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頑張れ!五年一組「反省会」

作者: ラムネ・キンタ

 とある地方の田舎町にある小学校、五年一組の教室では反省会(帰りの会)が行われていた。

 放課後、その日の出来事から反省すべき点を議題として取り上げ、毎日、クラスの生徒全員で話し合う。

 担任教師は「自分がいると、生徒同士、本音での話し合いが出来ないだろう」という考えから反省会には出席しない。

 いつもこのクラスの反省会は生徒達だけで行われている。

 この日も、日直の忠茂(ただしげ)がその日の出来事を綴った日誌を大きな声で読み上げていた。

 忠茂が日誌を読み終えると議長の祥子(しょうこ)がクラスの生徒全員に問いかけるように口を開く。

「えー、今の内容から何か意見とかありませんか?」

 五年一組の反省会の議長はクラス委員長である祥子がいつも務めている。

 突然、「ガタガタ、ダダーン!」

 激しい音とともに縦一列七~八人で五列ある真ん中の列の一番後ろに席のある(ごう)が椅子ごと倒れた。

 剛はデカかった。

 身長は小学五年生でありながらすでに百七十センチ近くある。

 剛は忠茂が読み上げていた長々とした日誌の文を聞いているうちに眠くなり、ウトウトと仮眠状態になっていたのだ。そしてバランスを崩し、椅子ごとひっくり返ってしまったのである。

「でへへ……」

 恥ずかしそうに照れ笑いをしながら、倒れたショックで目覚めた剛が静かに立ち上がり、倒れた椅子を引き起こし、これまた静かにその椅子に腰をかけた。

 剛はデカい。

 座っていても周りの生徒たちと比べると立っているように見える。

 すかさず美羽子(みわこ)が立ち上がってそれを指摘した。

「剛君! みんなが真面目に反省会をしているのに、なんですかっ!」

 美羽子は他人の粗探しを得意としている。いつも他人の何かしらの失敗を指摘しては反省会の材料とし、議題へと持ち込んでいる。

 美羽子が日直になった日は他人の粗ばかりが日誌に綴られている。

「美羽子さん、手を上げてから発言してください!」

 祥子が怒ったように強い口調で叫んだ。

 反省会での発言は、手を上げて、議長である祥子に指名されてから立ち上がって行うのが決まりとなっていた。

 祥子は美羽子が嫌いだった。

 だから普段は発しないような強い口調で叫んだのだ。

 祥子も美羽子に反省会のターゲットにされたことが過去に一度だけあった。廊下を走ったということだけで……。

 剛のことはクラスの生徒誰一人として気にしてはいなかった。いつものことである。授業中もちょくちょく居眠りをしては、その都度担任教師に怒られていたし。

「えー、忠茂君が読んだ日誌の中から何か意見をお願いしまぁーす」

 美羽子の発言を無視するかのように、改めて祥子が叫んだ。

「はーい!」

 美羽子が今度はちゃんと手を上げた。

「み、美羽子さん……どうぞ」

 祥子が渋々美羽子を指差した。

「えっとー、日誌の中にぃ、勝郎(かつろう)君がぁ、階段を二段上がりしたってぇ、書いてありましたけどぉ、前に先生がぁ、階段は静かにぃ、一段ずつ上がりなさいってぇ、言っていたのにぃ、どうして勝郎君は二段上がりしたんですかぁ?」

「来たぁ! 美羽子の嫌味っぽい口調での粗探し。今日のターゲットは勝郎だぁ! しかも階段の二段上がり。たいして大きな問題ではない」

 クラスの生徒の殆どがそう思っていた。

 でも担任教師が「どんな小さな問題でも、みんなで話し合うことに意義がある」と、いつも言っていることから、こんなことでも反省会の議題として取り上げて話し合うのだ。

 祥子は、仕方ないので勝郎に答えを求めた。

「勝郎君、今の美羽子さんの質問に答えてください」

「えっとー……えっとー……二段上がりぃ……? 憶えていません……」

 勝郎はしどろもどろに答えた。

「だって忠茂君の日誌に、ちゃんと書いてあったじゃないですかぁ!」と、嫌味っぽい口調から今度は少々強い口調に変えて凄む美羽子。

「お、憶えていません……」と、小さな声でオドオドしながら答える元々小心者の勝郎。

「ふたりとも、ちゃんと手を上げてから発言してください!」

 また祥子が怒鳴った。

「はーい!」と、手を上げる美羽子。

「じゃあ、忠茂君、ウソを日誌に書いたってことですかぁ!」

 美羽子が忠茂に、これまた凄みを利かせた顔と声で問いかけた。

「おっ! 今度は忠茂がターゲット」

 クラスの誰かが小声で呟いた。

「はいっ!」と、手を上げて答える忠茂。

「ウソなんて書きません。ちゃんとこの目で見ましたぁ!」

「どっちかがウソついているんですねぇ!」と、嫌味を込めたように不気味な笑い顔で声を荒げる美羽子。

「さっきから何回も言っています! ちゃんと手を上げてから発言してください! 美羽子さんっ!」

 祥子は本当に美羽子が嫌いだった。

 そして勝郎がそっと手を上げた。

「はい、勝郎君」と、祥子。

「お、俺、もしかして、自分でも知らないうちに二段上がりしたかも知れません……」

 小心者であっても勝郎は本来心優しい性格を持ち合わせていた。だから忠茂をかばうように勝郎がボソッと答えた。

 そんな勝郎はそのとき、まだ「無意識」という言葉を知らなかった。

「知らないうちにってことは、いつも自分でも知らないうちに何回もやっているかも知れないってことですねっ! 知らないうちにっ!」と、またまた凄む美羽子。

 美羽子も、そのときはまだ「無意識」という言葉を知らなかった。

「手を上げてからって言ってるでしょ! 何回言わせるんですかっ!」

 祥子が少々キレぎみに怒鳴った。

「はーい、議長!」

 いきなり盛一(せいいち)が手を上げた。

「はい、盛一君」と、祥子。

「美羽子さんに質問! 二段上がりがダメなら三段上がりはどうなんですかぁ?」

 盛一が大きな声で言った。

 美羽子が手を上げて、大げさに驚いたような顔をして逆に盛一に聞き返した。

「えーっ! それじゃあ盛一君は、三段上がりをしているんですかぁ?」

「そんなことしてません! 僕は足が短く、ケツから下がすぐかかとなので、そんなことやりたくても無理です!」と元気に手を上げて、どっかで聞いたことのあるようなギャグ混じりに答える盛一。

 クラス中、大爆笑!

 興奮していた祥子と美羽子も、みんなが大声で笑い始めたことにより、自分たちも不思議と、だんだん可笑しくなってきた。

「ケツから下がすぐ踵って……」

 やがてふたりとも我慢しきれずに、クラスのみんなに釣られるように声を出して笑い始めた。

 いつも祥子と美羽子が反省会で興奮し始めると、横から口を挟んでクラスの笑いを取り、自然とその場を和ませる役目をしていたのが盛一であった。

「議事進行!」

 そんな中、突然、(しげる)が大声で手を上げた。

 クラスの笑いが止まった。

「はい、繁君」

 祥子が繁を指差した。

「バスが来る時間になったので帰っていいですか?」

 繁は毎日、路線バスで通学している。でも、どこが「議事進行」なんだろう。繁は「議事進行」の意味が分かっていなかった。どこでこんな言葉を覚えてきたのだろうか、繁にとっては初めて使う言葉であった。

「意味違うぞ、おめぇー! ぎゃははは!」

 盛一が笑った。

 再びクラス中、大爆笑。

 二段上がりの件は、いつの間にかどこかへ消えてしまっていた。

 そんな中で勝郎は「助かったぁー……」と、密かに心の中で盛一に感謝していた。


 五年一組の反省会はこんな調子である。

 いつも議題に結論が出ないまま終わる。

 そして最後は、このクラスの各係からその日の連絡事項の伝達で締めくくられる。

「みなさん、宿題はいつものように。各班長が取りまとめて、明日の朝、学習係に渡してくださーい」と、学習係の恵美子(えみこ)が言った。

「明日、学校休みなんですけどぉ、明日の朝じゃないとダーメなんですかぁ?」

 盛一が恵美子をからかうように言った。

「えっ……? 明日休みだっけ……?」と、誰にともなく小声で話しかけるように恵美子。

「盛一君、ウソつかないでください!」と、盛一を睨みつける祥子。

 今日は木曜日である。明日は普通に金曜日で祝祭日でも何でもない。

「お代官様ぁ、ウソついてしまいましたぁ、許してくだせぇ~」と、おどける盛一。

 クラス、また大爆笑!

「今日渡しましたギョウ虫検査のシール、忘れないで持ってきてください。使い方は渡したシールと一緒に袋に説明書が入ってますので、説明書通りに使用してください。四年生の時にウンコをシールに包んできた人がいました。検便ではないので、くれぐれも間違った使い方はしないようにお願いします。各自、明日の朝、袋に名前を書くところがありますので、忘れずに名前を書いて、シールをきちんとその袋に入れて自分の班の班長に渡してください。各班長はそれをまとめて保健係に渡してください」と、今度は保健係の義明(よしあき)が真顔で言った。

 ギョウ虫検査のシール。それは朝目覚めたとき、すぐ肛門に貼り付けて剝がし、ギョウ虫の卵等の付着などをそのシールで確認し、生徒の体内にギョウ虫がいるかいないかを学校の専門医が検査するものである。

この学校では年に一回、この検査がある。

「あのぉー……。ボク、説明書見ても分からないので、どうやるのか分かる人、そこで実際にやって見せてください」

 また盛一だ。

「盛一君! ふざけないでください!」

 祥子が大声で怒鳴った。

 クラス中、またまた大爆笑。

 今日の五年一組の反省会が大爆笑のうちに幕を閉じた。

 明日は、どんな反省会になるのだろう。

                        終わり



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