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迷宮に飛び込んだレオンハルトは地上にいた頃と変わらずルンルンと迷宮内を駆けていた。
そして、迷宮の2階と15階を繋ぐ白い転移魔法陣に迷わず飛び乗った。
冒険者の常識では、迷宮内で触ってよい魔法陣は3種類のみ、1つ目は1階から2階へ、2階から3階へ、と各階を繋いでいる魔法陣である。
この魔法陣は、壁にある貨幣サイズの小さな赤色の魔法陣である。
2つ目は各階から1つ上の階に登れる魔法陣である。1つ目の魔法陣と同じ特徴を持つが色が緑なので1つめとは間違えようがない。
3つ目は各階から迷宮の扉の前へ転移できる魔法陣である。こちらは前者とは違い床に描かれており青色である。
攻略済の迷宮に関してはこれらの魔法陣は全て地図に記入されているのでよほどのことがない限りそれ以外の魔法陣に誤って触ってしまうことはない。
では、冒険者が触れてはいけない魔法陣とはどういうものなのか、特徴としては全て白色なことが挙げられる。
また、サイズが大きいものは特に注意が必要である。
白い魔法陣はどこへ飛ぶのかが定かではない。
また、サイズが大きいほど遠くへ飛ぶと言われている。
先程レオンハルトが触れた魔法陣は白色の手のひらサイズのものであったため、彼は一気に2階から15階へ転移することに成功した。
15階についたレオンハルトは再び軽快な足取りで走り始めた。
途中で出会う様々な魔物は華麗に無視。普通の冒険者ではあり得ない。
何せ彼らは魔物を狩って特定の部位を集めることで生計を立てているのだ。
しかも、魔物には人間を襲う習性があるのだ。魔物は華麗に無視されようが本能的に人間を襲う。
「今日は、いつもより魔物が多い気がする?」と、また独り言を放ちながら彼は本日預かった箱よりも大きい魔法陣に飛び乗った。
勿論、「ワープ!」と言いながら。
王都付近にある5つの迷宮のうちの一つである不死者の巣は人気がないことで有名だ。
というのも、ろくな素材が取れないアンデッド系の魔物しか出現しないので冒険者達は行きたがらないのだ。
そんな静かな迷宮の中に突如「ワープ!」という場違いな声が響き渡った。
ふざけた声を発しながら王都付近の不死者の巣に転移して来たレオンハルトは、本日初めて顔をしかめた。
不死者の巣の13階に転移して来たものの、この階はゾンビ系の魔物の出現エリア、腐臭が酷いのだ。
いつでも笑顔が絶えないレオンハルトが顔をしかめることは珍しいが、その綺麗な顔はしかめても綺麗なままであった。
レオンハルトは「早く地上に出たい!」と、これまた大きな独り言を発し、走り出していった。
そして、転移魔法陣を駆使しながら通常では考えられないスピードで迷宮を駆けあがって行った。
レオンハルトという青年は、見た目や装備も冒険者らしくないが、仲間がおらず常にソロで活動しているところも他の冒険者とは異なっている。
友達も仲間もほとんどいない彼はとても独り言が多いのである。
地上に出たレオンハルトはなるべく早く王都にたどり着くため、まっすぐに王都に向けて走り出した。
不死者の巣から王都までは徒歩で1日ほどかかるため、この迷宮に用がある冒険者は専用の乗り合いの馬車を用いることが多い。
しかし、不死者の巣があまりにも人気がないため乗り合い馬車は朝と夕方の2回しか回ってこないのである。
王都付近であるのに田舎の村もびっくりな扱いの悪さである。
そして、軽く走っているだけのレオンハルトが馬車よりも速いスピードで平野を駆けていることに突っ込みを入れる人はこの不人気な不死者の巣の周りにはいなかった。
王都の冒険者ギルドはとても大きい。そして、いつでも多くの人で騒がしい。
本日もその例にもれず、昼間からテーブルを囲む酔っ払いや、買い取りカウンターで怒鳴り散らす巨漢など、一般人が想像する冒険者のお手本みたいな人々で賑わっていた。
そんな中、「こんにちわー」と、陽気な挨拶をしながら空気の読めない茶髪の青年が入ってきた。
一瞬扉の方を見た冒険者たちもすぐに「なんだお前か、」とでも言いたげにすぐに呆れた視線を送り、各々自分達の世界に戻って行った。
冒険者達にとって、新入りや気に入らない者に喧嘩を売ることは生きがいの一つなのである。
レオンハルトも冒険者登録をするときに先輩冒険者に喧嘩を売られ、にこにこと返事を返し、相手を逆上させた。
彼は逆上した相手が振り下ろした大剣を腕で受け止め、「痛いじゃないですかー。」の一言だけを言い残し去って行った。
このことは冒険者ギルド内でも伝説化し、それ以来レオンハルトに喧嘩を売る冒険者は現れていない。
仕方がないので、『伝書鳩』と呼ぶことで口撃しているのだが、やはりダメージは一切通っていない様子である。
「依頼の品運んで来ましたー。受け取ってください。」
「今日もまたお手紙ですか?今日は何枚運んで来てくれました?」
レオンハルトに声をかけられた依頼完了証明係の受付嬢は慣れた様子で彼に対応してゆく。
彼女はレオンハルトが何時も頼りにしている馴染みの受付嬢で、悲しいことに『王都内のレオンハルトが知っている人ランキング』の上位10人に入る。
「実は今日は手紙じゃないんです。ポートシティから大きな魚を運んで来たんですよ。ほら、」と言いながらポーチから魚の入った箱を取り出し、受付カウンターにひょいっと乗せた。
普通の冒険者と比較すると細いレオンハルトがにこにこと嬉しそうに話しながら置いたものなので油断したのか、受付嬢はそれを持ち上げようとして敢え無く失敗していた。
すぐに、裏から男性職員を呼び出して箱を移動させていた。
「僕意外と力あるでしょ!」と、自慢げに話すレオンハルトにはどこからどう見てもそのような力が備わっているとは思えない。
冒険者や兵士、騎士などの戦うことが仕事に人たちだけでなく、大工や鍛冶屋などの肉体労働者に比べてもレオンハルトの腕は細い。
商人や文官の方が比較対象としては適切であるほどだ。
いったいどこからその腕力を出しているのかは皆が常々不思議に思っていることの1つである。
また、その力がほとんど依頼の役に立っていないことをギルドの職員たちが残念に思っていることも彼は知らない。
「どうして、そんなに力があるのですか?絶対に普通じゃないですよね。レオンハルトさんは実は人間じゃないんじゃないかって噂もありますし。」と、不思議そうに受付嬢が尋ねるとレオンハルトは何でもないように答えた。
「昔さー、とある魔物を倒したら、力を吸収しちゃったみたいで…。それからしばらくは力が制御できなくて、いろんなものを壊しちゃって大変だったんだよね。」
「じゃあ、僕はちょっとお腹すいたから、また来るねー。」と言い残して、レオンハルトは去って行った。
彼は後ろを振り返らなかったが、もし振り返っていたら凍ったような顔をした受付嬢を見ることになっただろう。
一般的には知られていないが、倒した際に異常な筋力と魔力が手に入る魔物というのは1種類しかいないのである。
その他の魔物を倒しても得られるのはアイテムだけなのだ。
唯一アイテムの代わりに能力を得られる魔物というのが、とてもレアな上になかなか人の住む領域には姿を現さない。
現れたとしても、討伐しようとは微塵も考えてはならない。
世界最強の生物、古代竜なのであった。
そのことを知っている受付嬢は、冒険者ギルドから去って行くレオンハルトのことをまるで人外を見るかのような目で見ていた。