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1―6

 


「ぉぃ・・・・・・・」


 遠くから声がする。


「・・きろ・・・・・」


 誰かに見下ろされている。誰だろう。


「おき・・・・・・」


 こだまするように男の響く声。この声を、知っている気がする。


「起きろ、・・・ころ」


 自分を呼んでいる。


「起きろ、ココロ」






 ――――――――――――――――――――――――


 勢いよく意識を急に引き戻された感覚がし、少年はハッと目を開けた。

 一瞬頭の中が真っ白になるが、視線の先には布が一点に集約しているテントの天井が見えている。少年は自分が仰向けになっていることに気が付いた。どうやら眠っていたようだ。

 硬い地面に体を預けていたせいか、少しだけ鈍い痛みを感じた。どのくらい横になっていたのだろう。少年はぼーっとした頭で二度まばたきをしてから、むくりと上半身を起こした。そして自分に毛布が掛けられていたことに気づいた。

 ここはキャンプ地のテント内。少年は到着してから、このテントを出ていない。外の様子は分からなくなっていた。


「あれ、起こしちゃいました?」


 少年の後ろに位置するテントの入り口から、聴き馴染んだ声がし、それがラウだと分かった。


「なんか、呼ばれて・・・」


 何か自分は夢を見ていたのだろうか。思い出そうにも、そのビジョンはぼうっとぼやけて曖昧だったため、情報を得られていない。


「呼ばれた・・・?誰にですか?」

「・・・・・・・・・ラウ?」


 誰に、と聞かれて答えられる名前など今の自分には数えるほどしかないのだ。


「俺ではないと思いますけど・・・。あ、それより陛下、まだお腹空いてますよね。こちらをどうぞ」


 隣に座ったラウが差し出したのは、湯気の立つクリーム色のスープだった。

 その匂いを嗅いで、少年は思い出した。ついさっき、コレを食べた気がすると。

 肉と野菜のシチューで「野ウサギの肉」と、「ギギザル」「ムントゥティ」「マッピ」という野菜が入っていると、ラウに教えてもらったのだ。


「陛下、食べながら寝たんですよ。突然皿に顔を突っ込むから何かと思いました」


 そういえば、顔が少しベタベタする。どうやら綺麗に拭いてくれたようだが、ちょっと匂いが残ってる。

 その光景を思い出したのか、またフフッと笑うラウ。よく覚えていないが、すごく眠かったようだ。


「再度あなたの分を取り分けてきたんです。このまま眠らせてあげても良かったんですが、あの人たちが全部平らげてしまうところでしたから」


 ラウはテントの入り口に視線を送った。入り口は扉で閉じられているが、騎士団員達は外でみんなで夕食を囲んでいるのだろう。あれから、このテントには誰も近づかない。ラウを除いて。


「あ、ありがとう。いただきます」

「熱いので、ちゃんと冷ましてから口に入れてくださいね」


 そう言って、ラウは少年の髪先にシチューが付かないように、顔の横まで伸びている白い髪を耳に掛けてくれた。

 少年はスプーンの上で湯気を立たせるシチューを、忠告どおりフーフーと息を吹きかけ冷ましながら口に入れた。ほどよい塩加減と温かさが口いっぱいに広がる。とても美味しい。

 少年はそれからしばらく、夢中でシチューを頬張った。ラウは静かにそれを見守る。


「今日は・・・というより、貴方は今日しかまだ体験してないんですよね。なんだか不思議な話です。でも今日一日だけでも貴方には色々なことがあった。大丈夫ですか?」


「大丈夫」の意味が何を正確に指すのかはわからないが、心配してくれたのは理解できた。


「気分はもう悪くないよ。でもさっき団長が言ってたことはよく解んなかった」


 シチューを頬張りながら答える。

 さっきの話とは、夕飯時に団長が熱を込めて話した、国や政治、近隣国との関係であった。

 ここがどこなのか、自分がこれからどうすればいいのか、未だに理解できていない状態で、なお且つ眠気が襲ってきている状況でもあったため、団長の話は左耳から右耳に受け流されていた。


「眠気と戦ってたんですもんね。その話はまた城で聞くことになるので、今は解らなくてもいいです」


 クスリと笑みをこぼすラウ。だが次の言葉は、真剣な表情と声色から紡がれた。


「でも、これだけは覚えてください。貴方はわが国の王様です、国王陛下」


 その真剣な眼差しに、夢中でシチューを頬張る少年は気づかない。


「ごちそうさま!」


 お腹が満たされ笑顔になった小さな王様は、空になった皿の中を自慢げに見せる。ラウはそれを受け取り脇に置くと、ある提案する。


「さて、陛下。夜を見ましょうか」

「よる・・・?」

「ええ、今日は特に綺麗な夜ですよ」


 そう言ってラウは入り口の扉を開け、少年に外に出るよう促す。

 扉の外は暗く、先ほどまでのオレンジ色の景色が無くなってしまったのだと気づいた。そのことに少しの不安を感じるが、ラウの提案ならば、恐れることはないのだろうと確信が持てた。


 外に出ると、風の匂いや肌に感じる温度が先ほどと変わっていることに気づく。


「これが、夜・・・」 


 暗闇の中を数歩歩くと、少しずつ周りが見えてくる。


「上を見てください、陛下」 


 後ろからラウに言われ、少年は空を見上げた。


「すごい・・・綺麗だね・・・」

「ええ、夜は暗いですが、雲が無ければ、この無限に広がる星々の明かりが全てを照らします。今日は丁度、満月ですね」


 空には満天の星空と、大きな満月が夜を照らし輝いていた。周りには人が住むような建物がないこの広い高原には、夜の明かりはこの空が頼りなのだ。

 少年はその場に座りこみ、さらには仰向けに寝転んだ。


「地面で寝たら体が痛くなりますよ」

「横に丸まれば・・・へーき・・・」

「なら膝枕してあげましょうか」

「ん」


 冗談で言ったつもりだったが、真に受けてる少年はイモムシのように体を動かし胡坐を組んで座っていたラウの足に頭を乗せ、そのまま丸くなり始める。


「え、陛下!?」


 これで動けなくなったラウ。そんなラウをよそに、少年は無邪気に星に手を伸ばす。


「遠いなぁ・・・」

「ああ、星ですね。そうですね、とても遠くて・・・あの光はずっと昔の光なんですよ」

「昔の光?」

「ここから凄く距離があって、星の光が俺らの目に映るまでに、何百年、何千年、何万年とかかってるそうです」

「そうなんだ。ずっと昔の星たちが、今を照らしてくれるんだね・・・」


 ラウはふと、少年の言葉に心が動いた。


「そう・・・ですね。昔の星たちが、今を・・・」


 昔の星。それはかつての・・・。ラウは思いを巡らせようとしたが、膝元からスースーと規則正しい音が聴こえ、思考は引き戻された。音の主が再び眠りに入ろうとしていた。


「ちょっ・・・陛下、起きてください。さっきまで寝てたでしょう?」

「んん・・・なんだか凄く・・・眠いんだ・・・」


 少年はおやすみモードに入っていた。食事をとり、また眠る。それはまるで赤ん坊のような、そんな生き方。


「まさに「生まれたて」ってことか・・・」


 そう推測し府に落ちたがラウだが、慌てて少年の肩を揺すった。


「陛下、ほら起きてください」

「・・・ちがうぅ」

「え?」

「僕は・・・ココロ・・・」

「え、それって・・・」


 寝息に混ざり反応が返ってきたことにも少し驚くが、それより突然名前らしき単語が出てきたことに驚いた。もう一度声をかける。


「ココロ?」

「ん・・・さっき・・・そう・・・呼ばれ・・・て・・・」


 ”呼ばれた”・・・先ほども少年はそう言っていた。つまり、以前少年はそう呼ばれたことがあるのだろう。それは、前世の記憶なのだろうか。


「陛下?」

「・・・スー」

「ココロ?」

「んん・・・スー」


 反応があることを確認し、これが少年の以前の名前なのだとラウは感じた。今彼は記憶に関する何かを、夢に見ているのかもしれない。ラウは着ている上着を脱ぎ、少年に掛けた。

 これからこの少年がどのような成長をするのか、ラウは期待すると同時に、この少年の人生にどれだけの苦難が待っているのかを悲観してしまった。今はまだ、何も知らずまっさらなままの姿でいて欲しいと願う。

 自分の膝の上で無防備に眠る小さな王に、ふと、伝えたい言葉が浮ぶ。


「お誕生日おめでとうございます、ココロ」


 ラウは瞬く星空を見上げ、目を閉じた。



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