死神少女は魔熊と死闘する
【ブラウェイン王国 霧の森】
「グァォォォ!!」
雄叫びをあげた黒い大熊エビルベアはエミリアに突進する。巨体からは想像もつかない速さだ。
咄嗟に横に飛ぶ。
すれ違いにナイフを投げるのを忘れない。
背中に当たるがあまり効いていなさそうだ。一撃一殺をモットーとするエミリアの顔が僅かに歪む。
エビルベアは振り向き右腕を振るう。武器で受けようとしたがすぐに止めしゃがんで避けた。
エミリアの頭上を風が切った。
あれは武器を落とす動きだった。思ったより頭が働く魔物のようだ。
再びエビルベアが突進する。体当たり………じゃない、頭が低いから噛み付きだ。
エビルベアが口を開けた瞬間ジャンプ、鼻の辺りを踏みつけ背中にしがみつく。
「オ゛ォォッ?!」
予想外の行動に驚いたのか一瞬怯んだ。
エミリアは背中の毛皮をしっかり掴むとナイフを振り下ろした。
けたたましい叫び声が霧の森に響き渡る。
背中の獲物を引き剥がそうと魔物は暴れまわる。
少女は振り落とされまいとしがみつきナイフを刺し続ける。
不意の悪寒。
エミリアは背中から飛び降りた。直後、エビルベアは跳び、背中から着地した。
あれを受けたらいくらエミリアでも無事では済まなかっただろう。
エビルベアの赤い瞳がぎらつき始めた。
目の前の人間は格下のくせに身体に傷をつけた。
彼の頭は怒りで一杯になった。
エビルベアはおもむろに側に生えた樹木を引き抜くとそのままエミリア目掛けて投げつけた。
地面に伏せたが青い髪が数本犠牲になる。
顔をあげるとエビルベアは間近に接近していた。
あ、これは間に合わない。
エミリアの頭に巨体がのし掛かる。
そのまま足を踏みつけていく。
エミリアは立ち上がる…………がバランスを崩し転んでしまう。
それを見逃すエビルベアではない。
チャンスと言わんばかりに飛びかかる。
エミリアはプレートナイフを持っている。構えていない。
エビルベアがエミリアを食らいつこうと口を開けた。
エミリアは口角を上げていた。
魔物は少女にかぶり付くことなく横に吹き飛んだ。
「…………ふぇ?」
素っ頓狂な声を出したのはエミリアだ。
あの時彼女はエビルベアが口を開けた瞬間を狙ってプレートナイフを突き刺すという荒業をやってのけようとしたのだ。
半分スイッチが入っていたのだ。
が、突然目の前から巨体が消えた。
理解が追い付かないままエビルベアが吹き飛んだ方向を見る。
そこにはエビルベアを押さえつける赤いドラゴンがいた。
ドラゴンは咆哮をあげるとエビルベアを掲げ、地面に叩きつけた。
あれは…………間違いなくレイラだ。
傷ついたエミリアを見て飛び出したのだろう。
竜化までしていた。
エビルベアとフレイムドラゴンが肉弾戦を始めた。
爪がドラゴンの足を傷つけるがドラゴンはお構いなしに攻め立て、顔にパンチをした。
エビルベアは吹っ飛び樹木に激突する。
止めのつもりかドラゴンは大きく息を吸う。
エミリアは破けた外簑で顔を隠す。
フレイムドラゴン必殺の爆炎ブレス。
火炎はエビルベアを包み、同時に爆発を起こした。
かなり眩しいため間近で見るとしばらく目眩ましが起きる。
エビルベアは文字通り消し炭となった。
魔物の絶命を確認するとドラゴンが輝き、少女の姿に戻った。泣きべそかいて座り込んでいた。
「うぅ……怖かったよぉ……」
エミリアは足を引きずってレイラに近寄る。
「レイラありがとう。助けられちゃったね。」
「ひっぐ……あいつは怖かったけど……ぐすっ…せっかく一緒になったお姉ちゃん……死なせたくなくて………うぅっ………飛び出しちゃった…………。」
よく見ると左足から血を流していた。
ドラゴンの自然回復力は高いのだが、数分程度では流石に治らないらしい。
痛くて怖い思いさせちゃったか…………反省。
エミリアは泣き止むまでレイラを抱き締めた。
そうだ、あの子はどうなった?
エミリアはレイラに肩を貸してもらいテントに向かう。
黒髪少女は起きていた。
「起きてたんだ。」
「その……手当てしてくれたんだね。ありがとう。」
「あそこで放っておく選択肢はなかったの。当然よ。」
黒髪少女は包帯まみれで所々赤く染まっていた。
すると黒髪少女は目を閉じて周りを気にし始めた。
「もう魔物はいないよ。」
「違うの。大事なことだから待って。」
エミリアとレイラは困惑した。
やがて
「ねぇ、手を広げて。」
エミリアに言う。
黙って手を広げると黒髪少女が抱きついてきた。
「へ?」
「あっ!!」
エミリアは突然のことに動きを止め、レイラは顔を赤くした。
「お願い…………少しこうさせて。」
黒髪少女はエミリアの薄い胸に顔を埋め、
「お母さん…………お母さん…………!」
エミリアはただ背中を撫でることしかできなかった。
「うん、落ち着いた。」
短時間で二回抱きつかれるとは思ってなかった。
黒髪少女に至っては時々顔を動かす分くすぐったい。
「だって、なんだかお母さんと同じ雰囲気するんだもん。」
妹によく抱っこをせがまれたことはあった。
なんだか落ち着くということらしい。
「お母さんがいないのはもうわかってる。でも私はあいつらが黙っておうちを踏み荒らしているのが許せなかったの。」
あー。
例の狩人はこの子のことか。
しかし狩人してるとは思えない華奢な身体つきだった。
家からでない貴族令嬢と言われてもおかしくないだろう。
「ところで貴方すごい怪我してるから、町の病院にでも行かない?」
「え?これくらい何とかなるでしょ。」
先程まで死にかけていた人間とは思えない発言だった。
「二日あれば治る治る、多分。」
根拠はないようだ。それにその治癒力はドラゴン並だ。
「あーでも……えーと?」
「エミリアよ。この子はレイラ。」
レイラはぺこりとお辞儀する。
「エミリアとレイラちゃんかぁ。ねぇ、病院とか抜きにして私もついていっていい?」
「え、うーん。」
エミリアは悩んだ。
しかし二分で即決した。
「えへっ、ありがとう。大好き!」
黒髪少女はエミリアに抱きつき顔を胸に埋める。
「…っ。」
エミリアはこのスキンシップに少し困惑した。
抱きつかれる度に胸に顔が来るのは正直恥ずかしい。
人前では我慢させるべきか。
「うぅ~私も度胸があったら……」
レイラの教育にもよろしくなさそうだった。
「私はハンナ、よろしくね!」
なおハンナはエミリアより三つ年上だと知ってますます反応に困った。




