それは呪いか祝福か
※過激な残酷描写にご注意ください
【バナス砂漠 グシュ遺跡】
(まずいまずいまずいっ、手遅れにならない内に………あぁ魔力が足りない!)
エミリアの呼吸が止まっている。
あってはならないことに気づいたクリスティアナは空間魔法を展開した。
虚空に手を突っ込むとマナポーションを取り出し一気飲みした。
「ぐふっ!?」
あまり見せない姿。
マナポーションはポーション同様不味い。あちらより苦味が増してるからタチが悪い。
おまけに腹に貯まりやすい性質を持つため、女性魔導師から敬遠されがちな代物だ。
とはいえ効果は本物なので渋々使っているのである。
クリスティアナの普段見せない行動、絶対飲まないマナポーションの使用。
頭が良いのが災いしてナタリーは何が起きてるのか理解してしまう。
「クッ、クリス様!」
「分かってます!」
二本目を咽せながらガブ飲みしたクリスティアナは両手に魔力を集中させた。
『リザレクション』
身体から抜け出した魂を再び身体に呼び戻す神秘の魔法。
ただし、抜け出した魂は数分で昇天してしまうため猶予は無い。
「お願いですっ!戻ってきてっ!」
半泣きでエミリアの胸に魔力で光る手を押し当てる。
経験上、約八分以上経過で魂は呼び戻せない。
今回は一分も経ってないはずだ。
見守っていたレイラとハンナも異常事態に気づき顔を青くしていた。
「やだ………お姉ちゃんっ!」
「お願いクリスさんっ!」
(親友一人助けられなくて何が聖女ですか!!貴女だけは絶対に救ってみせる!)
(手応えが無い…………どうして?)
エミリアの身体にリザレクションは確かに効いたはずだ。何度も使えない力とは言え手順は間違ってない。
それなのに効果が現れる兆しが無い。
まさか、間に合わなかった…………?
いや………
(違う………これは既に作用している?)
エミリアの身体が一瞬光る、彼女は目を覚ました。
「ん……………あっ。」
三人が無言で抱きしめた。
目の前で静かにエミリアが絶命したのだ、ショックは計り知れないだろう。
クリスティアナはその輪には入れなかった。
エミリアが戻ってこれたのは明らかにリザレクションとは違うものだ。
クリスティアナにはそんな魔法をかけた覚えはない。
「クリス。」
不意にエミリアが声をかけた。
「…………あ、はいっ。」
「いつもありがとう。」
無表情ながらクリスティアナへの感謝の言葉。
回復魔法を使う度、律儀にエミリアはお礼を言ってくれる。
そういうとエミリアはグラズの元へ向かっていく。
「ちょっと待っててね、あいつは皆を傷つけたからやり返さないと。」
ルールーが憑いたらしく、瞳を赤く光らせた彼女から凄まじい怒気を放っていた。
だが、今のクリスティアナには聞き捨てならない単語があった。
『いつもありがとう』?
クリスティアナは回復魔法を何度か使ってはいるが、エミリアに蘇生魔法を使ったのは今が初めてだ。
聖都にいた頃に読んだ古い文献に書いてあった。
聖女の思い人が力尽きる時、再び活力を取り戻す。一見便利なようだが、そんな便利なものではなく場合によっては人生を台無しにしてしまう、クリスティアナが『祝福という名の呪い』と称するもの。
「クリス様、顔色が悪いですわ。飲みます?」
自分用と思われるマナポーションを差し出すナタリー。
「蘇生魔法といえばかなりの魔力を使うそうで、クリス様も消耗が激しい筈ですわ。」
「…………違います。」
「はい?」
「私の蘇生魔法ではないんです…………過去の私の過ちがエミリアを、死ねなくしているのです。」
「過ちって…………クリス様が何か間違うだなんて、今だってお姉様を生き返らせて…………」
ナタリーの言葉が詰まった。
賢者として魔法の知識を詰め込んでる時にクリスティアナが読んだ物と似た文献の文章が脳裏をよぎった。
猛一郎と桃江の猛攻にグラズの障壁が打ち破られる。同時に桃江が解放していた鬼が鎮まり般若面が外れた。
「さて、もう逃れはできません。」
「潔く散ると良い。」
猛一郎と桃江により黒ローブ軍団は全滅していた。
もうグラズを護る物は残ってなかった。
「ふっ、まだ手はある。」
懐から何かを取り出すと地面に叩きつけた。
その瞬間、
キィィィンッ!!
「きゃあっ!?」
「ぬっ!?」
広間を強い光が覆った。
冒険者用魔道具の閃光弾、こんなこともあろうかと隠し持っていたのだ。
「ふふ、もうこの時代に用はない。もっと前に転移して今度こそ邪神様を蘇らせるのだ。」
邪神の御子であるグラズは邪神同様、時渡りの力が使えた。
ただし自由自在というわけではなく数年単位でしか渡れない制約はあるが、そこまで遡れば充分だった。
ザクッ
「ぐあぁ!?」
時渡り前にグラズの顔に斧が直撃した。
「何処行くつもり?」
閃光を受けてないエミリアが斧に変形したグリムリーパーを投げていた。
「きっ、貴様はげふっ!!」
グリムリーパーを乱暴に引き抜き顔を一発殴る。
「よくも皆を虐めたね、今のはレイラとハンナの分。」
「はぎゃっ!?」
「ナタリーの分。」
倒れ込んだグラズの股を踏み潰す。
そして首根っこを掴み持ち上げた。
グリムリーパーが短刀状に変形した。
「序でにデカブツの分。」
喉を切り裂きエミリアの顔が赤く染まる。
肩を強く叩かれるがエミリアはビクともしない。
「そして私の親友クリスの分、一生かけて後悔しろ。」
顎から突き刺し、脳天を貫いた。
叫ぶことも出来ずグラズは両腕をだらんと垂らしたまま動かなくなった。
そのまま投げ捨てた瞬間、グラズの身体が粒子になって消えた。
「……………逃げられた。」
忌々しそうに呟く。
「お姉様!!」
振り向いた瞬間に抱きつかれる。
妹とは体格差があるので少しよろけたが何とか耐えた。
「ごめん、逃がしちゃった。」
「良いのですわっ、お姉様が無事ならば!」
そう言ったナタリーは何故か泣き腫らした顔をしていた。
レイラも、ハンナも、クリスティアナもだ。
「エミリア、貴女に謝らなければいけないことがあります。」
「クリス?」
「私は貴女の事を聖都の頃から思っていました、そのせいで『聖女の加護』の対象にされてしまったのです。」
「せーじょのかご?」
「エミリア………心当たりありませんか?私が居ない時に死にそうな怪我を負って気を失い、また立ち上がれたことが。」
「ん…………何度かある。」
「やっぱりっ…………」
クリスティアナは崩れ落ちた。
訳が分からないエミリアはクリスティアナを落ち着かせようと抱きしめた。
「クリス、どうして泣くの?」
「聖女の加護は……………貴女の寿命を削って生き返らせているのです!!」
エミリアは既に死亡していた。
だがアンデッド化はせず聖女の加護により人間として生き返ることが出来た。
初めての死は両親が焼け死んで黒の森で生活を始めた頃。
戦い慣れしてなかった時期にエビルベアと遭遇し、為す術無く絶命。
しかし肉を喰われる寸前で加護が発動し、逆にエビルベアを仕留めた。
夜盗に襲われた時、ゴブリンに襲われ打ち所が悪かった時、人食い植物に喰われかけた時………
ここに来るまでにエミリアは随分な回数殺されていた。
その度に聖女の加護により蘇り人間を続けることが出来ていた。
代償としてエミリアは長くは生きられない身体になってしまった。




