第12話
きゅぴーきゅぴーきゅぴーきゅぴー
長い廊下を歩く。
きゅぴーきゅぴーきゅぴーきゅぴー
前を行くガレーナについていく。
きゅぴーきゅぴーきゅぴーきゅぴー
静かな城内に鳴り響く靴音。
「着きました」
とある扉の前でガレーナが足を止めた。
一度深呼吸して、扉を開く。
中で待っていたのは……
前髪で片目が隠れた陰気くさい男が一人。暗い色のぼろいローブを纏い、力なく本棚に寄りかかっている。暗い藤色の髪を後ろでゆるく束ねているが、ところどころ束ねそこなっている髪が垂れている。フードを被っており、隙間から覗く目からは生気が薄く感じられる。
サラサラの白銀髪のおかっぱにモノクルを付けている生真面目そうな男が一人。モノクルを付けたほうの横髪は耳で纏め上げられ、またモノクルからは金色の鎖が垂れ、美しさが引き立っている。本を片手にこちらに目を向けている。
葉巻を咥えた、くたびれた風貌の男が一人。肩まで伸びた色素の薄い髪が半分ほど後ろに束ねられ、残りは無造作に下ろしたまま。鼻の下と顎にうっすら無精髭が伺え、どうやらこの部屋では最年長のようである。応接室の来客用の椅子に大きな身体を横たえ、肘置きに足を投げ出して組み、随分とリラックスしていた様子。テーブルにはボトルのお酒まで置かれている。
そして最後にラウ。正面にある書き物机に腰を据え、腕を組んで寄り掛かるように立っていた。
他の者が無言でココロに目を向ける中、ラウだけは微笑み話しかける。
「陛下、お待ちしておりましたよ」
しかし先程まで一番近しい存在と感じていたにも関わらず、ラウでさえこの空間の中では自分と距離が遠いように感じてしまう。それは他の者から異端者を見るような目線を向けられるせいなのか。
きゅぴーきゅぴーきゅぴー
部屋に入るココロから、場違いな音がこの静かな部屋に響く。
「な、なんの音です?」
生真面目そうな男が眉間に皺を寄せる。ラウも目を丸くしている。
「国王様の靴音です。先程着替えさせていただきましたが、子供サイズの靴は用意していませんでしたので、急遽我が愚弟が幼き日に履いておりました靴を、国王様に履いていただきました」
ガレーナが淡々と説明する。
そう、服をリメイクするところまでは良かったのだが、靴は服とは違い型を作り直すことは難しいので、即席で用意することはできなかったのである。困ったココロだったが、ガレーナが自室から子供サイズの靴を持ってきてくれ、無事に靴を装備できた。
だが歩いてビックリ。この子供用の靴には、迷子にならないようにと、音のなる仕掛けが施されていたのである。しかし他に履ける靴もないので、現在に至る。
ラウは手で顔を覆い、肩を震わせていた。
「なんてまぁ可愛らしい国王陛下だ。まさかこんな子供だなんてなぁ。よし、おじちゃんが抱っこしてやろうか?」
くたびれた風貌男は、テーブルに置いてあったグラスに注がれた酒を一気に飲み干すと席を立ち、ココロの前にしゃがみこむ。ココロの両脇に手を差し込むと、少年の身体は一瞬で宙に浮いた。
「わっわっ……!」
足元がブラブラとして、男の顔が自分より下になる。男は体格が良く、身長もあるので、ココロは今までに体験したことの無い高さの景色を観る。男は葉巻を咥えながら笑っていた。
「よしてください、ダラス。子供だろうと、我が国の国王陛下なんですから」
そう諭すのは生真面目そうな男。
「いいじゃねーか。ラウの話からすると、生まれたばかりの赤ん坊同然だろ?あの白髪頭のおじちゃんは怖いでちゅね~」
「ね~」のところで身体を左右に揺らされる。ココロの顔が曇ってきた。
「私はまだ貴方ほど年をとってませんよ。総年齢、精神年齢ともに貴方より上ですが」
「白髪頭のおじちゃん」と呼ばれた生真面目そうな男は、横髪を耳に掛け直しながら反論する。
彼の白髪頭は地毛なのだろう。ココロも同じく白髪なので、親近感が沸く。
「ダラス、陛下を下ろしてやってくれ。それに、彼は見た目以上に子供じゃない。受け答えもしっかり出きるし、理解力もある。たぶん今は、ダラスのことを「なんだこのおじさん」と思っているよ」
ラウの言った通り、ココロは「なんだこのおじさん」と丁度思っていたところだ。それと、「臭い」とも。
きゅぴー
「ほぉ」と興味有りげに一言漏らし、ダラスがココロを地に降ろした。地に足が着くと、靴も鳴る。
「陛下、彼はダラス・マックローニです。こんな見た目ですが、仕事はできます……やる気になれば。外交などが得意ですね」
「あぁ、よろしく国王陛下殿~。酒とタバコをこよなく愛する、だらだらダラスとは俺のことだ。この白髪おじちゃんに苛められたら俺に言いな~」
だらだらと手を振り、確かに自分でだらだらダラスと言うだけはある。やる気の無いときの仕事ぶりはどうなっているのだろうか。
「誰がおじさんですか全く……。ココロ陛下、私はシフェル・フィレーツォ。貴方の教育係を勤めます。陛下が子供だろうと、甘やかす気はありませんので、そのつもりで」
冷たい物言いに、先程の親近感が消えた。
「シフェル、あまり陛下を脅かさないでくれ。シフェルは大変優秀ですが、見てわかる通り、自他共に厳しい。でも悪い人ではないですよ」
ラウのフォローが入るも、シフェルの表情は変わらない。仲良くなれるのだろうか。
「で、最後に。こちらに居るのがヨハン・ザイディック。彼が先に話した、イシディリア国でただ一人の魔術の研究者です」
「こんにちは。国王陛下」
「こ、こんにちは」
ずっと気になっていた。彼の眼差しだけが、異様にギラついていたのだ。部屋に入ってから、ずっと凝視されている。
「ラウ、話はもう済んだかい?」
「まだです。ほら、自己紹介してください」
ヨハンはなにやらウズウズしているように見える。何かを我慢しているような……。
「わかったよ……。僕はヨハン・ザイディック。魔術師であり、魔術の研究をしている。キミを練成したのは僕だよ。ねぇ、もういいよね?僕も早く……早く触りたい……」
「それは後にしてくれ。ヨハンは普段、少し離れた山の中に篭っていることがほとんどですが……貴方が奪われたと聞いて飛んできました」
「僕の傑作が盗まれたんだ!当たり前だよね!?あぁでもよかった、戻ってきたんだね……この城の警備はクソだね全く」
話が続く間も、ヨハンはココロを凝視している。研究者からしたら、やはり自分は実験材料に見えているのか。
「ヨハン、それで陛下のことなんだが……どう思う?」
「どうもこうも、動いてるんだ。人体練成は大成功さ」
フフフ、と嬉しそうに話すヨハンからは、変態染みたオーラが漂っている。研究者というだけあって、魔術で造られたこの身体に、とても興味を持っているようだ。しかし次の言葉が、空気を一変させた。
「でもキミは誰なんだろうねぇ……」
その言葉に、一同が固まる。ココロ自身は何を言われているのかさっぱりわかっていない。
「ヨハン、どういうことです?」
「誰って、国王陛下なんだろ?計画だと、初代の王の魂が転生したやつ」
シフェルとダラスが困惑する。ラウも険しい顔をしている。
「僕が作ったのは身体だけだよ。魔術で、材料から肉の固まり…つまり人の身体を作っただけ。魂の転生、魂の身体への定着については、まだ何もしていない」
「……ということは?」
「魂が勝手に宿った、ということか……」
結論をラウが告げた。
「ま、待ちなさい!勝手にって……!」
「俺が奴らから棺を取り返した時、すでに陛下は目覚めた。俺も驚いたさ。だから、もしかしたらヨハンが何かをしていて、魂の転生も上手くいったのかと思ったんだが……」
「僕はあれ以来何もしてない。それに、強制的に魂の転生、定着させる方法なんてまだ見つけてすらないんだから」
「じゃあ、コイツはいったい……?」
一気に視線がココロに集まった。
「陛下、貴方はいつから目覚めていたんですか」
ラウが問う。
「あ…えと……ラウに助けてもらう少し前、だと思う……。目が覚めたら、真っ暗の箱の中に閉じ込められてて、怖くなって。喉もカラカラで、死んじゃうって思った」
「死の概念を既にお持ちの様ですね」
「なるほどな、確かに赤子にしては考えが現実的だ」
シフェル、ダラスの後に、ヨハンが仮説を立てる。
「陛下の理解力、思考能力、自我はある程度確立されている。これはたぶん、身体に宿る前の魂が既に成長していたからじゃないかな」
「成長した魂ってなんだよ。魂ってのは……俺はそういうのよくわからねぇが、こう、丸くて真っ白な玉なイメージなんだが……生まれる時は経験値0なわけだろ?レベル1っていうか。で、俺達イシディリア人だけが、昔の記憶だけは引き継いでるってことで」
「ええ、記憶を引き継ぐといっても、遠い記憶みたいなモノですが。イシディリア人とて、生まれたての赤ん坊は、やはりそれ相応の思考力しか持ちません」
「でも陛下は、目覚めたときすでにある程度の思考能力を持っていた。つまり、レベル1の魂ではなく、すでにレベル10くらいの魂だったってことか」
「レベル10の魂……やっぱ例の王様は特別な魂をお持ちだったのか?」
「記憶の継承が無いから、王の魂かはまだわからないよ。レベル10の魂を持つ、誰か知らない人間の魂が運悪くすっぽりハマったっていう可能性もあるよね」
「運悪くすっぽりハマったとして、ならコイツは王じゃなくね?」
ダラスの言葉で、大人達の会話が一旦途切れた。事情がよくわからないココロは、ただ聞いているしかなかったが、この話の流れが自分に良くないことは、理解できた。
「……もし僕の魂が、初代の王とは関係ないモノだったら……僕はどうなるの?」
計画失敗として、不要な生命となるのだろう。誰にも望まれず生まれたことになる。
王でないのなら、ココにいる理由も何もない。
処分される。
最悪の結末を想像したココロは、一瞬周りが見えなくなる感覚に陥った。
シン―――と一瞬部屋が静まり返る。
「どうもしませんよ。王ではなくなりますが、ココロとして生きるんです。なんなら、俺が面倒みますよ」
「貴重なサンプルとして観察対象とするから、死なれては困るね」
「私はただの子供に興味はありませんので、あとは自由に生きていただいて結構です」
「なんなら部下にして仕事手伝ってもらうかねぇ。この国いつも人手不足だしな」
生きることを否定する者は誰もいなかった。生きていい、と言ってくれた。
嬉しかった。たとえ自分が誰なのか分からなくても、計画のために作られた身体だとしても、この人達は受け入れてくれる。それだけで本当に嬉しかった。それは、今までずっと不安に思っていたことだったから。
「あ……ありがとう」
ココロは、この人達を信頼していいんだと感じた。




