第二王子の闇
【ブランウェル王国 王城】
「申し訳ございません。」
「ふん、まぁいい。さがって休んでいろ。」
王城のとある一室でクラークと側近と思われる男が先程まで何かを話していた。
「あいつの存在に気づくとは……あの子供は何者なのだ?」
クラークは密かにエミリアについて調査させていた。
しかしエミリアは王国生まれではないため戸籍を調べても正体不明、とりあえず孤児だと決めた。
今度は隠密を得意とする側近にエミリアを監視させたら、隠れている場所にナイフを投げられ逃げてきたという。
クリスティアナを手に入れる障害となりうるエミリアは早めに対処をしたい。
しかし、たかが子供と侮ってはいけない相手のようだ。
障害といえばもう一人、護衛のラバダがいる。
正直クラークはラバダが苦手だ。
こちらから話しかけても基本的に声は出さず相槌か首を振るかだけで、意思疏通が不可能なのだ。
というよりラバダはクリスティアナとエミリアの仲を承知しているのだろうか?
「む?」
ふと、何かの気配を感じたのか振り返る。
部屋の扉には黒いもやが人のような形で漂っていた。
「魔物か?侵入を許すとは無能どもが。」
クラークが剣を抜く。
「僕は魔物じゃないよぉ?」
「なっ………喋っただと?!」
黒いもやが話しかけてきた。
魔物の中にも知能が高いと人語を話すことが可能だと言われている。
「魔物じゃないよぉ。僕は君の願いを叶えにきた…………精霊みたいなものだよ。」
妖精と違い精霊は人の姿をしていないことが多い。というより彼らは姿形を自由に変えることができるとされ、気に入った容姿で人前に現れる。
「君から欲望が駄々漏れになってるのを見てさ、来てみたのさ。」
「……闇の精霊か?」
「まぁそんなところ。」
クラークは不思議なことにこの精霊を敵視できなかった。
「君が欲しがってる一人の女の子を手に入れる手助けをしてあげる。」
「そんなことができるのか?」
「任せてよ。でも行動に移すのは君自身だ、僕は今は物に触れないからね。」
「君の思っている通り邪魔者は二人だ。まずはいつも側にいる護衛から片付けようか。もう一人はその後だね。」
「だがあいつと正面からやりあって勝てる奴などいないぞ。」
「方法は一つだけある。ある薬品を使えばいいだけさ、ちょっと希少なものだけど。」
「薬品だと?毒の類いか?あいつは人の出した飲み物を飲まないぞ?」
「………ある意味毒のようなものかな?まぁ僕を信じなよ。」
黒いもやが薬品の名を口にするとクラークは驚きの顔を見せた。
そして納得したように頷く。
「もう一人の方はうまく仲間から引き離すこと。とりあえず目当ての子を誘拐でもすれば仲間を置いてでも来てくれるんじゃないかな?」
クラークは部屋から出ていった。
「ふふふ、未来は既に決まっているのさ………………次は必ず殺してやるよ。」
そう呟いた黒いもやも消えた。
数日後
クリスティアナは聖都へ戻る仕度をしていた。
邪神を封じる結界は彼女がいなくても維持されるが大幅に弱体化してしまうため、二週間以内には戻り再度結界の強化をする必要がある。
王都で親友と再会したのがよほど嬉しかったのか、連日ご機嫌な様子だった。
「思ったより長居をしすぎました。やはりあの時さっさと帰るべきでした。」
あれからクラークが何度も城へ呼び出してきたためなかなか王都を出られなかった。
大きな鞄には神官達へのお土産のつもりの置物。
エビルベアを丸くデフォルメしたキャラクター『エビルん』の人形だ。
あの魔物は危険生物として知られていると同時に王国内では非常に人気であった。
彼をモチーフにしたグッズは平民から貴族にまで人気で入手困難なものもある。
「朝の内に王都をでましょう。」
「御意。」
宿を出ると玄関前にクラークがいた。
「きゃ!?」
まさか目の前にいるとは思わなかったのかぶつかり、尻餅をついた。
ラバダがクリスティアナの前に出る。
「何の用です?流石に聖都へ帰らないと結界が弱体化してしまうのです。」
クラークは返事をせずクリスティアナを見ていた。
「なっ………何ですか?」
いつもと様子がおかしいことに気づいたクリスティアナは不敬を覚悟でラバダにクラークをどかすよう命じた。
クラークの目が赤く光る。
何かが割れる音がして煙がたつ。
そして崩れるような音もした。
「けほっ…………何を…………」
煙が晴れるとそこには信じられない光景があった。
護衛騎士のラバダの鎧がバラバラになっていたのだ。
「ラバダ………どうして………秘密にしていたのに…………!?」
ラバダの鎧の隙間からは肉体のようなものは確認できない。
「クリスティアナ、そいつがお手製のゴーレムだとは気づいていた。どうりで人間離れの芸当ができるわけだ。」
ラバダはクリスティアナが聖都へやってくる前、帝都の教会で作り上げたゴーレムだったのだ。
自分に対して絶対の忠誠心を持ち、決して負けることのない護衛騎士が欲しかった。
たまたま見つけた重厚な鎧と兜に魔石を埋め込み、ゴーレム精製の呪文を唱えたら動きだして以来彼女のためだけに付き従っていた。
クラークが使ったのは一般的にゴーレムが苦手とする特別製のポーション。
治療院で貴族用に使われる高価な薬品を作る際に余る薬品を調合するとほとんどのゴーレムを崩壊させる特性をもつ液体ができあがる。
クラークの後ろから赤い瞳の騎士が数人、クリスティアナの腕を掴む。
「いやっ!離してください!」
「いい場所に連れていってやろう。お前を俺のものにするためにな。」
クラークは待たせていた馬車を呼ぶと、クリスティアナを乗せた。
赤い瞳の御者に行き先を告げるとクリスティアナの首に手を回す。
クリスティアナは初めて感じる恐怖に声も出なくなっていた。
「痛い思いはしたくないだろう?黙っていればいい。」
クリスティアナはこれから自分がどうなるのか何となく理解した。
それが実現したら聖女の力は消え、世界は暗闇に閉ざされてしまう。
クリスティアナは祈った。
たとえ届かぬ願いだとしても、悪足掻きだとしても、奇跡を信じるしかなかった。
(助けてください………!!)
「………クリス?」
「クリスティアナ様?」
離れた場所にいた青い髪の少女二人には聞こえた。
どこにいるかはわからない、しかし助けを求める声が確かにした。
導かれるままに走り出す少女。
その先に何があるのかは、わからなかった。




