死神少女は幻影屋敷に向かう
【ベルセイン帝国 巨大湖の町レキノ】
ちょっとしたトラブルはあったものの、何とか夜まで過ごすことができた。幻影の屋敷とやらに向かうことにした。
ポタージュ塗れにされた美少女の顔は火傷を負わずに済んだ。場合によっては隕石が降っていた可能性がある。
店主の対応は町を救った。
夜のレキノは非常に静かだった。
不気味なくらい静かすぎた。遠くから聞こえるファングの遠吠えがはっきり聞こえる。リネだって住民が寝静まるまで少しは賑やかだが、ここまで外に出ている者は警備を除き一人も居なかった。幻影屋敷の影響だろうか。
「お姉ちゃん…」
言い知れない不安がレイラを怯えさせたのかエミリアにぎゅっとしがみついた。
レイラの髪を優しく撫でると片手のグリムリーパーで何時でも戦える準備をする。
今の所エミリア達に敵意を向ける存在は感じ取れない。
だが視線を向ける存在はあった。
エミリアが上を向くとぎょっとした。
真上にはエミリア達を凝視する目玉が浮かんでいた。たまに瞬きのように瞳を一瞬閉じて再び少女達を眺めていた。
敵意は感じない。だがずっと見られるのは何か嫌だ。
ハンナがクロスボウの狙いを定めた直後、目玉は煙のように消え去った。
「………イビルアイ。」
クリスティアナが呟く。目玉のみの存在で下級の魔族。偵察用の使い魔として使われることが多いらしい。
「魔族絡みとなると厄介ですね。」
生命力の強い魔族が相手となるとクリスティアナが出番となる。エミリアでも一撃では仕留めきれないだろう。
ふと、屋敷に向かう途中で異様に明るい場所が見えた。町の外れにある教会のようだ。
教会の消灯時間は過ぎてるはずだが。
薄暗い教会の近くには青い十字架の旗が立てられてるように見え、白い鎧の人が数人彷徨いていた。
その内数人がクリスティアナを見つけるなり駆け寄ってきた。エミリアとラバダが庇うように前に出るとクリスティアナはため息をついた。
「聖女クリスティアナ様!このような場所でお会いできるとは!!」
「クリス、知り合い?」
「はぁ………何のようですか、ブルクス教団の皆様。」
ブルクス教団は最近発足した宗教組織だ。
この世界では創造神ブランディアを信仰する正教会が一般的だが、彼等はその分派と言える存在だ。
「我々は近い内に憎き魔族を排除する第一歩を踏み出すことになったのです。その際、是非ご協力を。」
「その話は聞かないと言ったはずです。」
ブルクス教団の目的は魔族の排除。
魔族は人間の敵として見ており魔族を大陸から追い出すべく日夜活動を続けていた。
結構前からクリスティアナと接触していたが、彼女は魔族の重要性を理解している為そのような活動には参加しないと何度も伝えていた。
「可愛そうに、聖女様は魔族により洗脳されているのでしょう。今ならまだ間に合います、我々がお救いします。」
「結構です。これから依頼なので通してもらえますか?」
「おや、それは仕方ありません。今回は引き下がりましょう。」
依頼の話をすると教団はあっさり引いた。
「次は良いお返事を期待していますよ。」
「それは一生有り得ませんので。」
ブルクス教団は門番のみを残し教会へ帰った。
「あいつら好きにはなれない。」
「後々面倒なことにならないと良いのですが…」
エミリアが追っ手を警戒しながら幻影屋敷の場所へ向かう。気配が感じなくなるまで遠くまで来るとようやく警戒を解いた。
その時、蝙蝠が一匹飛び去ったことには気づかなかった。
【ベルセイン帝国 幻影屋敷】
湖と町を見渡せる丘に、それは現れた。
取り壊されたが城の跡に見たことのない屋敷。大きさはアデーレが住んでた城よりは小さいが階層は同じくらいありそうだ。
「屋敷の向きから推測すると、この辺りが開くものですが…」
ハンナが鉄柵を揺らすがビクともしない。町長のタックが言った通りだ。力任せに開けることは出来なさそうだ。
「ふむ、本来在るはずの場所に扉が無い。幻術に似ていますわね。」
この世界の幻術は魔法と違い催眠術に近いもので幻覚を見せたり精神操作を得意とする。
大昔に幻術を使って在りもしない常識をすり込ませ国を崩壊させた事例を持っていた。
ナタリーは鉄柵に近づき詳しく調べると魔法陣が出現、その直後。
ギィィィ
「っ!?」
鉄柵が突然開きだした。
そしてそこには予期していたかのように老人が佇んでいた。
「ようこそ。お待ちしておりました、エミリア・ルーベンス一行様。」




