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目が覚めると、そこはテントの中だった。外からの朝の光がテント内を薄明るく照らしている。簡易ベッドのお陰か、昨日より身体は軽くなった気がする。
そういえば、昨夜は外で星を見て、そのあと・・・また寝てしまったのだろう。ラウに再度テントに運ばれたらしい。
テントの外からは、兵士たちが動き回る音がする。皆すでに起床し活動を開始しているようだ。
一度大きくあくびをし、外に出る。今日も快晴で良い天気だ。
テントから出てきた新王に気づいた兵士たちは、一瞬動きが止まった。シン・・・と音も止まる。少年は兵士から遠巻きにされているのだ。見に覚えのない話だが、以前の自分は何かやらかしてしまったらしい。
「おはよーございます陛下殿!」
そんな中、一人だけ挨拶をする兵士が居た。ニコ・ナフェロである。彼は昨日も自分に気を使ってくれたような気がすると、少年は思い返す。
「お・・・はよう・・ございます」
軽く頭を下げ会釈し、すぐに目でラウを探す。今の自分が一番に頼れるのは彼であり、彼以外の人間には、まだ馴染めないでいた。
すると遠くの方で団長と話すラウの姿を見つけ、駆け寄った。ラウはすぐに気づいてくれ、ワンテンポ遅れて団長もこちらに気づく。
「おお、陛下殿!おはようございます。良く眠れましたかな?」
「おはようございます。ココロ陛下」
「ココロ?」
自分に向けられた言葉なのはわかったが、聞き覚えのない名前が出てきて当惑する。
「昨日、寝ぼけながら言ってましたよ。『陛下じゃない、僕はココロだ』って。たぶん、貴方の名前だと思ったんですけど。ほら、夢と記憶って繋がってそうじゃないですか」
自分はそんなことを言ったのか・・・全く覚えていない。夢さえほとんど覚えていない。そもそも夢に自分は出てきていない気がするのだ。何かもっと、今の自分とは違う誰かの目線で夢を見ていた気がする・・・。
「あれ、違いました?」
ラウは自分の勘が外れたようで、少し残念そうに肩をすくめた。そこに、二人のやりとりを見ていた団長も加わる。
「名前のことですか。うーむ、確かに呼び名がないと不便でしょう。どうです、ここはひとつ、私が案を出しましょう。エンデル、マイジャ、ナトレイ、アリフェーナ・・・全部女性ぽいですな。うーむ・・・」
団長は彼のトレードマークであろう立派な髭を撫でながら、どうにか案を捻り出そうとしている様子。しかし名案が浮かばないのか、今度は少年の顔を覗き込むようにジッと見つめ、外見から直感で似合う名前を考え出そうとしている様である。そして少年の大きく透き通った紫色の瞳を見つめたアレクサンドはふと口走る。
「ナシュヴァル・・・」
口にした瞬間、アレクサンドは顔を強張らせ、口を手で覆った。
「ハッ・・・ワシは今なんと!?」
急に動揺しだすアレクサンドに、ラウは一瞬眉間にしわを寄せる。
「団長、それは辞めておきましょう」
何がダメなのかはわからないが、付けてはいけない名前でもあるのだろうか。
「そ、そうだな。何せかような可愛らしいお姿には似つかない名だ」
アレクサンドは落ち着きを取り戻すため一度ゴホンと咳払いをした。二人のやりとりを見て、この話題はあまり良くないのでは、と少年は幼心に気が回った。
「なら、そのココロでいいよ」
なんでもいい、という気持ちで答えた。自分が何者なのかもよくわからない現状なのだ。なんて呼ばれたって構わない。
「ならそうしましょう。俺は支持しますよ」
「さ、左様でございますか・・・」
団長は案が取り下げられ、残念そうに肩を落とした。ラウは軽く団長の肩を叩き宥めてやる。
「ではココロ陛下、すぐに朝食にしましょう。城まではしばらく馬に乗っての移動ですから、早めに立つ必要があります」
「ラウ、陛下のお世話は任せるぞ。ワシらはここを立つ用意をしておく」
そう言って団長はその場を離れた。ココロは城までの長い道のりに備え、しっかり朝食を取ることになった。