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血に染まる針  作者: 真白タミィ
2/15

2 ドクターウォルツ


ほとんど眠れないまま朝を迎えた。セットしたアラーム時間の前だが渋々と起き上がった。洗面所の鏡には目の下にクマのある中年男の顔が映っていた。熱いシャワーを浴びても気分は良くならなかった。


ジョンは会社に寄らずに病院に直接出かけることが多い。今日もそうしようと思いながら、エスプレッソマシーンに挽きたての豆をセットした。素晴らしい香りと共にポトリポトリ落ちるエスプレッソを眺めた。ほんの少しスチームミルクを落として飲み始める。左腕は青く内出血している。痛みはまだある。「一体何だったんだ」いぶかしげに左腕を見ていたその時だった。


瞬間ブツリという嫌な音と共に、今度は右腕に激痛が走った。


「うわ!」手に持っていたマグをキッチンの床に落とした。 エスプレッソマグは取っ手が割れ、コーヒーはキッチンのタイルの上に広がっていった。針は昨夜のように皮膚を突き破り先端がほんの少し突き出ていた。 


そしてそれは生き物のようにゆっくりとゆっくりと押し出されつつあった。


「わああ、なんだこれは!」目を見開いて針を凝視した。


 ズッズルッとゆっくり針の全体が現れ、そしてかちゃりと床に落ちた。


ジョンは目を見開いたまま、針を拾い上げた。そこには縫い糸の残りがほんの少しついていた。


これは絶対に思い違いではない、どこかに落ちていた針が刺さったわけではない。

今まさに腕からズルリと出てきたのだ。


 またも開いた穴から一筋血が流れて、ズキズキと痛みだす。



 バーで聞いた話を思い出した。 腹の中に何本も針が入っていた患者の話だ。手術時の忘れ物ではないし、飲み込んだものでもなかったと聞いた。 それこそ腫瘍のように身体のあちこちに何本も針がはいっていたのだと。


その時は「そんなの都市伝説だって。あるわけないだろう」と大笑いしたけれど。


 「うそだろ?冗談じゃないぞ」流れる血を拭い、思わず独り言をつぶやいた。


 簡単に消毒をしてすぐに着替えて病院へ向かった。仕事どころではない、医者に話を聞いてもらわなければ。幸い今担当している病院のドクターピーターウオルツは古くからの友人だった。


 少しでも渋滞を回避するために早めにカムリのエンジンをかける。フリーウエイ105 からロングビーチ方面への405に入る。LAの渋滞がいつにもまして気に障る。


 運転中も気が気ではなかった。今またどこからか出てきたら? そんなバカな、でも実際にこの目で見た。昨夜と今朝。2回あったことが3回あるかもしれないじゃないか? 


 ロスアンジェルスのトーランス病院の駐車場に車を乗り入れ、何と言おうか考えていた。

寝不足の目にLAの日差しは殺人光線のように突き刺さる。慌ててサングラスをかけエントランスへと向かう。


 いつもは真っ白な歯を見せて軽く冗談を言いながら受付を通るがこの日はもちろんそんな気分ではなかった。「モーニン」と小さく呟き、すぐに廊下の奥へ向かった。会いたくなかった浮気相手の一人のリリーウイリアムズが円形の受付に座っていた。怪訝そうな顔でジョンを見つめていた。


 ERの出入り口から入ったのでドクターピーターウォルツのオフィースは目の前にあった。ピーターは責任者としてERを任されている。


 「おお、ジョン!どうした?なんだか顔色が悪いぞ、診察するか?なんてな」ノックをすると屈託なくドクターピーターウオルツは笑いながら出てきた。


 ピーターとジョンはもう何年も前から仕事を通じての知り合いから友人になった。飲みに行くこともあった。それもピーターが時間があればだが。ERの外科担当のピーターは眠る間もないほどの忙しさだった。


 「ああ、ウオルツ先生。本当に今日は相談したいことがあるんだ」


 「おい、なんだよそんな顔をして、よし少し時間があるから話を聞こうか?」ピーターは真面目な顔になり「入ってくれ」と言い部屋の扉を締めた。ジョンに椅子をすすめ、ブラインドをジャッと下した。


 「リリーのことだろう? うわさは聞いているぞ」


 はっと鼻で笑い「それだったら良かったのに」と苦笑する。


 「ジョン、良いわけ無いだろう?ケイトにバレて別居したんだろう? 離婚か?リリーが迫っているんだろう?大体わかるぞ、あの女のことは」


 「違うんだ、まあそのことは当たってる。ケイトは出て行って1か月になるよ。謝っても帰る気はないと言ってる。リリーも、ああ、リリー。あんなにしつこいとは思わなかった。参ったよ。そのことも問題だけど、でも今日は違うんだ。実は……これを見てくれ」腕のバンドエイドを外す。


 ピーターは覗き込み「なんだ、小さい傷じゃないか?これがどうした?」

ジョンは左腕の内出血も見せる。「ドクターピーターウオルツ。よく聞いてくれ。 昨夜、ここから、針が、出てきた」ゆっくりと区切るように発音してそういった。


 ピーターは目を丸くして、その後で吹き出した。

 

「一体何のジョークだよ、何が始まるんだ?」


「本当なんだ、そして今朝、反対の腕からもう一本出てきた。出てくるのを見ていたんだ。この目で確かに見た。腕からブツリと突き出して押し出されてきたんだ。そう、ゆっくりと動きながら内側から押し出されてきたんだ!その針は持ってきた」スナック用の小さいジップロックをポケットから出した。その中には2本の針が入っていた。


 ピーターは苦笑いをしていたけれど、あまりにも真剣なジョンの様子に「本当にからかっているんじゃないんだな?じゃあその針を見せてもらおう」

医療用手袋を紙の箱から出してパチリとはめ、その針を目を細めて光に透かしてみている。


「普通の縫い針だ。しかも錆びているぞ、もう一本には糸までついている。何処かで刺さったとしか考えられないな」

「普通の縫い針なんだな?病院用、ここのものではなく」

「そうだ、これは家庭用の縫い針だな」

「だったらもっとおかしいだろう?2本も刺さって気が付かなかったなんて」

「まあそれはそうだが、お裁縫が趣味の誰かの家のベッドなんじゃないのか?」とピーターは笑った。


「違う!それに、この針は内側から出てきたんだ」ジョンは必死の形相で訴えた。

「おい、おい。何を言い出すんだよ」


「本当なんだ。そんな嘘ついてどうなるんだ。この目で見たんだよ。なあ、昔、こんな話しを聞いたことがある。身体から針が出てくる患者のことを。もしかするとそんな病気になったんじゃないか?」


「ばかな!あんなものは怪談のように作り話だよ。UFOとかネッシーと変わらないさ。アメリカではそんな病気の症例もないぞ。ああ、あるけれど、それは手術中に置き忘れた器具だったり……」


「頼む。調べてくれないか?近いうちに、レントゲン、CTなんでもでもいい。頼む」


「まあそこまで言うなら……すぐには無理だな。明日にでも。でもな、すぐには信じられない話だ、気のせいと思うぞ。ジョン、奥さんのことで参っているんじゃないのか?良い精神科医を紹介するけど」


 よしてくれと思いながら「ありがとう」とドアをあけて出ていった。後姿を見つめながらピーターは首を振った。「内側から出てくるわけないだろう。ジョンの奴だいぶ参っているのか?それとも新しいCTマシンを買ってくれなんて言い出すんじゃないだろうな?」と苦笑した。


ジップロックに入れた針を引き出しの中に放り込み、それからいつものERという戦場に戻っていった。



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