死神少女は聖なる乙女のために
【ブランウェル王国 王都ミゼリオナ】
エミリアとクリスティアナが再会した頃、ハンナはバトルエリアでエビルベアを相手していた。
元々あれの毛皮を被っていたくらいだ、エビルベアは顔をに関しては知り尽くしていた。
「へへへ。来なよ、遊んであげる。」
エビルベアはハンナに向かい突進してきた。
ハンナは真っ直ぐエビルベアの目を見ている。
エミリアはサイクロプスに挑む前に近づいてきたラバダを見ていた。
「………。」
お互いに何も喋らず数分。
クリスティアナは落ち着かない様子でおろおろしていた。
「………あれを殺すから手伝って。」
「………。」
ラバダはクリスティアナの方を向き、そして静かに頷いた。
これにクリスティアナは驚いた。
今までラバダは彼女以外の命令どころか話すらまともに聞かなかったからだ。
「じゃあクリス、これ借りてくね。なんか強そうだから。」
「エミリア!」
「ん?」
「その……死なないでくださいね?」
「大丈夫、私はまぁまぁ強いから。」
そう言うとラバダと共にバトルエリアへ降りていった。
クリスティアナはひとまず近くで戦っている冒険者に守ってもらうことにした。
バトルエリアの中央で青い一つ目巨人は人間だの魔物だの関係なく大暴れをしていた。
石柱を引き抜いて武器のように振り回し、数人の冒険者が被害にあっていた。
「巨人なんて相手したことないし、どうしようかなぁ。」
顔面が崩壊しているエビルベアに跨がったハンナは呟く。
観客席からレイラのものと思われる炎魔法が飛んでいるがまるで効き目がない。
巨人系の魔物の多くは熱に強く、砂漠や火山に住み着いている。
と、目の前に少女が着地したと同時にかなり重量のあるものが降りてきた。
「エミリア、無事だったんだ?」
「なんてことない。ハンナ、手伝って。」
「いいけどどうする?あいつどうすればいいか私もわからない。」
「…………。」
エビルベアの死骸を囲んでエミリアとハンナ、ラバダが作戦会議を開く。
「デカブツ(ラバダ)。あれの殴りに耐える自信はある?」
エミリアが石柱を叩きつけているサイクロプスを指差す。
「問題ない。」
「そう、じゃあデカブツは正面から。私は隙を見て登る。ハンナはとにかく目を狙って。」
「おっけー。」
決まるとラバダを先頭にサイクロプスへ向かった。
ラバダは重厚感溢れる音を鳴らしながら前進する。
途中で冒険者や魔物が飛んでくるが気にもとめずに歩み続ける。
やがてサイクロプスの暴れる中央地点に辿り着く。
一つ目の巨人がラバダを補足する。
「来い、俺が相手だ。」
背中の大剣を抜き、刃を向けた。
サイクロプスは石柱を振り下ろす。
「敵は一人じゃないよ!」
ハンナはすかさず目を狙い撃ちする。
さすがに目へのダメージは無視できないらしく悲鳴をあげ目を抑える。
ラバダがその間にサイクロプスへ接近し石柱を持つ右腕に大剣を振り下ろす。
切断には至らなかったが大きなダメージを与えたようだ。
サイクロプスは石柱を投げ飛ばした。
「あぶなっ!!」
ハンナはギリギリでしゃがんで避けた。
サイクロプスはラバダを踏み潰そうと足を大きくあげる。
「………ふんっ!!」
それを逃さずラバダがもう片足を切りつける。
サイクロプスが少しよろけた。
すかさずラバダがもう一撃、影からエミリアが現れ更に一撃。
サイクロプスは耐えられず転倒した。
エミリアがその瞬間サイクロプスに腕からよじ登る。
かなり不安定らしく、よろけながら頭へ向かう。
肩まで来た辺りでサイクロプスが起き上がった。
エミリアはなんとか肩に捕まるが、サイクロプスが気づくとエミリアを叩き落とそうと手を伸ばす。
「……隙だらけだ。」
ラバダがサイクロプスの右足に大剣を突き刺した。
巨人がよろけた隙にエミリアは頭まで登りきり、
「地獄でまた。」
サイクロプスの『目玉』にナイフを刺した。
サイクロプスの一つ目は特徴的な弱点として知られているが、矢では効きはするが致命傷には至らない。
直接的な攻撃が最も有効なのだ。
彼らが大きすぎてそこまで登るまでが一苦労だった。
弱点を刺された巨体が暴れ始めるがエミリアはナイフを続けて刺す。
刺す度に不快な返り血がエミリアを赤黒く染めていく。
視力を失ったサイクロプスは目を刺していた人間をようやく捕まえた。
「あっ。」
そのまま力任せに何処かに放り投げた。
「ぐぇっ!!」
エミリアはちょうどハンナがいた場所に飛ばされ、ハンナが下敷きになった。
しばらく暴れたサイクロプスはやがて力尽き、倒れて砂ぼこりを撒き散らした。
「エミリアは馬鹿です……昔からそうです……貴女はすぐ危険な役割を自分で背負おうとするんですから………」
クリスティアナはエミリアの胸に顔を押し当てていた。
サイクロプスを倒してクリスティアナの所に帰った途端の出来事だ。
「でも………生きててくれてよかったです………うぅ………。」
クリスティアナは耐えきれず泣き出した。
エミリアはクリスティアナの頭をそっと抱き、撫でた。
「見苦しい所をお見せしました。」
泣き止んだクリスティアナは何事も無かったかのように振る舞う。
あの後、騎士団が騒ぎの調査を始めたので、地上付近の通用口の途中にある踊り場に移動した。
この場にはエミリアとレイラ、ハンナにセリカ、リリノア、そしてラバダがいる。
「初めましての方は初めまして。今代の聖女をやらせていただいてます、クリスティアナ・ハノンと申します。」
ちなみに今のクリスティアナは赤を基調とした村娘のような服を着ている。
とても聖女には見えない。
「はぁ………やはり王族と絡むとろくなことがありません。」
「クラーク殿下のこと?」
セリカが尋ねるとクリスティアナは頷く。
「私に良いところを見せようとしたのでしょうが、あんな茶番見せられてもなんとも思いません。」
クリスティアナがちらりとエミリアを見る。
「やはり私には………いえっ、何でもないですっ。」
「んー………?」
エミリアは首を傾げた。
「クリス、私と来ない?当てのない旅をして何処か静かな場所でこの子達と過ごすの。」
エミリアはレイラとハンナの肩に手をのせた。
「エミリア………私も一緒に行きたいです。しかし………」
クリスティアナはエミリアの手を取る直前で引っ込めた。
「私には聖女の役割として邪神を封じる結界を維持する役目があります。聖都から離れると一ヶ月しか効力はありません。」
クリスティアナは俯いてスカートを握る。
「役目………そう、役目は大事よ。クリス、凄い重要なことしてたんだ。」
「はい。皆様のため頑張ってます。」
「五年………あと五年待っていてください。次代の聖女の教育が終わり代替わりが行われます。その時になったら…………迎えに来てくださいね。」
断る理由はなかった。
他ならぬ親友の頼みだ。
「わかった。クリス………必ず迎えに行くから。」
「はい!!」
【ブランウェル王国 王城】
クラークは面白くなかった。
仕込み有りとはいえクラークは剣の腕はなかなかのものだ。
クリスティアナには見破られない自信があった。
しかし彼女は振り向かず、魔物の襲撃騒動が起きた。
クラークは護衛騎士に守られ、出入口まで辿り着いた。
しかし彼は見た。
魔物にベールを奪われたクリスティアナは今まで見せたことのない顔をしていた。
彼女の素顔自体は見たことあるがいずれも表情は無だった。
こちらが笑いかけても目を合わせようとしない。
近寄ると遠ざかろうとするなど、基本的にクラークに靡かなかった。
そしてクリスティアナがあの時見せた顔は恋をする女の顔だった。
クラークに落とされた貴族令嬢の顔と雰囲気が似ていた。
一体誰がクリスティアナを夢中にさせた?
まさかあの護衛騎士か?
そしてクリスティアナの視線の先には一人の少女が魔物を虐殺していた。
明らかに貴族ではない、小汚ない子供のように見えた。
なぜ自分がダメで、なぜあの子供がいいのか?
自分は王族だ。
不自由なんてさせない、あの子供よりも魅力的なはずだ。
小汚ない子供………エミリアに負けたクラークは深く嫉妬した。
これが後に起こる騒動の引き金になるとは誰も予想なんてできなかった。




