死神少女受け入れ体制
【ベルセイン帝国 ハーベリア城】
ベルセイン帝国、帝都ハーベリオス中央に位置する巨大な城。帝国の威を表すかのような巨城は王国に対抗して建てられたと言われている。
城の所々に使われている赤は栄光を意味しているらしい。
カイゼル髭を生やした皇帝ハワード・ベルセインは執務室で宰相と皇太子から報告を受けていた。
「聖都で立ち往生か………いずれにしろこちらは待っているしかできぬか。」
「はっ。しかしあまりにもタイミングが良すぎます。」
「あそこの第二王子は聖女殿に夢中だと聞いている。奴がやらかしたか、それ以外の何かか………」
宰相クリックス・サルゲルトはこめかみを抑えた。第二王子のことは他国の王族ながら以前から目をつけていた。以前外交で訪れた際に皇女を口説き落とそうとして危うく問題になりかけたからだ。
「エリオットの忘れ形見か…………まさか賢者の姉が生きているとはな。」
「あの大火事ですから、誰もが亡くなっていると思いましたよ。」
「ただの火事なら良いのだがな。」
「……父上、まさか人的に起きたと?」
「あいつのことはよく知っているつもりだ。間違っても火の不始末などで死ぬなど………」
エリオット・ルーベンスはハワードの幼馴染みだった。魔法こそ使えなかったが、平民ながら帝国軍を束ねる将軍の座に実力で登り詰めた男。クリックス以外にハワードがタメで話すことができ、友人としてハワードに物怖じせず意見もしてきた
彼のおかげで今の帝国があると言ってもいい。
美しい妻を娶り、二人の娘も産まれ、幸せそのものだった。
焼死体で発見されるまでは………。
発見された遺体は使用人数名、エリオットと妻。エミリアの遺体は発見されなかった。
魔法学園にいたナタリーはそれはもう取り乱したそうで、自慢の青髪の色が抜け落ちるほど消耗してしまっていた。そして姉が死んでいないと不確定だが僅かな希望を糧に生きていた。
「オーランド剣術を習得したエリオットの娘は王国にとって驚異となるだろう。密偵の数を増やしておけ。」
「ははっ。」
「賢者殿が付いているとはいえどんな手で来るかわからん。必要に応じて手を出す許可をしておく。」
たった一人の少女に対する対応にしては行き過ぎな気もするが、エリオットは帝国の大恩人だ。帝国としては王国に人質として捕まることを恐れているのだ。
もちろん彼女が王国への移住を望むならそれはそれで許すつもりだ。
「ところで件の冒険者二人は帝国へ亡命するつもりらしいな?」
「はっ。内一人が貴族の娘らしく、家族と使用人一同、領民数十人、合わせて50名前後の亡命も希望してます。」
エミリアを帝国へ連れ帰るのは王国貴族から不興を買う可能性が高い。第二王子の顔を焼いた少女は完全に王国を敵に回している。逃亡に手を貸すのだからもう王国には居られないだろう。
リリノアに関しては家族や領民にも迷惑をかけてしまう。この依頼を受けるにあたり領主である父に手紙を送っていた。自分は依頼の娘と共に帝国へ向かう。家族も帝国へ来てほしいと。
「多いな………まぁこの件に関わることで王国から目をつけられる可能性はあるからな。」
「こちらが一覧表です。」
クリックスが亡命希望者全員の名前が書かれた書類を見せる。
「これらは港町スレイルの船に乗ってくるとのこと。」
「スレイルといえば海賊の町だったか。」
「キャプテン・フェイズという海賊が仕切っている町でございます。」
「あいつか………まさか亡命に加担するとはな。一連の騒動を聞いて王国は長くないと思ったのか。グラドに軍船を集めておけ。王国海軍が来るとは思えんが念のためだ。」
ハワードは考えうるあらゆる事態に備え命令していく。国王にその気がなくとも貴族主義の一部の貴族が何をしでかすかわからない。
最悪の事態だけは防がなくてはならない。
クリックスが執務室から出ると部屋にはハワードと皇太子レオンハルト・ベルセインが残った。
「レオンハルト、もしエミリア殿が死んだら世界はどうなるか?」
「帝国もろとも文字通り氷河期に突入するでしょう。ナタリーならばそのくらい可能です。」
「失敗は許されない。帝国だけでなく、世界のためにな。」
ハワードは手紙を一枚書くと窓へ向かう。そこには頭部が白骨化したカラス型の魔物が首を傾げながら待っていた。
手紙を加えるとそのまま王国方面へと飛び去った。




