死神少女達に迫る者
【ベルセイン帝国 小さな村リネ】
並の女性冒険者であれば数十人の冒険者を相手するのはほぼ不可能だ。それも逃げ場の無い闘技場では尚更だ。
全方向からの攻撃に気を遣うのは並大抵の事ではない。
少しずつ消耗してやがて力尽きるのが普通だ。
しかし目の前の少女エミリアは普通ではなかった。
全ての攻撃を避けるだけで無く、最小限の動きで確実に冒険者達を殺害していた。
その内エミリアは方法を変えてきた。
致命傷を避けて蘇生を妨げ、苦痛に苦しむ時間を与えるようになった。
ある者は四肢切断、ある者は胴体を上下に分断、またある者は股間を割る等して激痛を伴うがすぐには死なない重傷者を増やしていった。
発動している回復魔方陣では追いつけなくなっていた。
両親の教えで人体の急所を知り尽くしているエミリアには簡単なことだった。
蘇生する毎にボロボロになっていく冒険者。
蘇生と回復の魔方陣には装備を修復する機能は無かった。
鎧は砕かれ服もズタズタにされ敗残兵のような有様だ。
対するエミリアはスカートに切れ込みが入った程度。
彼らにとって不幸だったのは魔導師や弓使いのような遠距離攻撃ができる者が居なかったことだろう。
弓使いの冒険者達は純粋にエミリアを冒険者として賞賛していたし、魔導師は単純に実妹のナタリーと敵対したくなかった。
学園時代にナタリーの怒りを買った貴族子息が氷像に閉じ込められた事件は魔導学界に知れ渡っていた。
特にエミリアから送られたペンを折った令息は未だに溶けない氷となり屋敷に佇んでいた。
国内でナタリーと戦おうなんて魔導師は存在しなかった。
こうなるといくら蘇生できるとはいえ彼等の心は限界だった。
大勢でかかっても傷一つ付けられない上に遊ばれるがまま殺害されていく。魔王とまるで戦ってるようなものだ。
冒険者の一人が背後にある出入り口へ走り出す。
一人が逃げ出すと次々と後を追って逃げ出した。
エミリアナが止める声は無視だ。こんな地獄は聞いてないからだ。
ドンッ
と先頭の冒険者が出口で何かにぶつかる。
「カカカカカカッ」
「うわぁぁぁぁ!!」
待ち構えていたのは兜を被ったスケルトン。
どうやって入ってきたのか、それを皮切りに武装したスケルトンが入り込んできた。
エミリアの背後にある出入り口からはゾンビドッグ数体が入り込んだ。
「む………。」
面倒な邪魔が入ったとエミリアは意識を魔物へ集中させた。
ゾンビドッグの群れはそのままエミリアへ向かって走り………
そのまま通り過ぎた。
「お?」
ゾンビドッグの標的はエミリアナと取り巻き連中だった。
鋭い牙で噛みつかれ動けなくなった所をスケルトンに捕縛されていた。
「間に合ったみたいね。」
「リリノアさん。」
ゾンビドッグの群れが出てきた所から仮面の死霊術師リリノアが出てきた。
魔物は彼女が召喚した物だった。
依頼から帰ってきたリリノアとセリカは冒険者ギルドが騒がしいことに気づく。
村の住民に話を聞くとエミリアとの決闘騒動を知り闘技場へと押し入った。
入口に居た見張りを黙らせてから二手に分かれた。
リリノアがエミリアの救出、セリカが魔方陣の確保だ。
召喚したスカルアーミーとゾンビドッグで挟み撃ちにすれば全員捕まえられるだろう。
問題はエミリアがゾンビドッグに手を出すかどうかだが杞憂だった。
今頃セリカは魔方陣のある部屋を制圧している頃だろう。
あの部屋は小さい上に障害物もない。
セリカの剣は狭所でこそ本領を発揮する。
仮に魔導師がいた所で狭くてたいしたことは出来ないはずだ。
エミリアナ一派全員を捕縛したのか兜を被ったスケルトンがやってきた。
リリノアが聞き取れない言語で何かを話すとスケルトンが敬礼して簀巻きにされた冒険者達を連れていった。
冒険者ギルドには問題を起こした冒険者を閉じ込めておくための部屋がある。
ただの小さな部屋だが窓もないし外側から鍵を掛けられるので『牢屋』と呼ばれている。
そこに連れて行くのだろう。
「あっ………?!」
不意にエミリアが眠気に襲われ倒れかける。
リリノアも 頭を抑えて耐えていた。
不思議なことに騒いでたエミリアナ達は今の瞬間で全員眠り始めた。
何とか眠気に抵抗したエミリアは言い知れない不安を感じて闘技場から出た。
ギルド内には無数の村人と冒険者が居眠りしていた。
村人全員が昼間に一斉に眠るなんて考えられなかった。
それこそ魔法にかかったかのように起き上がる気配もない。
「………レイラ?」
自分の心臓が激しく動くのがわかった。
ここに居るはずのレイラが居ない。
事件に巻き込まれたのだろうか?
ドォォォン!!
その瞬間、爆発音が聞こえた。
異様に静まりかえる村で聞こえた爆音。
家の方向から聞こえたのがわかったエミリアは全力で走り出した。
闘技場であまり動かなかったからかスタミナは充分にあった。
自分の知らない場所で大切な仲間を失うのは耐えられないことだ。
時は少し遡る。
闘技場に入れないことを知った村人達が騒ぎ始めた。
入口にはエミリアナに通じた冒険者がいたが彼等が誰も入れないよう見張っていた。
非は完全に冒険者側にあるが彼等は武器を取り出し脅した。
それを合図に村人達が冒険者に襲いかかった。
流石に数の暴力には敵わず殴られ蹴られた。
しかし闘技場への入口は開かない。
開くための鍵はエミリアナが隠したため彼等にも開けることができないのだ。
騒動が始まった瞬間、怖くなったレイラはその場から逃げ出した。
このままでは村人達が怪我をしてしまう。
エミリアが居ないことが更に不安を煽った。
家にはこんな時に頼れる人達がいる。
やがて見慣れた我が家、いつものように玄関前で仁王立ちするラバダがいた。
安心したのか急に眠くなったレイラは倒れるように意識を失った。
「ここはベッドではない。」
地面に激突寸前、重厚な見た目からは想像も付かないスピードで駆け寄りレイラを支えた。
「レイラちゃん!?」
ラバダと視界を共有していたクリスティアナが飛び出してきた。ナタリーとハンナも続いた。
「これは………魔法で眠っている?」
レイラの状態をクリスティアナは一目で見抜いた。
「意図的に眠らせる魔法、誰がこんなことを………」
眠りを誘う闇魔法は危険なため特別な許可が無ければ使用が出来ない。
消費魔力も多く使い手も限られてくる。
「ん、誰かいる?」
ハンナが何かの足音を聞き取った直後、
ビシビシビシッ
「なっ、これは!?」
家を囲っていた障壁に突然ヒビが入り始めた。
そして_____________
バリィーーン
「うっ………」
障壁が破壊された衝撃でクリスティアナが気絶した。
それと同時に急激な睡魔が襲いかかった。
「くっ………なんなんですのっ?!」
睡魔に襲われながらもナタリーは氷柱を出すと自分の腕に躊躇なく刺した。
睡眠魔法への対抗手段の一つに『痛み』がある。
どれだけ強い睡魔に襲われても痛みを与える事で直ぐさま目を覚ますことが出来る。
仲間が眠ったら蹴って起こすのは冒険者間では常識だ。
他にも『治療魔法』や『薬草の汁を飲む』等があるが前者はクリスティアナの役目だし後者に至っては手元に持ち合わせがなかった。
突き刺した氷柱を引き抜くと忌々しそうに前を睨んだ。
ナタリーの視界には今の睡眠魔法と同じ魔力の持ち主が佇んでいた。
銀髪の王国冒険者であるライルだ。
「僕が一番なんだ………。」




