死神少女と地下闘技場の怪
【ブラウェイン王国 王都ミゼリオナ】
地下闘技場は観客で賑わっていた。
エミリア達は一番前の観客席に座ることができた。
左右をレイラとハンナが、後ろにリリノアが座る。
「全く、売られた喧嘩全部買うじゃないわよ。どれだけこっちが心配しているか……」
リリノアが先程からぶつぶつ何かを呟いていた。
表情はわからないが不機嫌なようだ。
観客席に囲まれたバトルエリアにはランダムでさまざまな障害物が生成される。
今回は高さの異なる石柱が十数本浮き出てきた。
誰もが目を引く赤いビキニアーマーと対峙するのは赤い髪の男、フレディ。
白いシャツと緑のズボン、肘から肩にかけて鉄の腕甲を装備している。
得物は曲刀、筋肉質な見た目から盗賊頭のように見えるがリリノアによると普通の冒険者らしい。
何やらお互いに指差しながら言い合っているが観客席からは聞こえない。
「聞こえない方がいいわよ、あんな子供レベルの悪口の言い合い。」
試合開始のベルが鳴るとセリカがまず仕掛けに行った。
掬い上げるような剣擊は彼女独自の戦い方らしく、避けにくそうだ。
フレディは力任せに頭から斬ろうとするがまるで当たらない。
よく見るとセリカは何か喋りながら動き回っている。
何のことはない、煽っているのだ。
最初の斬擊の避け方で格下と確信した彼女は煽るだけ煽り、適当に観客席を盛り上げてから仕留めることにしたのだ。
向こうから売ってきた喧嘩だ、容赦などするつもりはない。
セリカが攻撃をギリギリで避ける度にリリノアが小さい悲鳴をあげる。
あの人は絶対わかっててやってる。
その証拠に攻撃を避けるとちらちらリリノアを見ていた。
仮面ごしに表情でも見えているのだろうか?
刀身の長いロングソードを持ちながら超近距離戦に臨み始めた。
普通は短剣などが有利なはずだが、フレディは闇雲に曲刀を振り回すだけだ。
フレディが曲刀を振り上げると同時、セリカが懐に飛び込み右ストレートを腹に当てた。
いつの間にか剣をしまっていた。
うずくまるフレディの頭を踏みつけ、首にロングソードを当てる。
ベルがなりセリカの完全勝利が決まった。
「やぁ全然弱っちぃの、ただの脳筋じゃあたしに勝てるはずないのにさぁ。」
「やるならさっさと終わらせなさいよ。こっちの心臓がもたないんだから。」
観客席でリリノアと合流したセリカは文句を言われていた。
「ところでまた会ったね、なかなか縁があるじゃない?」
「…………ん。」
気づかれない程度に目をそらす。
目の前のビキニアーマーはやはり目に毒だ。
「港じゃお世話になっちゃったね。よかったらご飯でも食べに行かない?いろいろお話もしたいし?」
「んー………構わないけど。」
二人を見て返事をする。
見た目はあれだが悪い人ではないのはわかる。
「そういえばさ、向かいの観客席に第二王子殿下と聖女様が来てるの気づいた?さりげなさ過ぎてわかんなかったわ。」
時を同じく、地下闘技場にはクリスティアナとラバダ、クラークが来ていた。
実は対人試合にクラークが参戦していた。
クリスティアナにいい所を見せようというのだ。
クラークはクリスティアナの肩に手を乗せていた。ベールに覆われているが嫌そうな顔をしていそうだ。
ラバダが動きそうなものだがクリスティアナの命令で手を出すなと言われていた。
「この後はいよいよ俺の出番だ。俺の勇士を見て惚れ直すといい。」
「有り得ませんし、はなから惚れてなどいません。」
クラークは通路に消えていく。
クリスティアナは埃を払うように肩をはらった。
「あんな男よりも…………はぁ。」
喧騒につつまれた観客席の呟きは聖騎士のみが聞き取っていた。
やがてクラークと冒険者による戦いが始まった。
「あれ完全に八百長だよね?殿下があれを圧倒とかさすがに有り得ないなぁ。」
クラークと冒険者の戦いはうまく演じられていたが、セリカにはすぐ看破された。
見る価値はないと、エミリアとハンナはレイラで遊び始めた。
「んむぁ~~~。」
エミリアの膝に乗せられたレイラは頭を撫でられ、頬をつつかれたり摘ままれたりして間抜けな声をあげ、いい玩具にされていた。
しかし本人は嫌がる素振りを見せず、されるがままだ。
それを見たセリカはリリノアにスキンシップを試みたがビンタ一発で撃沈した。
「その手の動きは何よ変態!」
胸を庇い少し遠ざかる。心なしか仮面が赤い。
「いやぁ眼福眼福。」
セリカはそれ以上の追撃はやめた。
クラークの八百長勝利が決まり、観客席から拍手喝采が起きた。
クリスティアナは冷めた目をしていた。
クラークが観客席へ昇る通用口へと向かう。
突如バトルエリア中心に魔方陣が浮き出てきた。
そして魔方陣から無数の魔物が出現し始めた。
あれは霧の森の魔物………白い毛並みのミストファング。
観客達は慌てて出口へと向かうが、一度にたくさん通れる広さではなくつっかえてしまう。
クラークは潜んでいた護衛と合流したようだ。
「なんで魔物が?!リリノア、行こう!」
「えぇ。」
「エミリアちゃん、あたしから離れないで!」
「ん。」
エミリア達はセリカに続いて魔物退治に乗り出した。
すでに何体か観客席によじ登っている魔物がいた、まずはそこから始末することにした。
この間にも新たな魔物が呼び出される。
ハーピィとホーネットが現れた。
クリスティアナは喧騒の中、ラバダに指示を出す。
「観客達を魔物から守ってください。私は大丈夫です。」
「承知。しかし無理は禁物。」
「はい。わかってます。」
ラバダは出入口付近にいる魔物を一人で相手し始めた。
大剣片手に次々と魔物を凪ぎ払い、一気に数が減った。
「来たれ亡者の軍よ、敵の軍団を殲滅せよ。」
リリノアが召還したのは無数のスケルトン。
それぞれが剣や槍を装備していた。
一体が赤い体で剣と盾、鎧まで着ている。
「スカルアーミー、出撃!」
リリノアの命令を聞いた赤いスケルトンは剣を魔物に向けると一斉にスケルトンが襲いかかった。
どうやら指揮官タイプのスケルトンのようだ。
「リーダー、確実に一体ずつ仕留めて。一対一とかそんなものにこだわる必要はないわ。」
リリノアはスケルトン達に軽度の補助魔法をかけると戦場を見渡せそうな場所へ向かった。
彼女自信もある程度の闇魔法が使えるが基本的に戦い向きではないクラスのため逃走ルートも吟味する。
リリノアは高台からバトルエリアの魔方陣を眺める。
「あれが不特定多数の魔物を呼ぶ召還陣なら………でかいのが最後に来るはず。」
リリノアは次に呼び出すアンデットを考え出す。
魔方陣からエビルベアが呼び出された。
セリカ達は一番魔物が多い場所で戦っていた。
他の冒険者も観客席やバトルエリアにオリテ戦っている。
「エビルベアまで呼び出すとか本格的にやばいかもっと!」
飛んでくるハーピィを斬りながらセリカは言う。
エミリアとハンナはミストファングを一ヶ所に集まるように誘導した。
そこにレイラの広範囲炎魔法で一気に焼き払った。
「ん、さすがね。」
エミリアに誉められ照れ臭そうににやけるレイラ。
レイラに近づくホーネットをハンナが撃ち落とした。
「イヤッホゥ!」
ハンナがピースする。
「今夜はご馳走になるかな………!?」
「お姉ちゃん?」
エミリアがどこか一点を見つめて固まった。
「ごめん、行かないと。二人はセリカさんといて。」
突然エミリアは走り出した。
「どうしたのかな?」
「エミリアなら大丈夫だと思うけど…………」
クリスティアナは近寄る魔物を神聖魔法で倒していた。
本来は魔族やアンデットに使うものだが魔物に対しても一応効果はある。
近くでラバダが奮戦しており、クリスティアナ付近の魔物は確実に減っていた。
「きゃあ!!」
空から近づくハーピィをギリギリで避ける、がその際に髪の毛数本が抜かれベールも持ってかれた。
尻餅をついたクリスティアナにハーピィが旋回して襲いかかる。
「魔よ去れ!」
左手が光ると光弾が発射されハーピィは吹き飛ばされる。
直後にミストファングがクリスティアナに飛びかかる。
ミストファングは涎を垂らしていた。
「うぅ……私は美味しくないですよ………」
クリスティアナは目を閉じ祈る。
予想していた衝撃が来ない。
ミストファングは顔を剣のようなもので貫かれ絶命していた。
「だめ。死ぬのはお前。」
信じられない声がすぐ横から聞こえた。
幻聴なんかではなかった。
ミストファングが蹴り飛ばされると、少女がいた。
「……クリス、やっと会えた。」
それはたった一人にだけ許された愛称。
見覚えのある顔は予想より幼く、しかしあの頃の面影をしっかり残していた。
ずっと会いたかった……
「エミリア………だよね?」
「ん、エミリアだよ。」
エミリアはクリスティアナを立ち上がらせる。
「クリス、再会は嬉しい。でも喜ぶのはこいつらを消してから………ね?」
「…………はいっ!」
エミリア達が魔方陣を見つめる。
魔方陣が輝き、巨大な魔物が現れた。
一つ目の青い肌の巨人、サイクロプス。
エミリアはプレートナイフを一つ目に向ける。
「すぐ終わらせるから待っててね。」




