6 体内の針
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__車の窓をガンガンと叩く音でジョンは目が醒めた。
トーランス病院の駐車場の車の中で、ハンドルにもたれたまま気を失っていた。
「一体どうしたんだ?」ドアを開けて白衣を着たままのピーターが覗き込む。シャツの赤いシミに気がつき、めくりあげる。わき腹から首まで小さな穴が開いていて、そこから出血が続いていた。それを見ると生物のような針を思い出し、また気が遠くなってきた。
「おいストレッチャー早く!」というピーターの声がぼんやりと遠くから聞こえてきた。
次に気がついた時は病院のベッドの上だった。 目を開けるとリリーが付き添っていた。やれやれ、よりによって。
「気分はどう?」赤い唇を曲げて笑った。どうしてこんな女が魅力的に見えたのだろうか?
「一体どうしたの?車の中で気絶なんてさ」
リリーはたった今使ったばかりの注射針を医療廃棄物のゴミ箱に捨てるところだった。
「その針はどうしたんだ!」と叫ぶ。
「何言ってるのよ。痛い痛いと暴れたから一応鎮痛剤を打ったのよ。私の仕事忘れたの?小さい傷口は消毒しておいたけど、どうしたのあれ?」
ズキリズキリとあちこちが痛む。鎮痛剤が効かないくらい、痛みが増してくる。
ピーターがカーテンを開けて覗き込む「気分は良さそうだな、バイタルもしっかりしている。よしすぐにレントゲンを撮ろう」
車椅子に乗せられレントゲン室に運ばれる。 身体のあちこちが痛む。この皮膚の内側にもっと針が増えているのではないか?と嫌な予感がした。
腹部から頭部にかけてレントゲンを撮ったレントゲン技師はフィルムを見た瞬間「まさか!」と叫んだ。 幸いジョンには聞こえない個室の中だった。「Drウオルツ、すぐにこれを見てください!こんなの見たことがない!」
フィルムを見たピーターは息をのんだ。
「これは……」
黒いフィルムに写るジョンの体にはまだ何十本もの針が体中に埋まっている。 それは向きこそばらばらだが、体と頭の周りをぐるっとなぞるように並んでいた。
すぐに全身のレントゲンに切り替えた。体中に針が並んでいた。
「いったい、どうしたって言うんだ」
「患者はSM趣味があるんですかね?それにしても多いな、これは自分で入れるにしても時間がかかっただろうな」
性的にいろいろなものを体の中にいれて取り出せなくなる患者は何人も見てきた。
肛門に大きな瓶を入れて取り出せなくなった急患も診たことがある。あの時は割れると腸内を傷つけるので、手術に大変な時間がかかった。針を何本か飲み込んだ患者もいた。胃の内壁に刺さり大出血を起こしていた。ピーターはロスアンジェルスのER医師だ。銃撃戦もあれば、変わった性癖の人物も多い、数々の修羅場をくぐり治療をしてきた。
しかし、体中にこんなにも針を刺した患者は初めてだった。
「まさか、ジョンに限って」と言いかけてピーターはジョンの知らない側面があるのではないかと考えた。それにもちろん性的指向のことなど訪ねたこともなかった。それにしてはあの慌て方は腑に落ちない。とにかく話を聞こうとドアを開けた。
まだレントゲン室にいたジョンの顔が歪んでいる。
「うあ、あ、あ!!ピーター!また、あれが!あれが始まった!!助けてくれ!!」