聖女の憂鬱
【ブラウェイン王国 王城】
クリスティアナは王城に来ていた。
本当は来たくなかったが王族からの招待となるとそうもいかない。
今の彼女は聖女スタイルだ。顔は薄いベールで見えない。
応接室に通されたクリスティアナは持ってきた本を読んで時間を潰していた。
空間魔法と呼ばれる魔法を使える彼女は所持品を空間に入れることで手に持たずに遠くへ持ち運ぶことができる。
魔力消費量が高いため、使えるのはクリスティアナの他にはナタリーくらいか。
控え目なノックがされる。
「聖女様、第二王子殿下がお越しです。」
「………どうぞ。」
侍女らしき声がした。
扉が開かれる。
「よぉ来てくれたか聖女よ。」
「貴方が呼び出したのでしょう?」
入ってきたのは暗い青い髪の青年。
黒く鋭い目付きをしていてどことなく威圧感を感じる。
第二王子のクラーク・ブラウェインである。
「お前のことだからな、ずっと大聖堂に引きこもっていると思って呼び出したのだ。」
「用もないのに呼ばないでほしいのです。」
「たまには王都を歩いてみないか?年に一度しか来ないのだ、まだ知らぬところがあるだろう?」
「結構です。」
クラークはクリスティアナの向かいに座る。
クラークは数年前にクリスティアナの顔を偶然目撃した。
一目惚れしたクラークは、それ以来定期的にアプローチを仕掛けているがクリスティアナは一向に靡かない。
クリスティアナがクラークに興味がないのもあるが、彼は他にもいろいろな女性との噂がある。
そこに王族貴族嫌いも加え、クリスティアナの嫌悪感はマックスだった。
「お前はいつもそうだな。王族である俺の誘いを断るのはお前とアリスだけだ。」
「身分が違いすぎますので。」
「平民だからこそ王族の誘いは受けるべきじゃないのか?」
「身の程をわきまえているのです。それに殿下には婚約者がいらっしゃるでしょう?」
「あくまで政略結婚の相手だ。愛人くらい作っても問題ない。」
クラークが立ち上がると側に控えていたラバダがクリスティアナの横に立つ。
一切喋っていないがずっと置物のように佇んでいたのだ。
「…………。」
「退け。私は王族だ、邪魔立てすると面倒だぞ?」
「俺に命令できるのは主のみ。」
兜の向こうが赤く光った気がした。
クラークは大人しく引き下がる。
「相変わらず面倒な奴だ。」
(早く終わらないでしょうか。)
突然扉が開く。
「あっ!やっぱりいた!!」
入ってきたのは薄い桃色のドレスを来た金髪の少女、第一王女のオリビア・ブラウェインである。
「なんだオリビア。俺たちはまだ話の最中だぞ。」
「どうせお兄様は寒い口説き文句で聖女様を困らせてるんでしょ?」
オリビアはクリスティアナの手を掴み部屋を出ていこうとする。
「おい!俺はまだ」
「聖女様に用があるのはお兄様だけではないの!いい加減にしないとレニー様に愛想を尽かされるんだから。」
これ以上話すことはないとオリビアはクリスティアナを連れていき、ラバダも後から出ていった。
クリスティアナは王城の端にある庭園に連れてこられた。
「助かりました、王女殿下。」
「当然よ。まったく……女と見るとほんとに見境ないんだから。お父様に結婚を早めて領地に飛ばしてもらおうかしら?」
婚約者がいながら未婚の女性を落とそうとする兄クラークをオリビアは軽蔑していた。
「よりによって聖女様を口説き落とそうなんて愚の骨頂。なんであんなのがお兄様なのかしら?」
「それは流石に言いすぎでは?」
「いいのよ、毎日言ってるようなものだし。」
「はぁ。」
オリビアは思ったことをそのまま言うタイプだ。
気の強い彼女は隠し事を嫌うし、嘘も好まない。
庭園の中央にはいくつか白いテーブルと椅子が置かれている。
その内の1つに座るとオリビアは侍女にお茶とお茶菓子を要求した。
ラバダはクリスティアナの後方で控えている。
「ところでクリスティアナ様。私が何の意図もなく貴方を連れ出すと思う?」
「……わかったのですか?」
クリスティアナの声が珍しく上ずる。
「えぇ。まず一人目。」
オリビアが一枚の写真を見せる。
長い青髪の女性が写っていた。
「賢者ナタリー・ルーベンス様。服装は違うけど間違いないわね。彼女は王国内をうろついているわ。」
「ナタリーが……?」
「目的はわからないわ。ただ帝国の有名人とはいえこっちでは顔はあまり知られてないから騒ぎにはなってないの。」
クリスティアナはある時からオリビアを通じてエミリアとナタリーの行方を探してもらっていた。
聖女という立場上自由に動くことはできない。
年に一度の祭典で徐々に仲良くなった彼女はダメ元で頼み、二つ返事で了承したのだ。
オリビアの専属侍女の中には異常に諜報活動に優れる人材が揃っていた。
王位を狙うつもりはないが、何かの役に立つだろうと誰にも気づかれず訓練をしたらしい。
「もう一人……エミリア・ルーベンス。」
そう言うといくつかの写真を出した。
「ごめんなさい。クリスティアナ様の人物像を参考に国中を探したんだけど一人には絞れなかったわ。」
顔立ちは違うが全ての写真に青い髪の少女が写っていた。
「いえ、ここまでしてくれたのです。感謝の言葉しかでません。」
クリスティアナは真剣に写真を見つめる。
牛と戯れる少女
魔物と戦う少女
貴族風の少女
酒場で接客する少女
横抱きされる少女
クリスティアナはこの黒髪の少女に横抱きされる少女がどうしても気になった。
あれから7年は経っている。
その少女の顔立ちはあの時からほとんど変わらず、身長も伸びてないようにも見えた。
痩せているように見えた。
風の噂で家が燃えたのは聞いていた。
おじさんとおばさんは遺体で発見された。
それでも生きていた。
また三人で過ごすために彼女は、きっと自分たちよりも過酷な生き方をしていた。
クリスティアナは涙を流した。
会いたい。
また一緒に過ごしたい。
でも私には聖女の役目がある。
少なくともあと5年は自由が効かない。
写真に写る他の二人の少女は親友の仲間だろうか。
きっといい人なのだろう。
私が役目を終えるまで、どうかエミリアをお願いします。
クリスティアナは市民街のとある宿で宿泊することにした。
オリビアが城に泊まるよう勧めてくれたが第二王子の本拠地で寝られるとは思えず断った。
表通りから少し離れた宿にクリスティアナらはいた。
扉付近で佇むラバダにおやすみなさいといい就寝する。
クリスティアナの寝息が聞こえ始める。
扉の近くで突っ立っていたラバダはその場に座り込み、動かなくなった。




