死神少女との望まぬ再会
【バナス砂漠 上空】
エミリアが連れさられて、すぐにクリスティアナ達は行方を追うことにした。
行き先の当てはあった。
部族長の家で見た資料に、夢で見たグシュ遺跡。
あの場所で良からぬ事が起きようとしている。
手負いのフレイムドラゴンは何とか人を乗せて飛べる位には回復した。
だが相手に冷気魔法使いが居る以上、戦闘に参加はさせられない。
フレイムドラゴンにはいつものメンバーの他にミノタウロス侍の猛一郎が乗っていた。
戦友を助ける………つまり最後まで付き合ってくれるらしい。
真下には青い大犬に騎乗する桃江と、明日香を背負いながら物凄い速度で走る乃々。
大犬は里見が変身した姿らしい。見た目は伝説のフェンリルのように見えた。
乃々に掴まる明日香は先程より顔色が悪い。
多分酔っている。
【バナス砂漠 グシュ遺跡】
「あれです!」
クリスティアナが指差す方向には、見た目は岩山だが不自然に松明が焚かれ人気があるように見えた。
そしてかなりの数の敵らしい影も。
「グオオォォォ!!」
フレイムドラゴンが叫ぶと火球を三発ほど放ち敵の影を吹き飛ばした。
「そろそろ冷気魔法の射程ですわ、降りて奴らを後悔させましょう。」
ナタリーの言葉を聞いてフレイムドラゴンは岩山から少し離れた位置に降り立つ。
真っ先に降りたのはナタリー。
直ぐさま『サンダーボルト』で敵の集団を感電死させる。先程の戦いで魔法を思うように使えなかったため余力を残していた。
遺跡から新たな黒ローブの集団が出てくると猛一郎が駆けだした。
見た目は重量級だが機敏に動いてチャクラムやナイフを弾き飛ばし、確実に敵を始末した。
エミリアと死闘を繰り広げただけのことはある。
やがて桃江達が到着すると騒ぎを聞きつけた岩山の警備が迫っていた。
「彼等は私達が引き受けます、皆さんはエミリアちゃんを。」
「お願いします!」
クリスティアナ達が中に入るのを見届けると桃江達は黒ローブの集団と対峙した。
「さて、私は今非常に怒りを感じています。」
お供の二人が「あっ。」と言うような顔をすると桃江は般若面を取りだした。
「たった一人の女子に大人が寄ってたかって甚振る。アズマの人間として貴方がたを許せそうにありません。我が怒りの糧となりなさい。」
そう言うと般若面を付けた。
直後、
「ウォォォォォ!!!」
桃江が女性とは思えない野太い声で叫ぶと全身が赤い光で覆われた。
アズマ国建国初期から存在する鬼島家は古来より鬼と因縁の関係にあった。
人間として初めて鬼を倒した英雄が血を繋いでいき、そして桃江が生まれた。
物心ついてからは鬼退治の修行に明け暮れ、やがてアズマ随一の実力者となった。
そんな鬼島家には代々伝わる秘術があった。
様々な霊力を封じた面。これを装着することで鬼に迫る力を手に入れ鬼退治を行うのだ。
今、桃江が所持しているのは二枚。
一枚は我々がよく知る女顔の能面。能面を通じて武器に力が宿り、敵を斬りつけるほど威力が増していく。
もう一枚の般若面は文字通り鬼を封じ込めた面。
普段は無力だが、桃江の怒りに共鳴して光り出し封じられた鬼が具現化してしまう。
鬼が具現化すると桃江ですら制御できなくなり破壊の限りを尽くす危険な代物と化す。
この為普段は滅多なことでは使わないし、怒らないようにしているのだ。
一応ある程度発散させれば無力化はできるのだが代償があまりにも大きい諸刃の剣なのである。
だが桃江はそれを承知で般若面を付けた。
「サァ、イザ尋常ニ勝負!!」
具現化した鬼は桃江の身体で黒ローブに突進。
人間離れした速度で黒ローブを跳ね飛ばし、薙刀で叩きつけ衝撃波を発生させた。
「あぁなった以上、最早ご主人は止められない。」
「そ、相当溜まっていたんですね……あんなに怒ったご主人は初めてです。」
「………にん。」
ただ一人、乃々は合掌していた。
鬼を呼び起こした哀れな敵に対して。
行く先々で黒ローブの襲撃を受けるが全てラバダと猛一郎が薙ぎ倒した。
二人とも索敵能力はないが、敵襲にすぐ対応できる猛一郎と刃の通らないラバダには関係ないことだった。
ハンナの手にはエミリアの相棒グリムリーパー。ドラゴンに乗るときに放置されていたのを見つけていた。
今のエミリアに一番必要な物だ。
やがて重厚な鉄扉が姿を現した。
「本丸かも知れぬな。」
「何かありそうだ、俺が開ける。」
ラバダが鉄扉に手をかけた。
「む?」
ズリズリズリ
何かを引きずるような音がする。
音はこの鉄扉に向かってきていた。
ラバダが鉄扉から離れる。
ドォーーン!
鉄扉が勢い良く開かれる。
開いたのはエミリアだった。
「お姉様!!」
「エミリア!!」
「お姉ちゃん!!」
「無事だったのですね!」
四人が駆け寄った。
が、クリスティアナが立ち止まる。
「エミ………リア?」
違和感を感じたのが他の三人も足を止めた。
エミリアは何故か俯いていた。
ゆっくり顔を上げると瞳が紫色だった。
右手には戦斧。
「逃げろ!!」
ラバダが叫んだ直後、戦斧が振り下ろされた。
ガキッ!!
「ぬぅぅっ!!!」
四人の前に飛び出したラバダがその身で刃を受けた。
かなりの勢いがあったのかラバダが押し出された。
「これは良い、グラズは最高の贈り物をしてくれた。」
エミリアが流暢に喋る。
だがその声は違う何かが混ざったような、少なくとも普段のエミリアの声ではなかった。
「邪神……ズヴェン!」
「前は不快な身体に閉じ込められたからな、やはり生身の身体は動きやすい。」
「お姉様から離れなさい!!」
「それは出来んな、素晴らしい贈り物は大事につかわせてもらわないと。」
再び戦斧が振り下ろされた。
ドゴォォーン!
石畳が簡単に砕け散っていた。
「主……………!」
実体化したルールーは息を飲んでいた。
「ルールー様っ、エミリアが邪神に!」
ルールーは邪神に取り憑かれたエミリアをじっと眺めた。
普段使わない大降りの戦斧で一緒に旅した仲間達に暴の限りを尽くしていた。
ラバダの守りですら突破、加えて肉体はエミリアそのもの。
今のクリスティアナ達にとって一番の難敵だった。
「っ!………主の魂が邪神によって消えつつある。」
「そんなっ、どうすれば?!」
「方法はある、ルールーと聖女の力で邪神を引き剥がす。」
「引き剥がす………そんなことが出来るのですか?」
「聖女はルールーの手伝いをすれば良い。でも時間をかけ過ぎると………主の魂は永久に消える。」
「………あまり猶予は無いみたいですね。」
「聖女、いくよ。」
ルールーが手を翳す、クリスティアナもそれに続く。
エミリアから何かを剥がすようなイメージをする。
「なんだこれは?!」
邪神は苦しみ出す。
一連の会話を聞いていたナタリーは邪神の動きを止めようと『麻痺魔法』を唱える。
だがエミリアの身体に魔法は効きにくい。なので直接、エミリアに触れながら魔力を送り込んで継続的に麻痺させることにした。非常に危険な行動だ。
「邪神様の邪魔はさせません!」
事態に気づいたグラズが黒ローブを送り込む。
「やらせるものか。」
「拙者達が相手だ。」
すかさずラバダと猛一郎が集団を相手する。
邪神の攻撃でラバダの鎧に傷が出来たが動きに支障は無いようだ。
「何処までも鬱陶しい奴らだ!」
グラズの頭上に黒い魔球が出現すると前方に電撃を放った。
「あ゛あ゛あ゛っ!!」
標的は護衛の居ないクリスティアナ、直撃だった。
「小癪な真似を!!」
「きゃあ!!」
聖女の力が無くなり自由を取り戻した邪神は至近距離にいたナタリーを蹴り飛ばした。
「お姉ちゃん……。」
あまりの光景にレイラは立ち竦んでいた。
優しくて格好良かったエミリアが、皆を傷つけているのが信じられなかった。
中身が違うのは何となく分かった。
だが見た目はエミリアなのだ。
幼い竜はどうしてもそっちに考えてしまう。
「はぁっ、はぁっ、何て奴!」
黒ローブを狙撃するハンナの手は信じられないほど震えていた。
信頼していた少女が。いや、似た何かが立ち塞がっただけでクロスボウの照準が定まらないのだ。
狩りにおいて平常心を欠くのは致命的だった。
「どうした狩人、お前の獲物は目の前だぞ?」
邪神の次の標的がハンナになった。
「違う………エミリアは獲物じゃない。」
クロスボウを構える手の震えはまだ止まらない。
「獲物は…………お前だ!!」
バシュッ
矢は邪神の真横をすり抜けた。
その先にいるグラズの元へ真っ直ぐ飛び、障壁に阻まれた。
障壁に阻まれた矢は反転しハンナに向かう。
ドスッ
「うっ………ぐぅぅ!!」
ハンナの右腕に深く刺さった。
グラズの障壁は飛び道具を反射していた。
明日香の銃撃の時は距離があり過ぎて届かなかっただけで反射していたのだ。
「狩人とて所詮は人間、脆い物よ。」
邪神の瞳がレイラに向かう。
「ひっ………!」
「幼い竜よ、せめてもの慈悲に一撃で仕留めてやろう。」
「レイラ、逃げて!」
ハンナが叫び、レイラは反射的に走り出した。
「あっ!?」
恐怖で足がもつれたのか転んだ。
邪神の戦斧が振り上げられた。
「レイラーー!!!」
ガツッ!!
戦斧は振り下ろされた。
だがレイラのすぐ脇に反れていた。
「私の仲間を、傷つけるな。」
それははっきりと、エミリアの声だった。




