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『なるべく早く』との条件付きの依頼であったため、『伝書鳩』ことレオンハルトは話があった日の夜王都を出発することにした。

ギルドのナタリーを仲介し、王都の南にある門で依頼人の孫娘と同行する冒険者と待ち合わせをすることになっていた。

門で待っていた彼の前に最初に現れたのは先日ギルドの訓練場で手合わせをした名前も知らない冒険者であった。

相変わらず抜き身の刃のような印象の彼であったが、レオンハルトにとっては関係のないことだ。


「この前ぶり。」


そう言って近づいてきたアルヴァンは確かに雰囲気も見た目も凶悪であるが、戦闘狂であることを除いて言動はいたって常識的。

彼のことを幼いころから知っている実家の近所の人たちからは未だに可愛がられている。


レオンハルトとアルヴァンがお互いの名前やランク、持ち物や経験を一通り確認しあっていると、ナタリーに付き添われたお孫さん・シスカが登場した。

20代前半のおっとりした女性でいかにもお嬢様という雰囲気である。


「こんにちは!商業都市までの護衛をするレオンハルトとアルヴァンです。俺はあなたを運ぶの担当で、後は全部アルヴァンがやってくれます。よろしくー。」


そんなお嬢様を前にしてもまったくいつもと変わらない調子のレオンハルトにアルヴァンは呆れていた。

レオンハルトとの会話をへてとても偏った役割分担を提案したのは彼だ。

これを聞いてナタリーは心の中で密かにアルヴァンよくやった!とほめたたえていた。


「出発しよう。」


というアルヴァンの声で、レオンハルトはシスカを抱き上げ彼女はレオンハルトの行動にお嬢様らしい小さい悲鳴を上げた。

ちなみに、横ではナタリーが顔には出さないが内心ギョッとしていた。


「では、行ってきまーす。」


シスカの悲鳴を華麗に無視して、門を潜り結構な速さで走ってゆくレオンハルトとそれを涼しい顔で追いかけてゆくアルヴァンをナタリーは見送った。






王都を出て3時間、王都から最も近い迷宮の前には3人の人影があった。

昼と夜では迷宮の中外問わず出没する魔物の種類が偏っている。

そのため、夜の方が効率よくこなせる依頼もあるが、人間の目は暗闇の中で行動するために出来ていないので危険度は増す。

一般的に依頼は昼にこなすものであるため、この時間に迷宮の前で休憩している人は珍しい。


「迷宮の中での注意は今までと同じ。取りあえず何もしないこと。レオンハルトに抱えられて大人しくしてるだけでいいよ。疲れたら言って。」


アルヴァンは何でもないかのように指示を出すが、普通の護衛依頼がこのようなシンプルな指示ひとつで終わると勘違いしてもらっては困る。

そもそも護衛の対象者を抱えて走るなど論外であるが、大体の場合は魔物が出た時の指示、それが1匹の時、複数の時など結構細かく指示されることが多い。


「俺が先頭を走って案内するから着いて来て、魔物はなるべく無視するけど無理だったら魔法で倒すから。後ろは頼んだよー。」


アルヴァンとレオンハルトの会話も実にシンプルで分かりやすく、初めてともに行動するとは思えない気安さと信頼が見られる。

訓練場で手合わせしたことで、互いの実力や身体能力をある程度把握できたためであるが、こんなところであの騒ぎ吉と出るとは誰も予想できなかったであろう。

彼らは互いに理解しているのだ、大迷宮のボスでもない限りこの2人がともに行動して苦戦するはずがないことに。


シスカの予想は大きく外れ迷宮の中を移動しているというのにとても快適に過ごしていた。

最初は抱えられていることに緊張して少し体が痛かったものの、抱えてくれている彼の筋力を持ってすれば自分の体重などなんでもないことに気が付いた。

今では全体重をその腕にかけ、リラックスしている。


「お二人はどうして私をなるべく早く商業都市に届けるというような面倒極まりない依頼を受けてくださったのですか。」


シスカはただ抱えられていることが退屈になったためか、疑問に思っていたことを2人に尋ねた。


「別に断る理由がなかったからかなー。少し頼られてる気がしてうれしかったし。」


「商業都市で結婚祝い買おうかと思って。」


2人の答えは完全に個人の都合で、母親が危篤状態のシスカへの気遣いが全くないことが彼女にとっては逆に心地よかった。

同情で動く冒険者は激レアではあるものの確かに存在するが、シスカあったこともない人間に同情されて喜ぶような人間ではなかった。

おっとりとはしているが、移動のため迷宮に入ること、さらには転移魔法陣を使う事を了承するだけの豪胆さ、そのリスクを分かっていて選択をするだけの判断力が彼女には備わっていた。

見た目とは裏腹に彼女の気質は大商人の祖父譲りなのであった。


「身近な人が結婚するのですか?」


「兄が来週結婚するらしい。結婚祝いって何がいいのか見当がつかなくて困ってるところ。」


「お祝いの品は気持ちが大事なのよ。結婚式は思い出でもあるから、10年後、20年後にその日の事を思いださせてくれるものがいいんじゃないかしら。あとは、それを見るとあなたのことを思いだしてもらえるような品も素敵ね。」


「そういえば、うちの爺さんと婆さんは結婚の記念品でもらった竜のうろこでできたお揃いのナイフを愛用してましたー。切れ味抜群で便利だって言ってました。」


「なるほど。」


とても参考になる意見と全く参考にならない意見の両方をもらい満足そうな様子のアルヴァンは兄の結婚祝いを何にしようか決めたようである。

不適に笑う彼が何を用意する予定なのか若干の不安を覚えたシスカなのであった。






迷宮の転移魔法陣を使用すること数回、出会う魔物が今までとは違うことに気が付いたアルヴァンは感心していた。

不気味な人形ばかり出て来る迷宮は商業都市の近くにある狂人形の館と呼ばれる迷宮であることに気が付いたからである。


「レオンハルトは何で転移魔法陣の行先が分かるの?」


彼は冒険者が仕事に関わる秘密を簡単に教えてくれるとは思っていなかったが、純粋に疑問に思っていたことを聞いてみた。


「ん?だって、同じ柄の魔法陣に飛ぶじゃないですかー。後は覚えるだけですよ。」


答えてくれたことに驚いたものの、その答えは意外なものだった。

冒険者になって10年のアルヴァンは数えきれないほど迷宮に入っているが、彼の目にはどの転移魔法陣もサイズと色以外は同じに見えたからだ。


「俺の目には全部同じに見える。」


「私も数個しか見ていませんが、全部同じに見えましたよ。」


「全部ちょっとずつ違うんですよ。線の太さとか、文字の角度とか、文字の内容とか、まあいろいろ。」


アルヴァン『伝書鳩』の秘密には触れられたが、真似できないことに気付き一気に興味が失せた。

そもそもひとつの迷宮に何個転移魔法陣があると思っているのか、脳筋な冒険者でなくともそれを全て覚えるなど困難というか不可能である。


「やっぱり頭いいんじゃん。魔術師だし。」


ただ、自称頭が悪い天才に嫌味が言いたくなったようだが。


「見れば記憶はできるんです。でも、理解できないからー。」


そこで一旦言葉を切ったレオンハルトは次のように続けた。


「魔法陣の暗記さえできればいい魔法師は向いてるんです。でも、相手の動きに合わせて臨機応変に動く剣士はどうしてもうまく行かなくて…。」


「だから訓練所で俺の剣を避けるのぎこちなかったのか。」


レオンハルトは剣士の動きが読めない、だから相手が動いてからの対処が基本だ。

目で見て、距離を測って、避ける、彼の場合はこれをとてつもなく早くできるのだ。

そのため、フェイントには全部引っかかるが、避ける距離もぎりぎりで済む。

完全に人間離れしている身体能力によってのみ成せる技であった。


先程から迷宮を移動中に雑談をする面々ではあるが、それが異常であることを告げる者はその場にはいなかった。






後日、結婚祝いの品として見事な竜の番が巻き付く水晶のペアグラスを送られたとある夫婦は困惑した。

結婚祝いにしては、おどろおどろしいデザインだったからだ。

もちろん2人はそのグラスが迷宮の深部の宝箱から出た1点物の高級品でオークションに出したら金貨100枚はくだらないことを知らない。


ただ、10年後そのグラスが全く傷ついていないことや、20年後何回も落としているのに割れるどころかひびが入る気配もないことに気づいて不思議に思うこと。

何となくで鑑定に出してみた結果に腰を抜かすことは未来の話である。


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