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馬に揺られること、すでに数時間が過ぎていた。昨日ラウから馬の酔わない乗り方を教えてもらったので、馬酔いにはならずに済んでいた。しかし子供の身体では一人で馬を操るわけにもいかず、やはりラウが後ろに乗り馬の手綱をひいてくれている。そしてその周りを兵士たちが囲うように位置につき歩いている。
疲れないのか、と聞いたところ、「自分たちはこれが仕事ですので」と冷たく返され、それ以上何も言えなかった。ラウ曰く、国の保有する馬が足りていないらしい。
現状、この隊は先頭を行く団長が乗る馬と、ラウの愛馬サクレド、そしてキャンプ道具などの必需品を運ぶ馬2頭で編成されていた。
道中では、ココロの疑問を解消するための質問が飛んだ。それに一つ一つラウが答える形で会話をしていった。
まず、なぜ自分が王なのか。
自分には以前の記憶が無く、棺から生まれたような形でこの世界を目にした。それが昨日の出来事である。しかし既に自分は王になることが決まっていて、それに合わせて国が動いていたという。ラウたち騎士団が動いているのはこのためなのだが、どのような経緯で事が起こっているのか、まずはそこから質問が始まった。
「貴方が王となることは、一千年前から決まっていました」
時間の概念がおかしいのか、ここから既に予想を遥かに上回っていてどう反応すればいいのかわからなかった。ラウはその様子を見て、深刻な話とならないように声のトーンを低くせずに続けた。
「まぁこれは言い伝えの類というか、予言のようなものだったので、「もしかしたら本当かも」というぐらいの信憑性でしてね。本当に貴方が目覚めるのかは俺たちも半信半疑でした。何せ予言なんてものには根拠がないんですから。それでも、今の国の現状を打破するためには、これしかなかったんです」
「その予言って?」
「その昔、あるイシディリア人がいました。彼はとても強力な魔力を持っていて、国で一番強くなりました。そして王の座に着くと、戦争を始めたんです。いたるところに喧嘩を吹っかけてはその魔力を持って戦争に勝ち、力づくで領土を奪い、国を広げていきました。そして世界はあっという間に彼に支配され、一度だけ一つの国に統一されたんです」
世界を一つに・・・。強引とはいえ力だけで世界を征服することができるのなら、それはどれほど強力な力だったのだろう。
「すごい・・・誰もその人に敵わないんだ」
「ええ、そうです。しかし、そうやって征服された民は、彼のそのあまりに強大な力に慄き恐怖し、王を恐れていました。そしてその恐怖から暴動が起こり、最終的に、王は処刑されました」
「その力で暴動を抑えたりしなかったの?」
「・・・そうですね。確かに生きようと思えば生きれたでしょうね。でも、彼はそれを受け入れ、死にました」
そこまで話して、ラウは少し悲しそうな顔をした。それはイシディリアにとって悲しい歴史なのだろうか。
「それで、この話が僕にどう関係してるの?」
今のところ、自分との関連性は見えてこない。
「この話には続きがありまして・・・。その王が処刑される時、彼は我々イシディリアの民にある呪いをかけて死にました。それが、記憶の継承です。「転生」と言うこともで出来ますが。我々イシディリアの民は、その日から、生まれた時に前世の記憶を引き継ぐようになりました。まるであの処刑のことを忘れさせないようにするために・・・。そして彼は死ぬ間際、予言めいたことを言ったんです。「千年後、我が魂が転生され、その力をもって我が大成を成す」と」
「それが僕・・・?」
「はい。我々はそう信じています。」
簡単に解釈すると、「自分は凄い力を持った王様の生まれ変わり」ということらしい。しかし、自分は王であった記憶はもちろん、昨日以前の記憶を受け継いでいない。それに赤ん坊としても生まれていない。気づけは箱の中にいたのだ。
「でも僕は王様だった記憶はないし・・・」
「記憶がないのは、この一千年の間に王の記憶を持って生まれた者がいないことから、憶測ですが、王の魂は我々と違い、イシディリア人に転生しなかったからか、記憶の継承が起こらない転生を一千年後に設定したのではないかと。一般的に、イシディリア人は亡くなった後、再びイシディリア人として生まれ変わるのです。例外もありますがね。イシディリア人以外の民は、王の処刑後も前世の記憶なんて持たず生まれますし。そもそも、転生自体しているのかは不明ですが・・・」
「イシディリア人から他の人種に生まれ変われば、記憶の継承の呪いは無くなるんだね・・・」
だとしたら、彼は王として死んだあと、何に生まれ変わったのだろうか。それともこれは意図的で必然な転生だったのか。首を捻るが、記憶が無いだけに、考えるだけ無駄である。
「じゃあ、僕が箱の中にいたのは?」
「ちゃんと理由がありますよ。長い理由がね。我がイシディリア国は今、存続の危機にあります。この状況と、予言のタイミングから、我々は王の再来を望みました。そのために、王の魂の転生を強制的に行うことを試みようとしました。しかしその方法は誰もわからなかった。なにせ、前例もやり方も見つかりませんでしたからね。よくこの案が通ったものです」
ははは、と乾いた笑いをするラウを見て、この国の民は楽観しすぎでは、と心配になる。しかしそれは、本当にコレしか手が無いほど追い込まれていたからなのか、それとも少なからず宛てがあったからなのか。
「仮に、魂の転生が成功する見込みだとしても、まずはその器となる身体が無ければ意味がない。そこで、まずは身体を作ることにしたんです」
身体を作る・・・倫理に欠ける話だが、強制的に赤ちゃんでも作ったのだろうか。
「あ、赤ん坊として生まれることはできませんよ。命が宿る時点で、そこにはすでに魂が存在しているのですから。なので、命が宿る前の身体を作るんです。まぁ、人工的に身体を作るなんて無茶な話でして・・・。我々の医学では到底叶いません。でも、魔学を使えば・・・」
「魔学?」
「魔学は、魔法・魔術・精霊術など、物理的な解釈では成り得ない現象などの学問です。魔力を持つ者だけが扱えるんですが、それが使える者はごく少数なんです。最近では稀少生物扱いですね。そのため魔学の研究は遅れていて、今でもわからないことだらけですよ。でもその研究の第一人者である人が、イシディリアにいるんです。我々は彼に協力を求め、共に人体を作る方法を探りました」
とても大掛かりな計画だった。彼らは当たるかどうかもわからない予言を信じて、膨大な労力をつぎ込んでいたのだ。国はそこまで必死になるほど疲弊しているのだろうか。
「それで、成功して僕の身体が出来たの?」
「結果的には。しかし、そこにたどり着くまでが長かったんです」
ラウは笑った。
「古文書なども調べ、ついに見つけたのが蘇生術でした。死んだ者を蘇らす魔術です。しかし成功例など無く、そもそも作りたいのは器となる身体だけですので、目的とずれていますし。でも人体を作る参考にはしました。あとは、研究者の彼が色々考えてくれまして・・・ついにその方法を考えつくことができたんです」
「成功?」
「まだです」
即答された。魔術でもなかなか難しいらしい。
「方法を考えつくところまでは良かったんですが、何せ材料が・・・」
「材料。」
それもそうだ。血となり肉となり、骨となるモノが身体を構成しているはずである。
魔術をもっても、何も無いところからポンと身体を生み出すことはできないらしい。
「え・・・僕は何で作られてるの・・・」
「いやぁ、大変でしたねぇ・・・」
薄ら笑いを浮かべ、遠くを見つめるラウ。まさか本当に言えないのだろうか。
「それで膨大な時間をかけ、苦労して材料を揃え終えて、魔術を実行させる時が来ました。みんな期待に胸躍らせてましたよ。研究者の彼が一番浮かれてましたね」
「それで僕が」
「まだです」
思った以上に過程が長いようだ。
そして材料については完全にはぐらかされて終わっていた。聞かないほうが自分の為なのかもしれない。
「魔法陣を書いた紙と、材料を置き、彼が魔術を発動させました。魔法は、確かに発動しました」
「成功。」
「でも・・・」
やはり即答で遮られた。
「なにも変化は起こってませんでした。俺たちは失敗したんだと察しました。ま、人体の練成なんてそんな簡単に起こるほうがオカシイんですよね」
そうそう簡単に物事が進む事の方が稀である。
しかし、自分は今ココにいる。成功しているのだ。
「でも彼は違った。研究者としては天才と言われるその彼だけは、成功を疑わなかった。この魔術は概念や方法は間違っていない、と。しかし目の前の結果を目の当たりにした他の者たちは今回は失敗と判断し、その場はそこで解散となりました」
「また一から作戦会議?」
「するはずなんですけどね。この時点でかなりの労力と財力、時間を費やしていたので、みんな重い腰がなかなか上がらないんですよ。それから、しばらくはこの計画は頓挫となります。このとき発案から10年ほど経ってましたね。その間にも、国は衰退していく一方で・・・。それでも、まだ諦めてない者もいました」
「研究者さん」
「ええ。他にも数名。その数名で何とか国を動かそうと、なかなか動かない者を説得していました。それで、しばらくして研究者の彼から連絡がありました。成功している、と」
「?」
「計画は失敗とされていたんですけど、原因を探るという名目で、彼は魔術を施した状態のままのソレを保管していたんです。魔術を発動させてから10ヶ月ほど経ち、ソレに変化が起きてました」
「すぐに発動しない魔法だったの?」
「たぶん発動はしていたんだと思います。ただ、思いのほかスピードがゆっくりだった様です。我々が再び駆けつけた時、ソレは一つの塊としてうごめいてました。興奮気味の彼の話を聞くと、変化の無い材料と魔術の書かれた紙を目にしてしばらくは意気消沈していたところ、ふと目をやると何かが変わっているような違和感を覚え、その数日後にまた目をやると、小さな肉の塊が動いていたと言うのです。その塊は周りの材料を吸収して段々大きくなっていき、心臓の鼓動のように動いていたそうです」
「もしかしてソレって・・・」
「ええ、貴方です」
「うげぇ」と苦虫を潰したような顔をするココロを見てラウが笑う。自分で想像するのもナンだが、たぶん自分は相当グロいモノだったのだろう。自分は肉の塊と魔術によって身体が作られたのだ。
「身体が出来上がるまで時間がかかるだろうと推測され、貴方を棺に移して、身体が完成するまで保管していたんです。ですが、他国に計画がバレてしまい、棺が盗まれてしまったのが先日です」
ようやく時間軸が追いついた。
「棺で保管してから3年ほど経ってますが・・・今の貴方は五体満足で7歳くらいの大きさですからね。生身の人間と比べると、成長スピードは速かったみたいですね」
自分が目覚めたとき、身体がちゃんと完成していてよかったと心底安心した。
まだまだ聞きたいことは山ほどある。転生はどうやって行われたのか、他国に棺が盗まれた理由、国はどれほど追い込まれているのか等、わからないことの方が断然多い。しかし、それは兵士の言葉により次回に持ち越される。
「城が見えてきました!」
山間を進み、崖に沿って進み、そこから城を目視できるところまでたどり着いた。
小高い山の上に城があり、そこから伸びる高い壁が麓の町全体を囲っている。ここから見てもわかるが、大都市とは呼べない大きさである。建物は白い壁、茶色いレンガの屋根で統一されており、こじんまりとした城下町といった印象になるだろう。
だが初めて町を見るココロにとって、それはとても大きな、新しい世界のように映っていた。