8 人体改造
手術は数時間かかった。
複雑な手術ではなかったが、浅く切開、針の摘出、縫合。という行為を繰り返した。針は全部取り出すことができた。午後から始まった手術でジョンがリカバリー室で目を覚ました時は7時を回っていた。
最初にぼんやりと蛍光灯の光が目に入ってきた。すぐに激しい嘔吐感が襲う。部屋が揺れる。そうだ、針、針はどうなった?思わず体を起こそうとして当直らしいナースに咎められた。
「まだ動けないわよ、一般病室にもうすぐ運びますよ」そしてナースアシストに
「患者の意識戻ったわ、ドクターウォルツを呼んできて」バタバタと足音が聞こえる。姿は見えないが、声が音が聞こえる。また揺れていた部屋が消えていく。
もう一度目が覚めたときにピーターがのぞき込んでいた。
「ジョン、気分はどうだ?お前のおかげで家に帰れないぞ」と笑う。そして「手術は成功だ、50本埋まっていたよ。信じられない数だ。針は検査に回している。体にぐるっと沿うように埋まっていたよ。でも全部取ったよ」
「50本?この体の中に?一体どうなっているんだ」 まだ吐き気がする。そして針の恐怖からか手術後の副作用からかガタガタと震えていた。
「それはこっちが聞きたいくらいだ。なあ、ジョン後で、そうだな数日したら話がある」
「もう頭ははっきりしている、今話してくれ」
「そうか、うん。だったら、これは友人として聞くぞ。本当のことを言ってくれないか。何かその、言いにくいな。くそ。……なにかプレイの一種なのか?性的な。そんな患者はたくさんいる。話してくれないか?」
「な、何を言ってるんだ!好きでこんなことをしたと思っているのか?」
「まあ、そういう患者も多いってことを言いたいだけなんだ。それから人体改造の趣味とか、なにかそういうことなのか?」
ふざけるなと叫びたいのをこらえた。ピーターが手術をしてくれたことを思い出した。それに叫ぶような元気も残ってはいなかった。
確かにLAでは最近人体改造が流行っている。背中にいくつも鍵フックをかけて体をつるすという信じられない趣味もある。背中に縦2列にいくつも穴をあけて、交互にリボンを結んだものも見たことがある。
ネコになりたかった男は歯を削り、髭まで植え込んだ。顔の半分に穴をあけて横から歯が見える男の写真を見たときは心底後悔したものだ。
ジョンはうめいた。
「おい!勘弁してくれよ、そんな趣味はないんだ。人体改造ってなんだ?舌の先を切ったり、額に異物を入れたりするするあれだな?体中に針を刺す?そんな気になったこともないよ。自分を傷つけるつもりなんてない、死にたくなったこともない。俺が一番原因を知りたいよ。実は昨日(針の出てくる奇病)のことを調べたんだが世界中に似たような症例があるらしいじゃないか?」
「体から針が出てくる、か。あんなものはインターネットのたわごとだ。医学会の症例がないことはないが、アメリカにはないからな。アフリカやインドだったか。俺自身はこちらでは聞いたこともない。 黒魔術だと言う奴らもいるんだろう?だけどな、俺は医者だ。怪奇的なことを信じる訳にはいかないな」
「だったら、これはどう説明するんだ。神に誓って自分で針を入れたり飲んだりしていないんだ。そんなこと、するわけないだろう? それに針を差し入れた傷跡を見たのか?」
それはどこにもなかった。すべての針が体内に急に現れたようにそこにあったのだ。
ジョンはぼんやりする頭で腕や足に点々とついた医療用のテープを見ていた。頭にも数点ついていた。
「最初のレントゲンには映っていなかった。あの時俺は席を外した。あの数分の間にお前のこめかみから針が出ていたんだ。自分で刺したのかと思ったさ。しかしな、ぐるっと頭の周りについていた針は……外部から入った後がなかった」
「最初からそう言っているだろう。針は内側から出てくるんだ」衣装用テープがあちこちに巻かれ、黄色の消毒液まみれでジョンは答えた。
「医者としては全く説明のしようがない、原因もわからない。とにかくだ、針は取ったからな。今は安静にしてろ、医者としていえるのはそれだけだ。考えるのは元気になってからだな」友人でもあるピーターはそう言ってドアをしめかけた。
「ピーター待ってくれ!リリーだ。リリーは何かを知っているような気がする。それに呪われたとしたなら彼女以外考えられない!話をしてくれないか、頼む」
「なんて言うんだよ。ブードゥーの呪いをかけましたか?って聞くのか?あなたは魔女ですか?って?そんなこと聞いてみろ、あの女のことだ、思いっきりひっぱたかれるよ。まあ観察はしておくよ、とにかく眠ったほうがいい」
もう一度引き留めようとしたがジョンはカーテンをシャッと閉めて出て行ってしまった。
少し眠ろうとするとガチャガチャとストレッチャーの音がして血圧を測りに来る。それにしても体に沿ってぐるりと針が埋まっている奇病だなんて聞いたこともない。こめかみから針が出てきた時の激痛を思い出していた。
体中の50もの切開の後がずきずきと痛み始めた。ジョンはナースコールボタンを押した




