狂宴
オークとは緑色の体色で豚のような顔をした亜人種である。
元々は魔物に分類されていたが、邪神騒動の際に高い知能と統率力を持った個体が現れた。
その個体によりオークは知恵をつけ、独自の社会を築き上げ、人間族やエルフ族に匹敵する集団となり亜人に分類し直された。
高い知能と統率力を持った個体…………オークキングと呼ばれる存在。
強い魔力によって一体のオークが変異した姿だ。
多数のオークを従え、ただ欲望のままに周辺地域を襲っていた。
【ブラウェイン王国 シルフの森】
森のどこかにあるオークの集落
家屋は全てが藁を器用に組み作られていた。
集落中央には石造りの台があり、大きな円が描かれている。
集落の奥にある大きな家はオークキングの住居。
並のオークよりも図体の大きな彼のために入口も大きい。
「人間ダト?」
「マチガイアリマセン。キノウデカケタブタイノイキノコリガ。」
「馬鹿ナ。人間……シカモ小娘タッタ三人ニ壊滅ダト?貴様ラハソレデモ勇敢ナルオークノ戦士カ?!」
「ブヒィ!?」
報告にきたオークが殴り飛ばされる。
周りの側近らしいオークがキングを抑える。
キングは怒りの沸点は低いがその分冷めやすい。
いつまでも固執はしないのだ。
「フン、マァイイ。モウスグエルフノ里ヲ攻メルノダ、貴様ハソレデ汚名ヲ返上セヨ!」
「ハハッ!!」
殴られたオークは直ぐに立ち去る。
エルフ族襲撃に向けて己を鍛えるためだ。
殴られたくなければ強くなれ。オークの鉄則だ。
「フフフ、邪神様ヨリモ先ニ復活デキタノハキットコノ為ダロウ。勇者ハマダイナイハズ、キットヤツノ仲間ニナルノダロウ。」
実はオークキング、邪神の元で働いていたことがあった。
邪神の手下ということで好き勝手をし、勇者一行に倒されたのだ。
オークキングは邪神復活前に自分が甦るとは思っていなかった。
そして自分の役目は勇者の仲間になる存在を消すことだと理解した。
記憶に残るのは勇者の仲間の一人である魔法使いの青い髪の少女。
彼女の放った氷魔法で動けなくなったキングは勇者の一撃を受けた。
自分がこうして騒ぎを起こすことで正義感の強いだろう勇者の仲間(仮)を誘きだし倒す。
我ながらいい考えだ。
王国騎士団にこの場所が見つからない自信もあった。
さぁいつでもこい勇者の仲間(仮)よ、邪神様復活は近い。
邪魔立てはさせない。
と、悪い笑顔をした所で後ろを振り向く。
そこには大きな檻があり、中には人間、エルフ、獣人の女性。そして無数の白い光が囚われていた。
何人かは虚ろな目をしている。
檻は所々錆ができている。
檻を開くと近くを飛んでいた光をうまく捕まえる。
「ブヒヒ、今日ハオ前デ楽マセテモラウ。」
白い光は激しく揺れ動くが全く手応えがなかった。
【ブラウェイン王国 王都近郊の町キクス】
ブレスト公爵はスラムのとある屋敷にいた。
この地区を訪れる時の隠れ家である。
青い豪華な服を着た茶髪の公爵は聖なる祭典の後の仕事に取り掛かっていた。
「ブルーノはどうした?今日はまだ顔を見ていないぞ。」
近くに控えていた侍女に聞く。
「今朝、どこかへお出掛けになりました。」
長い銀髪の侍女は淡々と告げる。
「そうか、任せたい仕事があったのだが…………ルル、お前に頼む。」
公爵は一枚の写真を見せる。
ルルの青い瞳に一人の若い男が写る。
「私がスラムの連中と繋がる証拠を探っている。スラムにも姿を見せるだろう。」
「かしこまりました。」
ルルが部屋から出ようとする。
「今夜もまた、頼むぞ。」
「……………お手柔らかに。」
ブレスト公爵の執事ブルーノはスラム地区にいた。
彼は以前エミリアに股間を蹴られ失態を犯した。
彼は公爵に仕えているだけありプライドが高い。
エミリアという少女にも同じ目に遭わせようと画策していた。
調度いい薬も手に入れた。
適当な理由をつけて屋敷に招待すれば騙されて飲んでくれるだろう。
問題は…………
「うふふふふふっ。」
「ぐっ……………あがっ………………」
ブルーノは首を絞められていた。
それもそのはず、この世で一番知られてはいけない病んだシスコンにバレてしまったのだ。
酒場で変装したナタリーに気づかずならず者達に計画を話した途端、ナタリーが近寄って酒場の壁に叩きつけ、その勢いで首を絞め始めたのだ。
ナタリーの瞳から光が消えていた。
「それで、誰を、どうするですって?」
細い手が男の首に食い込んでいく。
首を絞めるのは左手、利き手ではない。
右手には愛用の杖。いつでも追い討ちするつもりだ。
左手が震えてきたのでブルーノを床に叩きつける。
ナタリーの異常な気迫に酒場からは既に人がいない。
「げほっ、ごほっ…………」
ナタリーは倒れたブルーノをビール瓶で殴る。
殴る度に悲鳴があがり、血が飛び散る。
しゃがみこんでブルーノを見つめる。
「いいこと?私自身は別に泥をかけられようがトイレに突っ込まれようが盛られようが構いませんわ。」
自身が実際に体験したらしい。
「でも。」
ブルーノの顔を踏みつける。
「わたくしのお姉様に手を出すことは許しません。侮辱もダメですわ。この世の地獄を見せなければならなくなりますから。」
おほほほとお嬢様っぽい笑い声をだす。
「ふふふ、まぁこれはちょっといただきますね。個人的に楽しめそうですし。」
ブルーノから薬瓶を奪う。
「それと…………」
杖をブルーノに向ける。
「未遂とはいえ、貴方を生かしてはきっとお姉様の害になりますわね。だから消えなさい?今すぐに。」
ブルーノの足から凍りつき始める。
魔法学園時代に編み出したいじめっこを黙らせる為に編み出した魔法だ。
途中で止めれば解放できるがナタリーは止める気配がない。
最後の力を振り絞り立ち去ろうとするナタリーのローブを掴む。
「やん、何をするのですか。このローブ破れやすいんですからやめてくださいな。」
そう言うがブルーノは手を放さない。
やがてブルーノは完全な氷像となった。
ナタリーごと巻き込むつもりだったのだろうが、そんな間抜けな真似はしない。
ナタリーは自身に及ぶような魔法は作らないのだ。
しかしローブは掴んだまま。
ナタリーは無理やりローブを引っ張る。
案の定黒いローブが破れ、綺麗な生足が晒される。
「うふふ…………えっち。」
氷像を杖で殴り付けバラバラにした。
ナタリーは不格好なローブを着たままその場を回り出す。
するとナタリーの身体が光に包まれる。
光が消えるとナタリーは水色を基調としたフリル付のドレスを着ていた。
頭には赤いカチューシャを付けている。
ナタリーが作り出した変装魔法。
学園時代、着替えを奪われた際に作り出した魔法だ。
あらかじめ衣服を魔方陣に放り込み、詠唱すると任意の服装にその場で着替えられる。
ただしどんな服装になるかまでは指定できない。
そこは改良することなくナタリーは妥協した。
「………恥ずかしがるお姉様も悪くありませんが、わたくしはそういう趣味はございませんわ。」
奪った薬瓶を何に使うか思案に明け暮れる。
氷像片や血痕を気にすることもなく、狂気の賢者はスラムから立ち去った。
【聖都ラ・ブランダス】
大聖堂の入口で聖女クリスティアナは神官に囲まれていた。
王城への招待状が聖女に届いたのだ。
「だいたい一週間くらいで帰るでしょう。その間は任せますね。」
「聖女様、道中何事かあったらと思うと我らは気が気でなりません。」
「あら、心配いりません。ラバダがいます。」
クリスティアナの側には全身白い甲冑で身を包んだ大きな聖騎士。
ラバダは腕を組み僅かに頷く。
「ラバダが居れば私の旅は安泰です。」
「確かにラバダ殿は聖騎士一の実力を持ってますが……」
このラバダはクリスティアナの護衛騎士を務めている。
実力は本物で模擬戦では誰も彼を倒すことができなかった。
ただ彼はクリスティアナ以外と録に会話しない。
さらにクリスティアナとの会話も必要最低限の返事か相槌しかしない。
故にどういった人物像なのか誰もわからない。
「だからといって徒歩で向かうのは納得できません。」
そう、一番の問題は王都へ徒歩で行こうとしていることなのだ。
徒歩だと二日はかかる。
「皆さんの言いたいことはわかります。しかし私は何となく徒歩で行くべきだと思ったのです。」
今代の聖女は少し先の未来を視る力がある。
といっても具体的なことはわからず、直感的に嫌な予感がするのだという。
つまり馬車では何かに巻き込まれることを言っているのだ。
実際に過去王都への馬車を拒んだ聖女を無理矢理馬車に乗せたところ、エビルベアが襲いかかった事例もある。
「仕方ありません。ラバダ殿、どうか聖女様をお願いします。」
ラバダは神官に向かい頷く。
こうして聖女クリスティアナは王都へ向かい始めた。
【ブラウェイン王国 マルティアナ平原】
聖都を出ると広がる平原。
稀に強力な魔物が出現するため、聖都へ訪れる人は専用の乗り合い馬車を使う。
「ラバダ、周りに人は?」
「…………無。」
ラバダは抑揚のない声で答える。
そして片膝をつき頭を下げる。
「では……失礼します。」
クリスティアナはラバダの兜に座る。
ラバダはそのまま立ちあがる。
最強の聖騎士は聖女を肩車した。
「ふむ、やはり景色は最高です。聖都ではなかなかできないことをやるのは気持ちがいいです。」
ラバダはただ黙って歩き続ける。
「首周りは平気ですか?」
「問題無い。」
クリスティアナは自分だけ楽しむことはせずラバダの心配もする。
「ならまだやってもらいます。」
「御意。」
今のクリスティアナは聖女の格好ではなく、そこらの村娘のような姿をしていた。
ラバダはいつ着替えたのか銀色の全身鎧になっていた。
二人の外出はだいたいこの格好だ。
「王都へ行くついでにエミリアとナタリーに会えればいいのに。」
「…………。」
聖騎士は答えることはできなかった。




