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1―5

 

 太陽が傾き、空の青色に朱色が滲みはじめる。気温も下がり、風がより涼しく感じる頃。

 徐々に変わりだした空気を肌に感じ、今晩使用するための薪を拾い終えた一兵士:ニコ・ナフェロは、太陽の沈み始めている西の方角を見つめ口を開いた。


「これでよし、と。団長~、ラウさん遅くないですか~?」

「うーむ、そうだな・・・。様子を見て来るだけだと言っていたんだが・・・さすがに単独での行動は止めるべきだったか・・・」


 同じく西に目を向けるのはこの隊をまとめる騎士団長、アレクサンド・マッカーサー。

 アレクサンドはしばし考えた後、そそくさと身支度を整えだした。


「ええ!?団長も行くんですか!」


 動揺するニコを横目に、アレクサンドは装備で重くなった体で馬に跨る。


「ううむ。剣術に長けているアイツに何かあったとは考えにくいが、まぁ・・・念のため、な」

「俺達は!?」

「待機だ」

「待機って・・・ここはどうするんスか!もうすぐ夜になりますよ!ここで野宿するんですか、それとももう少し移動してからですか。ちゃんと指示してってくださいよー!」

「なあに、すぐ戻る」


 頼みの上司がこうも適当だと、その部下は散々である。しかしこんなことは、この騎士団内ではそう珍しい光景ではないのだった。


「まーた団長の親バカがはじまったな」

「ラウさんならもうすぐ帰ってきますってーだんちょー!」

「団長~、それより今日の飯何にしますー?肉ですかー?魚ですかー?」

「団長ー、夕日が沈むまでに帰ってこなかったら飯抜きにしますからねー!」


 アレクサンドの動向に気づいた周りの兵士達は、あちらこちらから彼に声をかける。


「むぐぐ・・・お前ら・・・好き勝手言いやがって・・・!」


 騎士団とは名ばかりに、その組織内にはとてもゆるい空気が漂っていた。

 また彼らの態度から、アレクサンドが人望に厚く、兵士達に好かれているということがわかる。


「団長~」

「今度はなんだっ!!」

「ラウさん帰ってきました」


 自分の扱いが雑になっていることに不満に思いながらも、愛ゆえと感じちょっと嬉しくも思う気がしなくもないアレクサンドは、ほんの一瞬だけ頭を離れた目的を思い出した。ラウを迎えに行こうとしていたのだ。


「おお、戻ってきたか。心配させおって・・・」


 南に目を向けると、こちらに向かって走ってくる栗茶色の馬が一頭目にはいる。それは紛れもなくラウの愛馬サクレドと、それに跨るラウ・オーウェンの姿。さらによく見ると、ラウの手前には何かが置かれている。いや、置かれているのではない、ローブを纏った小さな人影のような・・・。


「まさか・・・」


 アレクサンドは目を見開き、全身から血の気が引いたのを感じた。ラウを乗せた馬が近づいてくるのに合わせ、だんだんと自身の心臓の音が大きく聞こえ始める。




「戻りました、アレクサンド団長。遅くなってすみません、ちょっとトラブルがあって・・・」


 アレクサンドの前に馬を止め、ラウは報告を始める。


「あ、貴方様はもしや・・・!お目覚めに・・・なられたのですか・・・!?」


 ラウの話など耳に入ってない様子で、サクレドに跨っている白髪の少年を見つめるアレクサンド。

 その隣にいるニコは、「あれ、誰ですこの子?」とアレクサンドに問うが、無視された。

 ラウが帰って来たことに気づき、周りの兵士も駆け寄ってくる。


「ほら、陛下。この人たちが、先ほど話していた騎士団の人たちです。この立派な髭の人が、団長・・・つまり騎士団をまとめてる人です」


 そう言って馬から先に降りたラウは、少年をアレクサンドの前に降ろした。地に降りた少年はアレクサンドを見上げたが、その目線はすぐに少年と同じ高さに移される。アレクサンドが地に片膝をつき、手を胸に当てて、深々と頭を下げたのだ。そしてアレクサンドの額から流れでる冷汗が、地を濡らしていた。


「わ、我が名はアレクサンド・マッカーサーにございます、新国王陛下殿。我々イシディリア国騎士団は、貴方の盾となり剣となり、我らが主イシディリア国王を命をかけて御守りすることを、ここに宣言いたします」


 団長の言葉を聞き、ともにラウを出迎えたニコは「ひぃっ!」と声漏らしてその場から一歩下がった。さらに、さきほどまでふざけていた周りの兵士達の空気が一変した。緩やかな空気が一気に重くなったような、緊張感が辺りに漂う。みな一斉に膝をつき、アレクサンドに続いた。

 当の少年は困惑する。初めて会う人々がみな自分を「陛下」と呼び、頭を垂れるのだ。身に覚えもない、ましてや自分の姿にも覚えがないこの自分に。この状況にどう対応すれば良いのかわからず、少年はラウのズボンの裾を掴み、目で助けを求めた。

 ラウはその目の訴えることが容易に想像でき、助け舟を出す。


「団長、陛下はまだ生まれたばかりで、右も左もわかってらっしゃらない。今はこれくらいで・・・」

「生まれたばかり・・・?あ、ああ!そうか、そうだな。それでは失礼して・・・なおれ、皆の者」


 アレクサンドが姿勢を戻し号令をかけると、兵士達もそれに続き皆姿勢を戻した。

 そしてふと、アレクサンドは重大な疑問を投げかける。


「して、新王陛下殿。お名前は?以前と同じになさるのですか?」


 目の前の小さな少年に語りかけるが、少年は首を横に振った。その返答を受け、アレクサンドは今度はラウの方を見るが、ラウも同じく首を横に振る。


「無いんです、名前。記憶なども何も。まさに生まれたてですね。とりあえず人が水に浮くことは教えましたが」

「な、なんと!記憶とは・・・前世の記憶も、か?」

「そうみたいですね。でも言語の方は大丈夫。固有名詞などは別として、会話は普通にできています」

「力のほうは・・・」

「それはまだなんとも」

「なんと・・・」


 少年は、「前世の記憶」「力」という意味が理解できず、しかもそれらを期待されていた様子を感じ、少し罰が悪くなってラウの後ろに隠れた。


「あ、あの・・・」


 その時、兵士の一人:カーティスがしどろもどろにラウに声をかけた。


「ラウさん・・・その・・・その子は、本当にあの方なのですか?前世の記憶が無いって・・・そんな・・・」


 カーティスはアレクサンド同様、困惑した様子だったが、それは彼だけでは無かった。

 周りの兵士達みんながざわめき始めたその時、大きめの声で別の一人が発した。


「は?なんだそれ・・・なんだよ・・・!自分だけ都合よく呪いを受けないなんて!!」


 声の主は暗い髪色の長い前髪を垂らし、その奥で怒りに満ちた眼差しを少年に向けていた。


「こ、こら、タイラス!陛下に向かってなんと不躾な・・・!」


 アレクサンドは部下の態度に注意を促すが、その言葉には勢いがなく、曖昧に見えた。強く言わないアレクサンドをいいことに、その男タイラスは捲くし立てる。


「アイツのせいで俺らは呪われた!なのに当の本人は何にも覚えてないのか!?ふざっけんなよ!俺達だけ散々な目に合わされて!しかも今度はソイツの・・・『バケモノ』の手を借りようとしてるんだぞ!?俺は絶対に嫌だ!」


 タイラスは少年を指差し、叫弾するかのごとく吐き捨てた。


「タイラス、悪いがこれが国の決定案なんだ。その指を下ろしてくれ。」


 ラウはその指先と少年の間に割って入る。

 だがその行動が、さらにタイラスを激高させた。


「そいつを守る!?ラウさんが?俺達が?馬鹿馬鹿しい!俺らを虫けらにしか思わなかったアイツに、命かける価値なんて・・・」

「やめてくれタイラス!それ以上続けるなら・・・俺は、お前を切らなければいけない」

「っ・・・!」


 ラウからの否定的かつ最終勧告。ラウの実力を知るタイラスには、それは到底敵わない抵抗だと瞬間的に悟った。


「何だよ・・・国って。ごく少数のお偉いさん方が勝手に決めたことじゃねぇか。なぁラウさん、なんでアンタは賛成しちまったんだよ。アンタ狂っちまってる。俺には、この計画に賛同してるヤツ、全員狂ってるとしか思えねぇよ!」


 怒りに燃えているタイラスの声は大きくなっていた。

 周りの兵士も、タイラスを止める気配はない。彼らも、同じような気持ちを抱えてることがこの現状から察することができた。


「タイラス・・・いやタイラスだけじゃない。お前たちの中でも計画に賛同していない者がいるのは承知の上さ。賛同者の俺を非難するもの構わない。だが、既に決行はされた。これからは未来に目を向けてくれ。今はこの人を城に連れ戻す。それが今回の任務だ。力を貸してくれ。」


 ラウは落ち着いた声で返した。無理に突き返さず、彼の非難も受け入れるのだった。

 タイラスはやり場のない憤りを胸に留めるしかなかった。


「ふん・・・所詮俺たちは兵としての実力も忠誠心もない雑用するだけの犬だよ。任務で仕方なくやってることだ。だが俺はこんな計画、認めない!絶対に・・・」

「ああ、今はそれでも構わない。だが俺は、良い方向に向かうよう尽力するつもりだよ」


 ラウは少し困ったように眉を垂らした。それでもその言葉には強い意志を持っているようだった。

 タイラスも、他の兵士も、それ以上は何も言えなくなっていた。


「ほ、ほら!とりあえず今日はここでキャンプしません!?もう日が暮れちゃいますよ!夕食食べましょう!ね、団長?」


 その場の空気をなんとかしようと、ニコが声を上げた。

 アレクサンドもすかさずニコの案に乗る。

 

「おお、そうだな。皆の者、今日はここでキャンプだ。準備にかかれ。・・・陛下殿はこちらへ。まずはテントへご案内いたします」


 アレクサンドは少年の身なりを見て、少しでも暖がとれるようテントへと促した。

 上司からの指示を受け、兵達はそれぞれの仕事にかかり始めた。各自の内心はわからないが、持ち場に戻る皆を見て、ニコは胸を撫で下ろし、自身も炊き出しの準備にかかろうとした。が、ラウに呼び止められた。


「助かったよ、ニコ」

「あ、いえ、そんな・・・。俺、どうにもああいう空気苦手で。みんな口にはしないですけど、心の準備もできてないのに、いきなり「例のあの人」が登場しちゃったもんで、動揺してたんだと思います」

「ああ、そうかもな」

「ラウさんもあまり気にしないでくださいね?」

「ん?何を?」

「アンタ狂ってる、なんて言われちゃってたでしょう」

「ああ、なんだそのことか」


 ニコは驚いた。ラウがハハハと乾いた笑いをしたからだ。

 他人から、しかも非難の意味で、「狂っている」なんて言われて平気な顔をしている男に奇妙さを感じたが、普段の振る舞いから、ラウが大らかなのだろうと解釈し直した。


「ちょっとラウさん、後で怒りに行ってもいいんすからね!アイツ、本当口悪いし空気読まないし。いくらラウさんでも」

「いや、ニコ」


 ラウは微笑みながら、一言言い放った。同時に軽やかな風が吹き、ラウの髪が優しく揺れたのが印象に残った。


「あれは 正解 だよ」


 ニコには、その一言がすぐに理解されなかった。ゆえに、その言葉の意味を聞き返せずに終わってしまう。


「さ、俺は団長に報告してくるよ。陛下の世話も、俺がするほうがいいだろうな。団長も緊張してたみたいだし。夕食ができたら呼びにきてくれ」


 ぽんっと肩を軽く叩かれ、ニコはハッとした。普段通りのラウだ。


「え、あ、はい!了解であります!」


 ワンテンポ遅れて、ニコはテントに向かうラウに返事をした。



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