9 リリーという女
ジョンの部屋のナースコールボタンが点滅しているのを見てリリーは「私が行くわ」と席を立ちかけた。12時間シフトは終わりかけていたけれど、ジョンの経過が気になるのでもう少し病院にいようと決めていた。
ナースの間ではジョンの症状でもちきりだった。もちろん誰も奇病などと信じてはいない。
「体中に50本の針だって!とんだ変態よね、ほらこの間の肛門にガラス瓶男と同じくらいじゃない?」
「素敵と思っていたのになあ~それにしても趣味なのかな?うええ気持ち悪い!」
「ドクターたちも自分で入れたんだろうって話してたわよ、信じられないわよね。私たちが一本注射打つだけでギャーギャーいうやつもいるのに」一斉に笑う。
ナースステーションの前をジョンの診察を終えてピーターが通りかかった。すぐに部屋番号を確認してリリーの「私が行くわ」と言う声を聞いた。そしてナースたちの話声と笑い声が聞こえた。
「いい加減にしないか!夜間とはいえここを通る人間には丸聞こえだぞ!」
「すみません、ドクターウォルツ」と言いながらも、ナースたちは肩をすくめた。
「それから君、時間があるかな話がある」とリリーを呼んだ。
「今ですか?ドクターウォルツ。患者が呼んでいるんですけど」
「ほかのナースに任せられるだろう。ちょっとこちらに」
並んで廊下を歩き、誰もいない待合室のドアを閉めて2人で腰を下ろした。
「ジョンのことなんだが、何か心当たりがないだろうか?」
「心当たりって?2人の新しいプレイだとか?そんなことするわけないわ、私たちはとっても正常なのよ。ジョンはね、ベッドの中ではいたって普通だったわよ、普通っていうより淡白なくらい」くくくと笑いながらあけすけにリリーは答える。
「それにどんな趣味があるかなんてあんまり興味なかったから。でもね、これだけは言えるわね、あんなにナルシストの塊の男が自分を傷つけるわけないわ。あんなに頭にもピンクッションみたいに針を刺すだなんて」と言い笑った。
「笑っているのか君は」
「あら、だってあのジョンにそんな趣味があるなんて、ちょっと面白いなと思っただけよ。命にかかわらないのならいいけれど、50本はやりすぎよね」
「君はジョンを愛していると思ってたよ」
「あら、私なりに愛しているわよ。ここ1か月は避けられていたからムキになっていただけよ。この私が無視されるなんて許せないわ、絶対に!」
「君は占いに興味があるんだって?魔術と言うのか。ジョンとそういう店に行ったんだろう?」
「ちょっと、この話はどこに向かっているのよ。私がジョンに何かしたっていうの?誰かがやったとでも思っているのかしら?もし誰かが故意に針を刺したとしたら、こんなことできるのは医者くらいじゃないかしらね?」
「君こそ何を言い出すんだ」
「ジョンの奥さんのケイトきれいよね?病院に一緒に来た時に見つめていたわよね?ジョンがいなくなったら、なんて考えたことあったんじゃないの?」
「失礼なこと言うな!」ピーターはかっとなって椅子をけるように立ち上がった。
「ああ、そうよね、もしもジョンを殺す気だったら簡単よね、注射一本打てばいいんですものね、ドクター。私にむかついているでしょうね。でもあなたには私を首にできないわよね、あの日の事公にできないわよね」高笑いするリリーの声を聞きながらドアを乱暴に開けた。
怒りで顔が燃え首の血管がどくどくと脈打っていた。
リリーが見習いとして病院に来た時、りりーはまだ未成年だった。高校卒業前のインターン制度として見習いにやってきたブロンドの美少女にしつこく誘惑されたピーターはたった一度の過ちを犯した。リリーが一番気に入らなかったことは、この(たった1回)というところだった。
「こんなことはもうしてはいけない。私は医者で君はまだ未成年なんだ。このまま付き合うわけにはいかないんだ」
「あら、未成年にあんなことやこんなことしたのは誰なのかしら?」
「リリー勘弁してくれ。あんな、つもりはなかったんだ」
当時の記憶が鮮やかによみがえる。このことは絶対に表に出すことはできない。後悔してもしきれなかった。
「あなたは私を首にできないわよね」と赤い唇をまげて笑うリリーを思い出すと怒りで手がしびれてきた。
「俺がもしも針山にしてやりたい人間がいるとしたら、それはお前だ、リリー」