表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/46

第0話 プロローグ

 

 薄暗く、石造りの壁に囲まれた牢獄に一人、男がうずくまっていた。髪は夜のように黒く、地を這うほどに伸びきっていた。膝を抱えるその腕は白く、とても細い。

 そこに一人の看守が近づいてきた。看守は男の牢獄の前で止まった。


「時間だ」


 そう告げると、看守は牢獄の鍵を開けた。錆びた扉は重い金属音を鳴らしながら開いた。

 男はゆっくりと立ち上がり、促されるまま扉をくぐる。その動きはまるで生気を感じさせない。男の両手両足には重い鉄の枷が付いており、両手同士、両足同士が鎖で繋がれていた。


 ジャラ・・・ジャラ・・・ジャラ・・・ジャラ・・・


 この男以外に収容されている者はおらず、故に静かな石造りの建物に鎖が擦れる音が響く。男は大人しく看守の後に続いて歩いた。足枷の鎖を引きずりながら。

 看守が外へ続く扉を開いた。薄暗い建物内からは、扉の先が光に満ちているように見えた。外から入る風が男の長い長い黒髪を優しく撫でる。男は光に向かって踏み出した。


 そう、それは一瞬の光。



 その先は・・・



 曇天の空。生ぬるい風。

 四方からの罵声、怒声。

 群がる薄汚れた人々。

 木造作りの舞台には処刑台。

 その横にはフードを深く被った死刑執行人が待ち構えている。


 そう、これから行われるのは男の公開処刑だった。


 看守は扉の先には進まず、あとは男を促すだけだった。男はそれを気に留める様子もなく、先へ進む。

 鎖を引きずりながら処刑台まで進む途中も、道の両側にいる群衆からの罵声、怒声が止まることなく聞こえ続ける。


「死ね!悪魔め!」

「地獄へ落ちろ!!」

「全部あんたのせいだ!」

「お前なんか生まれて来なければよかった!」

「この殺人鬼!」

「化け物!!」


 男に声は届けど、群衆を見る素振りは全く無かった。長く垂れた前髪の隙間からは、その表情が読み取れない。

 そんな男に、小石が飛んできた。だが男には当たらず、男の足元に落ちた。男は動きを止めた。その時だけ、人々は声を抑えた。

 それを投げたのはまだ年端のいかない少年だった。少年の目には涙が浮かんでいるが、その表情は怒り、憎しみに満ちていた。


「お前のせいで父ちゃんは・・・!母ちゃんも妹も死んだ!お前のせいで!!」


 少年は叫んだ。

 すると次は反対の方向から石が飛んできた。それは遠くからだったのか、威力は無かったが、男の右肩に当たった。

 それを皮切りに、再び人々の声が大きくなり、罵声怒声が再び飛んでくる。今度は四方からの石も一緒に。


 男は再び歩き出した。石が当たる度少しよろけるのだが、男は顔色一つ変えない。

 途中、ゴッと音を立てて、大きめの石が男の頭部へ直撃した。大きくよろめいたが、それでも男は止まらなかった。

 処刑台の前までたどり着く頃には、男の体にはいくつかの出血と痣ができていた。その中でも頭部へのダメージは大きかったのか、頭部から流れ出る血が頬を伝い、地を濡らしていた。


 男は処刑台の前まで来ると、静かに両の膝をついた。怒りや憎しみを帯びたいくつもの瞳が男を見ていた。

 野次の声はさらに大きく、激しくなった。これから死ぬ者への言葉なら、何も躊躇は要らないからだ。皆、とめどなく溢れる負の感情を男にぶつける。


 死刑執行人が静かに鞘から剣を抜いた。丁寧に磨かれたその切っ先は光を反射し、そして男を写す。

 死刑執行人は剣を掲げるが、そこで動きを止めた。


「ク・・・ククク・・・」


 突然男が笑いだしたのだ。


「何がそんなに可笑しい!」

「恐怖で気が狂ったか!?」


 どよめき出す群衆。男の乾いた笑いは止まらない。


「クク、ハハハ・・・! お前達はいつもそうだッ!何も知らず、周りに合わせ、流される。そしてその結果が自身に悪影響だと分かると安全な所へ逃げる。事が起こってから、己の行いに後悔するのだ。そんな愚かで浅はかな愛しき我が民よ。我は死す前に、お前達に呪いを贈ろう。我が最後の時を目に焼き付け、生涯永劫忘れるな!そして千年後、我が魂が再び蘇り、その力をもって我が大成を成すだろう!!」


 男は目を見開き、群衆に向かって吠えた。そして再び笑いだした。


 男の最期の演説に、辺りは一瞬静けさが戻ったが、再び騒ぎ出す人々の群れ。


「何抜かしてやがる!お前なんてもう怖くねぇ!」

「脅しのつもりか!そんなデタラメ誰が信じる!」

「二度と喋るんじゃねぇ!」

「さっさと殺せー!」

「そうだ殺せー!」


 やがて始まる「殺せ」の一斉コール。いっそう声を立てて笑う男。

 その場が狂気に満ちたような、異様な空間が出来上がっていた。

 鳴り止まない群衆の罵声を止めたのは、処刑執行人の剣。高々に掲げていた剣は振り下ろされていた。

 鈍い音と共に、男の首が地に転がった。一拍置いて、残された身体からは大量の鮮血が噴き出される。そうして作られた血だまりが、綺麗に切り落とされていた男の長い黒髪をも赤く染め上げていった。


 虐殺王と呼ばれた男の生涯はこうして幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ