死神少女は餌付けする
【ブランウェル王国 レイド山】
かつて邪神を倒した勇者がこの地にて竜の試練を受けたとされる山。
昔は採掘の地として知られていたが、邪神の登場と共に魔物が急激に増加してからはもっぱら冒険者くらいしか訪れなくなっていた。
中堅以上の冒険者が腕試しにと訪れるがそこは竜の試練の地、一筋縄ではいかない連中が跋扈していた。
特に多く生息しているハーピィの足の爪には強力な出血性の毒が含まれており、解毒剤無しでは数分でお陀仏である。
また、地底湖は海へ繋がっているため蟹や魚系の魔物もちらほら見られる。
麓には小さな村【ガンダル村】がある。
大きな鍛冶屋を中心とした村で採掘場か封鎖されても多くの冒険者が訪れており、小さいながらも活気溢れていた。
少女は今、そんな村にいた。
宿のおばさんに夜には戻ると伝え村の散策にでる。
初めて訪れた場所にエミリアは興味津々だった。
特に宿の近くにあるパン屋はお気に入りだ。
数ヶ月ぶりのまともなパンは最高だ。
ベンチに腰掛けバンズパンを齧る。
視線の先にはレイド山。
足をぶらぶらさせながら寛ぐ。
次のパンに手を伸ばそうとして視線が合う。
エミリアがベンチで寛ぎ始めてから気配には気づいていたが危険ではないと思い気づかないふりをしていた。
赤い髪のエミリアより小さい少女、視線の先には食べようとしていたメロンパン。
「……食べたい?」
話しかけられると思わなかったのかびくっとする。が、すぐ頷く。
「……好きなのお食べ。」
パンの入った袋を少しどけて座るスペースをつくる。
赤髪の少女はベンチに腰掛けるとパンにかぶり付く。
相当お腹が空いていたらしい、夢中になって食べた。
やがてクロワッサンを除いて赤髪少女はパンを食べ尽くした。(エミリアがクロワッサンだけは頑なに守ったため諦めた)
満足げに笑みを浮かべていた。
それを見てエミリアは思わず赤髪少女の頭を撫で始めた。
「お腹いっぱい?よかった。」
ふと、エミリアは何かを思い出す。
大事な思い出………
村の広場に少女は三人いた。
二人は青い髪で片方は腰まで長く、一方は肩くらいまで伸ばしていた。
残りの一人は金髪を後ろに縛ったポニーテール。
三人はいつも一緒だった。
「それじゃあ◼️◼️◼️ちゃんは帝都に言っちゃうんだ。」
「うん。しばらく離ればなれになっちゃうの。」
「なんでお姉ちゃんは一緒に来てくれないの~?」
「しょうがないよ、私はそこまで魔法できないし。」
「お姉ちゃんがいないと寂しいなぁ。」
「◼️◼️◼️も帝都に行くから良いじゃない。」
「わ、私ではエミリアの代わりは務まりませんよ?!」
一人は可愛い妹。
常にエミリアと一緒に行動しており、人見知りなお姉ちゃん子だった。
魔法の才能に優れていた為、帝都の魔法学校に入学した。
もう一人は親友。
当時はわりとやんちゃだったエミリアの怪我をよく治してくれた。
回復魔法が使えた為、帝都の教会に連れていかれた。
「お姉ちゃん!私、立派になってお姉ちゃんを魔法で助けてあげるね!!」
「エミリア、さよならは言いません。また三人で一緒に過ごしましょう?必ず、必ず戻ってきます!」
二人は元気にしてるだろうか。
才能があるのだからきっと何処かで活躍しているはずだ。
と、気づいたら夕方になっていた。
宿に戻ろうとすると赤髪少女がバイバイと手を振ってきた。
「……またね。」
手を振り返す。
赤髪少女は笑顔になると何処かへ走り去った。
宿へ戻るとおばさんが
「あんたどうしたんだい、泣いた跡があるよ?」
「え……。」
鏡を見せてもらうと涙を流した跡が見えた。
少女にはこの感情がよくわからなかった。
【ベルセイン帝国 ルファス砦】
ブラウェイン王国の南に位置するベルセイン帝国。
国土の大きさでは王国に負けるが軍事力はここ数年で飛躍的に成長しており、機会あれば王国侵略を狙っていた。
王国国境に繋がる道にその砦は鎮座していた。
「ナタリー殿、やはりお気持ちは変わりませんか。」
「当然ですわ。ここに来てから私はそれだけを考えて登り詰めたのですもの。」
国境の砦にて男女が椅子に腰掛け話していた。
黒い軍服を来ている金髪の男はその服装だけで高貴な身分であることがわかる。
一方女性は淡い緑色のローブを身に纏っていた。
腰まで伸びた青い髪は遠くからでも目を引くだろう。
「ここだけの話、本当は僕の婚約者にって話が出ていたんだ。君なら国民からの支持もあるし、公務だってこなせるだろう?」
「ふふっ。皇太子殿下、お気持ちだけで結構ですわ。でも婚約者がいるのにそのような事を言ってはいけませんわ。」
「メアリーを悪く言うつもりはないさ。」
女性は幼い頃に皇太子が通う魔法学校に入学してきた。
当初は平民ということもあり、いざこざが絶えなかったが全てを実力だけで黙らせ卒業と共に『賢者』の称号を最年少で与えられたのだ。
『賢者ナタリー』
帝国だけでなく王国でもその名を知らない者は居ないほどだ。
学校卒業後、様々な機関から誘いを受けたが全てを拒否。
周囲の反対に耳を貸さず王国へ向かうことを決めたのだ。
やがて女性…………ナタリーは砦から王国側へ向かう。
「ここから先は王国領、僕はこれ以上入ることはできない。見送りはここまでだね。」
「私のためにこんな場所に来ていただいて申し訳ありません。」
「いいんだ、僕が勝手にしたことさ。」
ナタリーは何度も皇太子に頭を下げる。
「ナタリー殿、どうか貴女の進む道に幸あることを。」
こうしてナタリーは王国へ向かった。
幼い頃に別れた姉に会うために…
「お姉様…………あぁお姉様。帝国にいる間はこの思いを隠していましたが、もう我慢はしませんわ。また離れ離れになるくらいならいっそ監禁……あぁでも一緒に旅をするのも悪くないですわねぇ。」
長年姉と離れていたせいで歪んだ感情を宿しながら。