがり振り向く。
「痛いなぁ。」
頭を殴られたにも関わらず表情は無、
頭から流血して顔の半分が血に染まっており、さながら殺人現場を見られた殺人鬼のような表情だった。
いつの間にか手にしていたビール瓶をヴェングロに叩きつける。
怯んだヴェングロを更に殴り付ける。
殴る、殴る、殴る。
倒れても尚、殴り続ける。
殴る度に少女は返り血で染まっていく。
ビール瓶が割れるとその辺に捨て、ナイフで止めを刺す。
しかしヴェングロはまだ呻き声をあげていたので、顔を踏みつける。
少しずつ力を強め………………踏み抜く。
エミリアの下半身も血に染まった。
やりすぎた。
赤髪少女が殴られているのを見てからエミリアは、ただ感情のまま処刑を始めた。
殺気すらも感じとれず何発か貰ってしまったのも悪かった。お陰で必要以上に痛め付けてしまい、物言わぬ死体となってしまった。
しかもこの場には赤髪少女もいた。
あぁ、幻滅されたかな。
「………………もうすぐ迎えが来るからその人たちに着いていって。皆、おうちに帰れるよ。」
実際、何人かがこの小屋に向かっているのを感じとっていた。
となると全身血塗れのエミリアは今ここに居るわけにはいかなかった。
そう言うとエミリアはさっさと小屋から出ていった。
小さな「ありがとう、お姉ちゃん。」という言葉は聞こえなかった。
着替えどうしよう。
今日は村に戻れそうに無かった。