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その日は、やけに空が綺麗だった。
午後七時。改札の前で一度立ち止まる。電光掲示板をみて、先生があと十二分くらいか、と呟く。
別れを惜しみあう時間はじゅうぶんあるけれど、そんなことをするような関係では決してない。
出会ってから約一年半。個別指導の塾の先生だった。人に助けを求めるのが苦手な私に、唯一「頑張りすぎないで」と言ってくれた人だった。
面白くて、優しくて。この人が先生じゃなかったら……と何度願ったことか。
週に一度の気を使わなくていい場所が、あと少しで消えてしまう。
「今まで本当にありがとうございました」
伝えたかったことは、この言葉に全部詰め込んだ。
重なり合った視線の向こうに私はどう映っていたのだろう。
「こちらこそ。俺の勉強にもなったし、なにより理解が早かったから教えてて楽しかったよ」
今の一言にどうしても良い教え子でいようとした一年半の間の私が認めてもらえたような心持ちになった。
「本当は受験まで教えたかった」と先生は腕時計を見る。「もうそろそろですか」と聞くのもなんかおかしいような気がして、その姿をただ見つめることしかできなかった。
「俺が言っていいのかわかんないけど、疲れたら適当でいいんだよ。
無理だけは本当にしないで。約束」
こういうところだ。良い意味で先生らしくなくて目線を他人に合わせてくれる。
私は頷くのが精いっぱいで、何回も何回も縦に首を振った。
はっきりしない視界に映るのは、先生の頬にできたえくぼ。