死神少女は巨大湖の町に再び舞い降りる
【ベルセイン帝国 巨大湖の町レキノ】
かつて吸血妃と化したアデーレとの激闘が繰り広げられた町。巨大湖には多数の魚介類が生息しており釣りの名所と知られていた。
その水底には『主』と呼ばれる謎の魔物が棲んでいるのだが大人しい性格のため危険は無い。
それをウリにした観光業がレキノの主産業である。
依頼によりこの地に戻ったエミリア達は大きな屋敷で町の偉い人から話を聞くことにした。
「私は町長のタック・ティーガーだ。来てくれて感謝するよ。」
町長と名乗った男性は山賊のようなパワーのありそうな見た目だ。昔は冒険者をしていたらしく、壁には感謝状やBランク認定証が飾られていた。
「ここ、レキノは観光業によって栄えている。だが最近それを脅かす存在が現れたんだ。」
「脅かす……魔物ですか?」
「それが、よく分からんのだ。」
タックは立ち上がると町並みが見える窓際に向かうと、ある場所を指差した。
「君たちが以前戦った城があるだろう?今は取り壊されたが。」
湖畔の城跡には一見何もないように見える。
「夜になるとな……屋敷が出現するんだ。」
「屋敷そのものが………ですか?」
「あぁ、間違いない。俺が直接確認したんだ。」
住民からの知らせを受け、タックは冒険者数人と調査に向かった。
「夜にしか現れない屋敷………気になりますわね。」
「だがな、門の前までは辿り着けたが中には入れなかった。鍵が掛かってるわけでもない、まるで壁みたいにビクともしなかった。」
「幻術にしては手が込んでますわね。興味深いですわ。」
タックは屋敷の周りを歩き回ったが侵入できそうな場所は見当たらず、結局日の出を迎えたのだ。
すると屋敷は霞のように姿を消したのだ。
まるでアズマの妖怪化け狐辺りに化かされたかのように。
「まだこれといった被害は出ていない。あの屋敷が何なのか、中に誰が居て何の目的があるのか。これを調べてほしい。」
「ん、任せて。」
幻影の屋敷は夜にならないと現れない。つまり今はものすごく暇だと言うことだ。
折角なので町をぶらつかせてもらおう。
観光産業で成り立っているレキノは至る所に土産屋や宿屋、食事処が建っている。
土産屋ではレキノを題材としたジグソーパズルが目玉商品で一番売れている。特に『巨大ジグソーパズル』は完成に1週間以上かかると言われ究極の暇つぶしとして領民や貴族に人気だ。
面白そうだ、今度皆でやってみよう。
値段は金貨二枚。低級武器より高かったがお金だけは有り余っているため余裕だった。
別に守銭奴というわけではない、収入に対して支出が少なすぎるだけだ。
土産屋で彷徨いてると気になる物があった。
縫いぐるみだがエミリアの知らない生物に見える。
「それは巨大湖の『主』と呼ばれる『シードラゴン』のレッキーだよ。」
「シードラゴンがこんな所に?!」
ハンナが驚くのも無理はない。
シードラゴンはその名の通り海に住み、世界中を回遊する魔物。ドラゴンの名を付けられているが生態は特異で前後の脚がヒレのように変化し泳ぎに特化するよう進化を遂げた。
最大の特徴としてドラゴン系の魔物として唯一群れで行動するのだ。強大なドラゴンでありながら狩りの時もグループで協力しながら獲物を仕留めるのである。
また仲間意識が非常に強く群れの誰かが被害を受けると全員で敵対者を排除しようとする。
このような魔物が単独で行動することがハンナには信じられなかった。
「あたしが子供の時にはもう居たらしいからどうやって来たのかは分からないねぇ。」
おまけに滅多に姿を現さない。
もっとも、仮にも危険生物であるドラゴンが頻繁に現れたらそれはそれで騒ぎになるだろうが。
次は立ち寄った小料理屋でお仕事前のご飯だ。
依頼の直前に腹ごしらえをするのは冒険者の中では当たり前の事。食事をとることで集中力が欠くことなく仕事にかかれるのだ。
勿論食いすぎは厳禁だ。
数組の冒険者パーティーと思われるグループが既に座っているがエミリア達の席も確保できた。
食事を必要としないラバダは通り道を塞がず、且つエミリア達の視界に入るよう壁際で飾り物になっていた。
看板娘が注文した料理を並べていく。お昼ご飯は食べたのでスイーツが中心だがハンナのみ骨付き鶏肉とガッツリした物だ。
エミリアの前にはクロワッサンにコーンポタージュ。熱々のポタージュを飲むのは後回し、先にクロワッサンからいただく。お店によってサクサク感は違うのだが今回は当たりらしく、うんうんと頷いていた。
「もううんざりだ!お前をパーティーから追放してやる!」
クロワッサンを堪能した所でエミリアの背後から怒声が響いた。
その席には追放宣言した重鎧の男と宣言されたエミリア達と同年代らしき少年、魔導師の男性と神官の女性がリーダーらしい重鎧を宥めていたが熱は治まりそうにない。ちょっと前から何かを言い争う声は聞こえていた。戦えない奴は邪魔だとか何処かで聞いたような台詞を並べていたが無関係の自分達に何かするわけでも無いからと無視をしていたが流石にうるさい。
席を移そうと看板娘さんを呼ぼうとした。
「すみま」
「いいから荷物を纏めて出て行け!!」
重鎧がジョッキを少年に投げた。
少年が思わず避け、ジョッキは当たらずそのまま飛んでいく。
何処に?
後ろに座る少女目掛けて。
ゴッ!!
「げぶっ?!」
「「「「あっ!!?」」」」
エミリアの後頭部に直撃。
自分を狙った訳ではない流れ弾を探知能力は感知せず避けられなかった。
しかも熱々のポタージュに顔がダイブした。
「あっちゃ!!あっちゃい!!」
「エミリアっ!」
「お姉ちゃんっ!」
堪らず床で転げ回るエミリア。
慌ててクリスティアナとレイラが介抱をする。
驚いたのはジョッキを投げた重鎧男だった。
まさか避けるとは思わず、しかも無関係の少女にとんでもない被害を与えてしまった。
これはまずいと席を立った。
「お客さん、何処へ行く気だい?」
重鎧男の前に立ち塞がったのは町長のタックに負けないくらいムキムキの店主だった。
「くそっ!」
重鎧男が逃げようとすると後ろから何かが首根っこを掴み持ち上げた。
「店主か、これはどうする?」
重鎧男よりも重鎧のラバダが騒ぎを見て確保に来ていた。
「傷害の現行犯だ。憲兵が来るまで閉じ込めてやる、手伝ってくれ。」
「承知した。」
ラバダは店主に案内され迷惑鎧を何処かに連れて行ってしまった。
店には他にも冒険者パーティーが騒ぎを見ていた、言い逃れはできないだろう。
数人が「あいつ終わったわ」と顔を青くしていたのは憤怒の表情のナタリーとクロスボウを構えたハンナが原因だ。
強そうな店主が来たので血を流さずに済んだが。
後でエミリア達にはお詫びの印として店の割引券が渡された。鎧男のメンバーも頭を下げナタリーの怒りはようやく治まった。
「災難でしたね、エミリア。」
「コンポタ飲めなかった。」
ただ一人不満そうだったが。




