10 母親のサラの家にて
「ねえ、ケイト、ジョンさんとまだ仲直りしないのかい?」
75歳になる母親のサラが夕食の片づけをしながら聞いた。5歳になる孫のトムのためにマカロニチーズを作った。ホールミルクとモッツアレラチーズをたっぷり使ったホームメイドのものだ。添えた小さなブロックリーとにんじんはほとんど残していた。
「トムは野菜を食べないのなら、せめて野菜ジュースはどうかねえ?野菜を食べないなんて体に悪いよ」と続けてぶつぶつ文句を言った。
ジョンの妻ケイトは首を振りながら「ママ、ジョンのことだけど……よりを戻そうと考えてないのよ」と答えた。
「そうは言ってもトムはまだ5歳なんだよ、父親が必要なんじゃないのかい?」
「父親らしいこと何一つしてこなかった人は父親とは呼べないわ」
高齢の母親のところに戻って1ヶ月になる。正直ジョンとまたやり直すことはできないと思っていた。
実家に駆け込み、すぐにジョンは形だけ謝りには来ていた。しかし本当にやり直したいという誠実さは全く見えなかった。
「ケイト、なあ悪かった、反省している、戻ってきてくれ」下手な役者のように棒読みにした後「それはそうと、ケイト。俺のバッジを知らないか?どこにもないんだ」と言った。そのセリフだけに熱がこもっていた。
会社の成績トップにだけ配られる特別なバッジだった。
「知らないわよ、そんなもの!」とケイトは嘘をついた。
ジョンのことだから離婚になっても幸運だと思うかもしれない。そうなったら親権は絶対に渡さないと唇をかんだ。
「あなたのおとうさんだって、あなたのおむつ替えたりはしていないわよ、男はそういうものなのよ。父親らしいということが育児の協力と言うことなら」とまた母親が言った。
「ママ!時代が違うの!今は育児に参加しない男なんて男じゃないわよ。それにジョンはトムのことかわいがってないもの。誕生日に遅く帰ったことがあるの。浮気相手と一緒だったからなのよ。トムはお父さんを待って泣いてたわ。そんな男許せないわよ」思い出してケイトはふいていた布巾をバンとテーブルに叩きつけた。
「本当なのかい?それは」
「病院の確かナースアシスタント。リリーっていうブロンドの派手な女なの。前から知っていたし、怪しいと思ってたわ。マリーが2人一緒のところを見て、その夜問い詰めたのよ。あっさり認めたわ。浮気相手はたくさんいるみたいだけど、あの女とは長く付き合っているみたいなの」
あの日遅くまでバースデーを楽しみに待っていたトムはこっそり涙を拭いていた。小さなぷっくりした手で頬の涙をぬぐっていた。
「ねえ、パパはまだかな?忘れちゃったのかな?」
「そんなわけないでしょう。すごく忙しいのよ」
「そうだよね。でも寂しいよ。プレゼント買ってきてくれるかなあ」と鼻の頭を赤くして言った。
ケイトは胸が張り裂けそうだった。万が一を思ってプレゼントは自分が買って隠してあった。案の定ジョンは息子に何も買ってこなかった。
そして仕事だ仕事だと言いながら女たちと遊び歩いていたのだ。他の日ならともかく、トムの誕生日にまで。許すことなどできない。
「そんなことがあったのかい?」
初めて聞く話にサラは驚いて振り向いた。
魅力的なジョンのことだから、何か異性関係かと思ってはいたけれど、そこまでケイトは苦しんでいたなんて。
「つらかったんだね、ケイティー」
「あの日も、ああ、きっとあの日もと考え始めたら眠れなくなったの、もう限界よ」
親友のマリーに聞いたときはあまりの衝撃で言葉がすぐに出てこなかった。頭を殴られたようなというけれど、本当にそう感じたのを思い出した。もちろん今でも胸が痛む。
マリーは言いにくそうにしていたけれど、どうしても言わなくてはいけないことがあるのと、あの日のことを教えてくれた。言いながら泣いていた。マリーが泣くところなど見たことはなかった。
その夜ジョンと大喧嘩になったときにも何回もスマホが鳴った。出ないでいるとマリーは家までやってきてジョンに怒鳴り突き飛ばした。ジョンも「関係ないものは口出ししないでくれ」と怒鳴り返してたいそうな修羅場になった。
あんな思いはもうしたくなかった。
「とにかくもうしばらくいさせて、考えたいの。ね、お母さんお願い」
「そりゃあ、ケイトがいたいだけいてもいいけど……」
サラはキッチンを片付けながらため息をついた。トム用の車の絵がついた小さなボウルをキャビネットにしまいながら涙をそっと拭いていた。