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「それじゃあ、またね」
一応、小さく手を振った。それでも、もう会うことはないのだろう。
準急がくるまであと五分。ICカードをタッチする音が虚しいくらいはっきりと鼓膜を震わせた。
後ろ姿が人混みに少しずつ紛れて、目立たない寝癖も、紺色のリュックも、もらった言葉も、全部思い出に変わる。同時に、先生の匂いが消えていく。
鼻の奥がなんとなくツン、として目から涙が出そうになって上を向いた。ぱたぱたと風を送る。ほんのり霞んだ世界の先には、月と、星と、それから黒い空。
ひたすらに胸が痛い。この痛みはきっと明日から増していくのだろう。だけど、あなたは私のことなんて忘れていくのでしょう。
私は駅に背中を向けて歩き出した。
風が強く吹く。少し冷たそうな色をした街灯の明かりの中を花びらがひらひら泳ぐ。
今だけは少し、目を閉じてみた。
ぐるぐると優しい記憶がフラッシュバック。
私は先生を一生忘れないと思う。忘れようとするにはあまりにも強すぎた。
こんなにも痛くて暖かいこの気持ちに、名前をつける術は知っている。
それでもあえて名前はつけないでおきたい。
たとえいつかセピアになる日が来たとしても。
瞬きみたいに短くて、
春の光みたいにふわふわしたあの日々を、心から愛せるように。