死神少女と狩人少女
【ブラウェイン王国 霧の森】
エミリア達が流れ着いたのは霧の森だった。
岸からあがった二人は取り敢えず暖を取ることにした。
焚き火と温風魔法で身体の震えはおさまった。
霧の森は常に霧に覆われている。太陽の光も通さないほどの霧である。ほぼ1日を通して冷気に覆われているようなものだ。
レイラはエミリアの外簑にくるまっていた。
フレイムドラゴンである彼女は寒さに弱い。
エミリアは不意の戦闘よりもレイラをとった。
「もう少し暖まったら行こう?」
「うん。」
レイラのためにも、肌寒いこの場所に長くいるわけにはいかない。
二人は川上に向かうことにした。流された方向に進めばいずれ町に戻ると思ったのだ。
今いる場所はかなり険しいところのようだ。
川に沿って切り立った崖が平行している。
エミリアは崖を見上げてみる。が、霧のせいでよく見えない。少なくとも低くはなさそうだった。
そういえば昔こういう所に来て両親を困らせていた記憶がある。
お気に入りの服を泥だらけにして怒らせていたっけ。
当時エビルベアに見つかった時は死を覚悟したものだ。両親が居なければ間違いなく死んでいただろう。
そうだ、それがきっかけで父から剣を教わったのだ。いざというときに両親や妹、親友を守るために。
そんな回想をしていた時、何かが崖から落ちてきた。
エミリアが近づくと呻き声をあげた。
エミリアより少し背が高いくらいの黒髪の少女だった。
時は遡る
少女は焦っていた。
今までいろんな魔物を討伐してきた彼女だが、目の前の男…………バッツはそれ以上の相手だった。
大きな鉞をまるで重さを感じないかのように振り回し少女の大鉈に叩きつけ、その度に衝撃で腕が痺れた。
トラップへの誘導は見事に回避され、少しずつ少女は疲弊していった。
クロスボウの矢が尽きた時、気がつくと崖際に追い詰められていた。
毛皮を被った少女は表情が見えない。
「年貢の納め時だ。」
「もう逃げ場はないわ。」
リオは身体を麻痺させ捕まえようと詠唱を始めた。
少女は大鉈に喋りかけた。
「お母さん……ごめんね。」
ルーシーは何かに気づくと少女の腕を捕まえようとした。
だがそれは空を切り、
少女は崖から転落した。
かなり高い崖から落ちたにも関わらず少女は生きていた。途中で何度か木がクッションとなり衝撃を和らげたのだ。
転落の際にクロスボウは壊れ、毛皮も無くなり少女の素顔が晒された。
魔物を狩る少女とは思えないくらい幼い顔は先程まで冒険者相手に大立ち回りをしていたとは思えないだろう。
薄れゆく意識の中、少女はただただ母との思い出の場所を守れなかったことを悔いていた。
ふと、何かに抱き抱えられるのを感じた。
母がもう居ないのはわかっている。
でもこの感触は………………
「お母さん…………」
「お母さんか…………」
エミリアは黒髪少女をテントに保護した。
適当に応急処置はしたがこれでなんとかなるだろうか。
こんな時親友がいたら傷を治せるのだが。
落ちてきた少女を抱き抱えた時、まさか母と勘違いされるとは……
放っておくのは後味が悪いし町に着いたら病院にでも連れていこうか。
「…………血の臭いが呼び寄せたかな。」
複数の気配を感じ取った。
一体は結構大物だ。
テントから出ると十頭のミストファングが集まっていた。霧の森に生息する青い狼の群れだ。大物はまだ来ていない。
レイラから外簑を受けとりミストファングと対峙した。
丁度いい、プレートナイフの使い心地を試すいい機会だ。
プレートナイフを抜くといつもの構えをしてみる。
エミリアの右腕が刀身に完全に隠れた。
髭もじゃはいい仕事をしてくれたかもしれない。
仕掛けてきたのは一頭のミストファング。噛み付きを避けすれ違い様にナイフを頭に突き立てる。
残りが次々にエミリアへ襲いかかる。
噛みつこうとしたミストファングはプレートナイフに阻まれ牙を刃に突き立てる。
喉元からナイフを突きそのまま絶命。
三頭同時に飛びかかった。真ん中のミストファングを踏み台に跳躍し受け身を取る。
三頭がもう一度仕掛けようとすると突然身体が燃え始めた。
レイラも黙ってエミリアを見ているつもりはなかった。
こういった魔物には炎がよく効く。霧のせいで威力は下がるが十分だった。
『ファイアボール』を唱え更に三頭を燃やす。
レイラは笑顔でピースした。
残り二頭になった時、そいつは現れた。
二頭のミストファングを腕の一振りで吹き飛ばした黒い魔物。
エミリアの三倍はあろうかという巨大な身体。
赤い瞳は小さな獲物をただ無慈悲に見つめる。
両腕の爪は鉄をも切り裂くとも言われている。
別名『無慈悲な怪物』と呼ばれるエビルベアが立ちはだかった。




