1―3
おいおい、オーウェン。血の一滴くらいで顔をしかめるなよ?
怖くなった。自分自身に見覚えがないことに。
自分は誰なのか、
ここはどこなのか、
何故こんなところにいるのか、
何故箱に閉じ込められていたのか、
何故裸なのか、
何故男と一緒にいるのか、
何故なにも思い出せないのか、
何故、
なぜ、
ナゼ・・・?
目が回る。気分が悪い。口元を手で覆うが、胃には何も入っておらず、吐くものすらない。酸の混じった唾液が口いっぱいに広がる。息が苦しい。
足が力を失い地にひざまづき、うずくまった。
「陛下!?どうされました!」
「だ、れ・・・」
ラウ・オーウェンという男は、自分を「へいか」と呼ぶ。なんのことなのだろう。陛下とは、誰だろう・・・。
「まだ酔いが冷めてないのか!?それともこの水を飲んで・・・いや、水なら俺もサクレドも飲んでるし・・・」
ラウは原因を考えるが、ここまでの過程で急激な体調変化が起こる要因は思い浮かばない。
「失礼します」
ラウの大きな手が額を覆う。それがひんやりと冷たくて、気持ちよいとさえ感じる。
その大きな手は、次に手を握ってきた。
「熱がある。が、体は冷たい。一体どうなって・・・!まさか、まだ早かったのか・・・?それとも何か間違えて・・・?」
突然体調を崩したことに戸惑いを隠せないラウは不安そうな顔をする。
「(ああ・・・そんな顔しないでよ・・・似合わないから・・・)」
ぼんやりとした意識の中で、何故だか状況に不釣合いなことを思ってしまう。
「陛下、意識をしっかり!陛下!まずいな、早く城に戻るべきか・・・!」
そう判断した瞬間、ラウの頬に鋭い痛みが走った。ラウの身体が一瞬で強張った。敵を感じたのだ。2、3秒遅れて、浅く裂けた傷口から赤い血が頬を伝う。
「これはこれは、まさかあのオーウェンの血がこんなにも容易く拝めるとはなぁ!」
男の力強い声とともに、森の中からガタイの良い大男が姿を現した。手には弓、背に矢を担ぎ、腰にはこの大男に合わせたのか、大きめの剣を装備している。その声に聞き覚えがあるラウは、男の顔を見ずともその正体に気づく。
「グリンツ将軍、今はお前にかまっている暇はない」
「ははぁん、そいつが新しい玩具か?ずいぶん手を焼いてるようじゃねぇか。そんなに手に余ってんなら、ここで捨てていけ。処分しといてやるからよぉ!」
「そのオモチャ呼ばわりを、恐怖のあまり血眼になって探し、奪っていったのはお前らだろう」
ラウは少年をそっと地に置き、腰にある剣に手をかける。先ほどまでの優しい顔つきとは違い、刺すような目をしている。
「ひゅ~っ!やっぱその面構え、そうソレだよ!それがアンタさぁ!丸くなったのかと心配したぜ。いや、さっき俺の部下も殺してくれてたし、丸くはないか」
「黙れ。敵なら容赦しない」
両者剣を抜き、構えたまま。
「こんなことなら隊を組んで来るんだったなぁ。あぁ、でもどうせ邪魔で斬っちまうんだけどな!ガハハッ」
大きく笑った大男グリンツは、その瞬間身を切るような風を感じ、自分の首元に刃が突きつけられていることに気づいた。
「黙れと言っている」
「ぐっ・・・」
グリンツは唾を飲んだ。
「腕は鈍ってないようだな、元団長さんよ」
「昔のよしみだ、このまま手ぶらで帰るなら見逃してやる」
「それはありがてぇ。でもなぁ・・・やっぱりアンタは甘いんだ、よ!!」
次の瞬間、グリンツは足で砂土を思いっきり巻き上げた。ラウの視界が一瞬遮られる。
その隙にグリンツが視界から消え、ラウは後悔することになる。
「くっ!しまった・・・!!」
グリンツは湖の前に立っていた。そして足元に転がるオモチャに手をかける。
「やめろ!グリンツ!!その人は・・・!」
聞こえているはずだが、動きを止めようとしないグリンツ。うずくまったまま動かない少年の細い首をつかむと、そのまま宙吊りにぶら下げる。
「ぐっ・・・かは・・・!」
「あぁ?なんだコレ、すげぇ弱ってんなぁ。お前らこんなの使って何しようとしてんだ?上も何考えてこんなもの怖がってんだか」
一瞬怯んだが、ラウは再び剣を構える。しかし今度は焦りを交えて。
「放せ。もう国の者ではないお前には関係ないことだ」
「ハッ!・・・ああそうさ、俺は強い国につく!そのほうが戦が多いからな。そして沢山殺せるだろう?しかし退屈なことに、今回はこのオモチャの処分が任務さ。それがこんな死にかけのガキだったとはな。ま、俺には関係ないか。どう死んだって関係ないさ!」
そう言うとグリンツは、その腕によって宙吊りになった小さな体を湖の上に移動させた。
その瞬間大男がこれからすることを理解したラウは叫ぶ。
「やめろおおおおおおおお!!」
その叫び声と同時に、小さな体は湖に落とされた。